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細かすぎるセグメントが見せた可能性、「ひきこもりママ会」が日本で初開催

石井志昂『不登校新聞』代表
ひきこもりママ会が開催された男女共同参画センター(4F/清瀬市・撮影)

 まったく知られていませんが日本初の試みが行われました。1月25日に清瀬市で開かれた「ひきこもりママ会in清瀬」です(主催 清瀬市男女共同参画センターアイレック・協力 一般社団法人ひきこもりUX会議)。ひきこもりの子を持つママたちの集まりではありません。結婚や出産をしてきたママ自身がひきこもりの本人だという会です。

 ひきこもりママの存在は、一般的にはもちろん、福祉関係者ですら「そんな人がいるんですか」と声があがるほどマイナーな存在です。会の当日、集まったのは9名。人数は多くありませんが、参加者どうしで熱心な話し合いがありました。当日のアンケートには「ひきこもりママ会だから来られた」「共感されて心が軽くなった」という声もあり、関係者は強いニーズを感じたそうです。

 このママ会、注目すべき点が2つあります。ひとつは「ひきこもりママ」という見すごされてきた問題にスポットを当てたこと。もうひとつは「細かすぎるセグメント(対象者の設定)」によって新しいニーズを掘り起こした点です。今日はこの点を解説していきたいと思います。

知られざるひきこもりの姿

 ひきこもりママが、なぜ見すごされてきたのか。それを理解してもらうためには、ひきこもりの「知られざる3つの姿」を説明しなければいけません。

 「知られざる姿」その一は、「ひきこもりも外に出る」です。

 外に出られる頻度は人によってグラデーションがあります。自宅や自室から出られない人もいれば、定期的に外へ出かけていく人もいます。ひきこもりママのなかには、自宅から出られずに夫が全部フォローしている人もいますが、買い物や子どもの送迎はできるけれども、コミュニケーション不安や生きづらさに苦しんでいる人がいます。

 「知られざる姿」その二は、「40代以降のひきこもりも多い」です。

 秋田県藤里町の調査では、藤里町のひきこもりの半数が40代以上でした。国も現在40歳以降のひきこもりの実態を調べるべく、実態調査を行なっています。

 「知られざる姿」その三は、「ひきこもりは結婚や出産によって解決しない」というものです。2017年、UX会議が369人のひきこもりや生きづらさを抱える女性にアンケート調査をしたところ、25%が既婚者、9%は子どもと同居していました。(「女性のひきこもり・生きづらさについての実態調査2017」より)

 ひきこもりは、さまざまな理由から傷つけられ、追い詰められた末に起きることです。さまざまな理由とは、いじめ、受験、不登校、性暴力、会社でのパワハラ、就職活動、親子関係など。結婚や出産によってだけでは、心に受けた傷が解消されません。

 このように「知られざる3つの姿」があることは、それだけひきこもりへの誤解が多いことも意味します。すなわち、ひきこもりの問題は軽視されがちで、本人は孤立を深めやすくなります。だからこそ、ひきこもりによって自傷行為や精神疾患に追い詰められる人が後を絶たないわけです。

 なかでもひきこもりママたちは誤解を受けやすい存在でした。ひきこもりママは40代以降も多く、多少は外に出られる既婚者です。家族や世間からはもちろん、行政からもその問題点は見すごされてきました。

公民連携だからこそ実現

 ひきこもり経験者の林恭子さん(「ひきこもりUX会議」代表理事)は、早くからママ会の必要性を感じていました。あるひきこもりママから「10代から苦しくて誰にもわかってもらえなかった。もうダメだと思っていた」と泣きながら言われたこともあったそうです。

 林さんらUX会議の問題認識に共感し、主催者として手を挙げたのが清瀬市の「男女共同参画センター アイレック」でした。アイレック館長の福田紀子さんは「清瀬市はもちろん日本中で子育て支援が行なわれるなかで、ひきこもりママへのアプローチは充分ではない」と判断。UX会議といっしょにママ会を開催することを決めました。

 会場や保育サービスなどの「箱」を自治体が用意し、ファシリテートなどの「人」を民間が請け負う。公民連携だからこその実現でした。UX会議は今後もこうしたパートナーシップを組める自治体を探していくそうです(「ひきこもりママ会」の次回開催は2月12日に開催。詳細はHP「ひきこもりUX会議」にて)。

細かすぎるセグメントの可能性

 ママ会が示唆したのは、見すごされてきた問題に焦点を当てただけではありません。その「細かすぎるセグメント」に秘められた可能性も示唆しました。

 UX会議が「細かすぎるセグメント」によってイベントを開催したのは、ママ会が初めてではありません。UX会議は2016年からひきこもりの女性(性自認含む)だけが集まれる「ひきこもりUX女子会」を全国各地で展開してきました。

 一般的に言えば「ひきこもりだけの会」でも、すごく分母が少ない集まりです。そのなかでも「女性だけ」「ママだけ」と区切ることにどれだけの意味があるのか。ひきこもり当事者からも疑問視されていた時期があります。

 ところが、ひきこもり女性だけの集まりだからこそ、男性への恐怖心や苦手意識が強い女性が安心して通える場になったそうです。また、ひきこもりママだけの集まりだからこそ、当事者からも「ぜいたくな悩み」と思われがちな子育てやママ友の話ができたそうです。

 女子会の参加者のなかには「生まれて初めて自分のことが理解された」と語っていた女性もいたそうです。こうした実績を聞くと、「分母が大きいからニーズに応えられるわけではない」ということ。そして「分母を小さくするからこそ、かけがえのない価値を生む」という可能性を感じます。

 コンビニで売られるような商品開発でも、「細かすぎるセグメント」が新しい価値を生んだ例があるそうです。一方、不登校やひきこもりなど社会問題においても、同じことが言えそうです。当事者でしか思いつかないようなセグメントが、埋もれていた問題を発掘し、新しい解決策の提示へと結びつける。当事者なら誰でも参加できる会も必要ですが、「細かすぎるセグメント」にも新たな可能性が秘められていそうです。

『不登校新聞』代表

1982年東京都生まれ。中学校受験を機に学校生活が徐々にあわなくなり、教員、校則、いじめなどにより、中学2年生から不登校。同年、フリースクールへ入会。19歳からは創刊号から関わってきた『不登校新聞』のスタッフ。2020年から『不登校新聞』代表。これまで、不登校の子どもや若者、親など400名以上に取材を行なってきた。また、女優・樹木希林氏や社会学者・小熊英二氏など幅広いジャンルの識者に不登校をテーマに取材を重ねてきた。著書に『「学校に行きたくない」と子どもが言ったとき親ができること』(ポプラ社)『フリースクールを考えたら最初に読む本』(主婦の友社)。

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