不登校傾向の中学生は不登校の3倍、10人に1人は教室に居場所がなく

記者会見を行う日本財団職員(全国不登校新聞社/撮影)

 日本財団が現役の中学生6450人にアンケート調査をしたところ、下記いずれかの条件に該当した中学生が合計で10.2%に達しました。( )内は回答者の割合。

「毎日、学校へ行きたくないと思っていた」(4.4%)

「給食登校や保健室登校など定期的に通常どおりの授業を受けなかった」(4.0%)

「ケガや病気以外で1週間以上、学校を休んでいた」(1.8%)

(日本財団「不登校傾向にある子どもの実態調査」より)

 日本財団ではこれらの中学生を「不登校傾向の中学生」として調査分析を進めています。日本財団によれば「不登校傾向の中学生」は推計33万人。中学生の10人に1人が不登校傾向でした。

不登校傾向の中学生の割合(「不登校傾向にある子どもの実態調査」より)
不登校傾向の中学生の割合(「不登校傾向にある子どもの実態調査」より)

 実際に学校を休んだのではなく「行きたくないと思っていた」というだけでは、問題が見えづらいかもしれません。しかし、保健室登校や毎日、行きたくないと思っていたことは「不登校の前兆段階」とも言えますし、なにより不登校と同様の「困難さ」を抱え込まされていると考えられます。

◎国も見すごした「不登校傾向」

 そもそも不登校とは病気や経済的な理由などで年間30日以上の欠席をした人のことです。しかし問題は欠席そのものではありません。欠席の背景には、いじめ、体罰、学習障害、起立性調節障害などがあります。こうした困難さを「本人が抱え込まされていること」こそが問題なのです。

 不登校の子どもと日常的に接しているフリースクール全国ネットワーク代表理事・江川和弥さんは、たとえ年間30日以上の欠席がなくても、不登校傾向になっていれば、困難さを抱えている可能性があり、すくなくとも「主体的に学ぶことが不可能に近くなる」と指摘しています。

 というのも、いじめや教師との関係で教室から心理的な居場所が奪われていれば、学校でうまくやれている実感が持てず「自分はダメだ」「もう未来がない」と自分自身に失望するからです。江川さんのもとに訪れた子どもたちも当初は、学びに対する「絶望感が深かった」そうです。

 また、不登校傾向の生徒は目に見えづらいため見落とされがちです。実際に国も現状を把握していませんでした。

◎不登校は氷山の一角

 不登校傾向のケースとしては、私が知るなかでは「教室に入れず3年間、階段の踊り場ですごしていた」(東京都)、「学校へ行くと体調不良になる日が半年間、続いた」(岩手県)という例があります。

 いずれも、その子たちにとっては学校が「機能不全」になっていると言わざるを得ません。なぜならば、上記のような状況では「学び」が得られないからです。

 「毎日、行きたくない」と思っている人が、自分に合った学びや育ちの場が選べれば、つまり転校やフリースクール通いが自由に選べれば日々を楽しくすごせたかもしれません。不登校をしたあとでフリースクールへ行き「やっと自分の居場所が見つかった」という例はたくさんあります。すくなくとも「行きづらい場」に形だけつなぎとめておかれて、絶望感を感じている状況は考え直さないといけません。

 国の調査では、不登校は5年連続で増加を続け、過去最多を記録しました。今回の調査で明らかになったのは、不登校となって「困難さ」が目に見えるのは、氷山の一角だったということです。不登校よりも3倍も多い30万人の中学生が、目に見えないだけで苦しんでいるのかもしれません。

◎少数派を尊重する社会的意義

 一方で考えなければいけないのは、9割の人は学校に通えているという点です。1割の少数派のために学校全体を考えていく必要があるのか、という指摘もあります。

 私は1割の存在を真剣に議論する必要があると考えています。

 教育学者・永田佳之さんは「1割の健全な少数派がいることが、社会全体に健全性をもたらす」と主張しています。9割の多数派に1割の少数派を染めさせようとするのではなく、少数派が尊重されることで「社会に弾力性が生まれる」というのが永田さんの主張です。

 私も同様の考えです。さらにつけ加えるならば、中学生をとりまく教育環境は中学生自身の努力や気概では解決できません。大人が仕組みを変えなければなりません。

 議論をすべき時期は差し迫っています。「学校は通っていたけど、行きたくなかった」という人の話を聞くたびに私は、そう感じています。