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「起きられなくて不登校」が3人に1人、怠けているわけではありません。

石井志昂『不登校新聞』代表
イメージ写真(写真:アフロ)

「朝、起きられなくて不登校」という人がいるのをご存知でしょうか。

 文科省の調査(※1)によると、朝起きられないなど「生活リズムの乱れ」が不登校のきっかけになった人は34%いました(複数回答可)。きっかけのなかでも、1番多かったいじめを含む「人間関係」に次いで2番目に多い回答でした。

不登校のきっかけ(不登校に関する実態調査/文科省)
不登校のきっかけ(不登校に関する実態調査/文科省)

 じつに不登校の人のうち3人に1人が「朝、起きられない」ことが不登校のきっかけのひとつだったのです。これだけ聞くと「甘えすぎではないか」「親のしつけはどうなっているんだ」と思われるかもしれません。

 それも、もっともな意見ですが、本人の背景を理解していくと「朝、起きられない理由」が見えてきます。

起きると天井がまわる

 Aさん(24歳・女性)は、中学1年生の秋ごろから、突然、「朝、起きられなくなった」と言います。

 目が覚めると頭痛、吐き気を感じ、「天井が右へ、床は左へまわり始める」ほどの激しいめまいがあり、立っていられなかったそうです。また、なんとか起きようと立ち上がると気絶したように倒れ込んでしまったり、目を覚まそうとムリに食事をとると吐いてしまったりということもあったそうです。

 こんな状態がお昼過ぎまで続くため、当然、学校には行けなくなったそうです。

 原因を探ろうと病院をいくつもまわるなかで、ある医師から「もしかしたら」と言われたのが「起立性調節障害」でした。

起立性調節障害とは

 臨床心理士・西村秀明さんは「起立性調節障害」を以下のように解説しています。

「起立性調節障害」とは、朝起きようと思っても体が言うことをきかない、倦怠感におおわれ、立ち上がるとふらついたり、立ちくらみを起こしたり、失神することもある、そういった状態像が特徴です。血圧低下、脳血流をはじめ、全身の血行不良によって生起すると理解され、その元凶はストレスだと考えられています。(『不登校新聞』455号より)

 つまり、本人の意志の強さや体調管理の問題ではなく、精神的な理由などから「どうしても朝、起きることができない」のが起立性調節障害です。

 起立性調節障害だと異変を端的に見てとれるのが血圧です。

 Aさんが、朝、血圧を測ってみると、上は85mmHg前後、下が60mmHg前後でした。世界保健機関(WHO)は「低血圧」の基準として、上は100mmHg、下が60mmHg以下のどちらかの場合を低血圧としています(※2)。

 Aさんの親も朝、起きられないのは「怠けているのでは」と当初、思っていましたが、血圧が下がるため起きるのが困難だったのでした。

必要な処方箋は薬じゃない

 血圧が低いのであれば投薬などで改善が可能だと思われるかもしれません。

 しかしAさんは、何種類もの薬を試したうえで「薬によって効果を実感したことは、ほとんどありません」と語っています。

 血圧が低いのはたんなる体調不良ではなく、Aさんの置かれた状況に起因していたものだったからです。

 Aさんは部活メンバーなどから「いやがらせ」を受けていました。最初は陰口から始まり、聞こえるような悪口を言われるようになり、学校全体にその雰囲気が波及していったそうです。最終的には階段から突き落とされるなど、度を越したいやがらせに発展していきました。

 Aさんは、親に「心配をかけたくない」と思い、部活顧問の先生にだけ相談しました。しかし、先生からは「そんなことを気にしているんじゃない」と言われてしまったそうです。

 その後、Aさんは、朝、起きられなくなっていきました。

必要な背景への理解と知識

 Aさんが置かれていた状況を考えるうえで、大事なポイントは3つあります。

・誰にも相談できない(孤立)

・改善の兆しが見えない(絶望)

・いじめなどを受けている(傷心)

 孤立、絶望、傷心が重なり、無意識に発信したSOSが「起きられない」という現象だったのでしょう。薬で血圧を上げても「孤立」「絶望」「傷心」は改善されません。

 Aさんの場合は、本人の抱えている状況を周囲が理解し始めてから回復の兆しが見えてきました。

 臨床心理士・西村秀明さんは、起立性調節障害への対応としては「朝、起きないからといって無理をさせてはいけません。むしろ、痛手を負った心の傷に目を向けた介抱が必要なのです」と語っています。

ただの夜更かしに見えても

 「朝、起きられない不登校」の人はAさんのように起立性調節障害を伴うケースばかりではありません。しかし、なんらかの理由で不安を抱え、夜、眠れないために夜更かしが続くという人が多いと感じています。

 不登校の人たちが夜更かしを続けることを「昼夜逆転」とも言います。昼夜逆転は「避けたいこと」や不安との折り合いを自分なりにつけている最中に起きることです。折り合いをつける期間を「充電期間」と呼ぶ人もいます。きちんと「充電」できれば次に進む活力になり、充電ができずに前へ進もうとすれば充電期間へと戻らざるを得ません。

充電が必要な携帯(イメージ画像/写真AC)
充電が必要な携帯(イメージ画像/写真AC)

 こうした例は、私の取材ではもちろん、不登校の集まりがあれば、よく聞く話です。

 かくいう私も中2から不登校。昼夜逆転により午前11時起床、午前2時就寝という生活リズムで長く安定していた期間がありました。35歳現在は、8時起床、10時出勤、ときどき遅刻で安定しています。

 Aさんも現在は就労しており、朝からの勤務もこなしています。

「充電期間」を想定した制度を

 「起きられなくて不登校になる」ことは、問題視されますが、本当の問題は「起きられないこと」が本人の問題だと捉えられ本人の背景に目が向かないことにあります。さらに私見を言えば、どんな人でも「充電期間」や「回り道」は必要になるはずです。それにもかかわらず、子ども時代にはそれが許されていないことが大きな問題なのです。

 今、ほとんどの子どもたちは過密な教育プログラムを与えられています。

 「ベネッセ教育研究開発センター」の調査によると、85%の中高生が「もっとゆっくりすごしたい」と回答しています(複数回答/※3)。同調査では「一日のなかで一番好きな時間」も聞いており、中学1年生男子は、好きな時間を「深夜0時」と回答。理由としては「寝ることが今は一番幸せです。クラブ、学校、塾といそがしいのでこれから寝ると思うと幸せです」と回答しています。

 なお、文科省の調査によれば、深夜0時以降に就寝する中学2年生の割合は52.5%でした(※3)。

 半数以上の中学2年生は、なんらかの理由で深夜に寝ています。前述の中学1年生男子のように「忙しいのでこれから寝ると思うと幸せだ」という子も多いかもしれません。

 過密な教育制度は、子どもたちから余裕を奪い、子どもの命まで削っているのではないでしょうか。

 今できることとしては、何時何分に学校へ来なければ学べないという「形式優先」の教育制度は、せめてやめるべきです。形式優先の教育が、どうしても幅を利かせてしまうのは、それが「合理的」だと思われているからです。みんなを同じ時間に呼んで、みんなに同じ内容をいっせいに教えるほうが「たくさんのことを教えられる」と思われているからです。

 一見すると合理的ですが、その裏で「学び」よりも「苦しみ」を多く感じている子どもがいるならば、その本人にとっては「合理的」とは言えません。

 子ども時代には、充電期間が来ることも想定され、複層的な選択肢が用意され、最終的には「本人が何を学んだか」が大事にされる教育制度が必要だと思えてなりません。

■参考資料

※1「不登校に関する実態調査~平成 18 年度不登校生徒に関する追跡調査報告書~」(平成26年7月)より参照。平成18年度時、中学3年生だった不登校生徒に5年後の平成23年~24年に調査したもの。

※2「低血圧」に該当しても、ただちに治療が必要な状態とは医学的に位置づけらていない。

※3 放課後の生活時間調査-子どもたちの時間の使い方[意識と実態]速報値[2013]

※4「義務教育に関する意識調査」文部科学省(平成17年)

『不登校新聞』代表

1982年東京都生まれ。中学校受験を機に学校生活が徐々にあわなくなり、教員、校則、いじめなどにより、中学2年生から不登校。同年、フリースクールへ入会。19歳からは創刊号から関わってきた『不登校新聞』のスタッフ。2020年から『不登校新聞』代表。これまで、不登校の子どもや若者、親など400名以上に取材を行なってきた。また、女優・樹木希林氏や社会学者・小熊英二氏など幅広いジャンルの識者に不登校をテーマに取材を重ねてきた。著書に『「学校に行きたくない」と子どもが言ったとき親ができること』(ポプラ社)『フリースクールを考えたら最初に読む本』(主婦の友社)。

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