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なぜ「ノロウイルス」食中毒は「寒い時期」に流行するのか

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(提供:イメージマート)

 食中毒は、一年を通して危険がある。寒い時期に注意が必要なのが、ノロウイルスによる食中毒だ。なぜ、ノロウイルスによる食中毒は寒い時期に流行するのだろうか。

寒い時期に流行するノロウイルス食中毒

 細菌性の食中毒の原因菌では、サルモネラ菌、病原大腸菌類、ブドウ球菌、ウエルシュ菌、カンピロバクター・ジェジュニ/コリなどがあり、寄生虫による食中毒はアニサキスなどによるものが多い。だが、ウイルス性の食中毒は、件数でも患者数でもノロウイルスによるものがほとんどだ。

 ノロウイルスによる食中毒は、感染性胃腸炎の一種だ。ノロウイルスによる食中毒は一年を通して発生するが、特に寒い時期に流行する。この感染症については、厚生労働省が作成した「ノロウイルスに関するQ&A」に詳しいが、この記事ではなぜ北半球の冬季、寒い時期に多く発生するのかについて考える。

月別のノロウイルスの患者数(2012年-2022年)。寒い時期に増えているのがわかる。厚生労働省、食中毒統計資料よりグラフ作成筆者
月別のノロウイルスの患者数(2012年-2022年)。寒い時期に増えているのがわかる。厚生労働省、食中毒統計資料よりグラフ作成筆者

 一般的に、気温が下がってくると死亡率が上がる。体温が下がると免疫機能も低下し、乾燥すれば喉などの粘膜のウイルスや細菌の除去機能も下がり、風邪やインフルエンザなどの感染症のリスクが増えるからだ。また、一部の国や地域では暖房のために大気汚染が悪化するからとも言われている(※1)。

 感染症を引き起こすウイルスの多くは、体温より低い温度でより繁殖するが(※2)、これは寒い時期に呼吸器感染症が増えることにも関係する(※3)。例えば、インフルエンザウイルスの場合、低温と低湿度で増殖し、そうした環境が飛沫感染やエアロゾル感染に有利に働くと考えられている(※4)。

絶対湿度が関係する?

 だが、ウイルスの感染と湿度の関係は複雑だ。夏に気温が高くなると、空気中に含むことができる水の量も多くなる。逆に、冬に気温が下がると、空気中に含むことができる水の量が少なくなって乾燥する。

 このように気温(温度)にともなって、空気中に含まれる水分の割合(%)が変化する湿度のことを相対湿度という。天気予報などで耳にする湿度はこの相対湿度のことだ。

 一方、1立方メートルの中に含まれる水分の重さ(グラム)のことを絶対湿度といい、相対湿度が高くても気温が下がれば絶対湿度(空気中に含まれる水分の量)は少なくなって乾燥することになる。

 世界的にノロウイルスの流行には季節性があり、冬季の寒い時期に患者数が増えることがわかっている(※5)。そして、なぜ寒い時期に流行するのかという疑問に対し、相対湿度ではなく絶対湿度が重要なのではないかという説が出された(※6)。

 フランスの研究グループが出した論文によれば、気温が何度であっても絶対湿度が7グラム未満の場合、ノロウイルスが根強く存在できる条件なのではないかという。そして、ノロウイルスは、インフルエンザウイルスと同じように絶対湿度に依存した性質があるということになる。

 この論文ではフランスのパリについて述べているが、日本の冬季の絶対湿度は、沖縄を除く多くの地域で10グラム/立方メートルを下回る。

 ノロウイルスには最適な環境というわけだが、相対湿度にばかり気を取られていると気温が低い場合、絶対湿度が少なくなってウイルス感染に危険な状況になる。加湿する際には、部屋の温度も十分に上げるように気をつけたい。

ノロウイルスはまだまだ謎だらけ

 ただ、ノロウイルスが増えたり感染力を強めたりする条件は、温度、湿度(相対、絶対)、降雨量などに影響を受けると考えられている。低温、低湿度、大量の降雨と関連していることを示唆する研究も多いが、世界各地の地域性もあり、なぜノロウイルスによる食中毒が寒い時期に流行するのか、まだその理由ははっきりとわかってはいない(※7)。

 新型コロナのパンデミックで、手洗いやうがい、マスクの着用、飲食店の衛生管理、除菌などが励行され、ノロウイルスに限らず、多くの感染症が抑えられた。だが、コロナ後の生活が戻り、ノロウイルスの流行もコロナ前の状況に戻りつつある。

 日本で2014年に流行したノロウイルス食中毒には、製パン工場で汚染されたパンによるものがあった。マウスのノロウイルスを使った実験によれば、パンに付着したノロウイルスは5日間たっても感染力を保持し、トースターで2分間加熱しても感染力をなくすには不十分なことがあるという(※8)。

 ノロウイルス食中毒は、牡蠣などの二枚貝を食べることによるものもあるが、ヒトヒト感染などによって拡大することが多い。ノロウイルスの除去には、塩素系の消毒剤や家庭用漂白剤が有効だが、これらの取り扱いには注意が必要だ。

 また、患者の吐瀉物や便などをよく除去しないと、乾燥した粉末と一緒にノロウイルスを吸い込むなどして感染する危険性がある。ノロウイルスは、少ない数のウイルスでも強い感染力を持つので、掃除する際にも手袋やマスクを着用するなどしたい。

 温暖化などの気候変動が、ノロウイルスの季節性にも影響をおよぼしているのではないかという研究もある(※9)。環境変化の中、変異を繰り返すノロウイルスによる食中毒には、これまで通り注意が必要だ(※10)。

※1-1:Fiammetta Monacelli, et al., "For Debate: The August Sun and the December Snow" Journal of the American Medical Directors, Vol.11, Issue6, 449-452, July, 2010
※1-2:Kathryn C. Conlon, et al., "Preventing cold-related morbidity and mortality in a changing climate" Maturitas, Vol.69, Issue3, 197-202, July, 2011
※1-3:Eriko Kudo, et al., "Low ambient humidity impairs barrier function and innate resistance against influenza infection." PNAS, Vol.116, No.22, 10905-10910, 2019
※2-1:Mikolaos G. Papadopoulos, et al., "Rhinoviruses replicate effectively at lower airway temperatures" JOURNAL OF MEDICAL VIROLOGY, Vol.58, Issue1, 100-104, May, 1999
※2-2:Tiina M. Makinen, et al., "Cold temperature and low humidity are associated with increased occurrence of respiratory tract infections" Respiratory Medicine, Vol.103, Issue3, 456-462, March, 2009
※3:Miyu Moriyama, et al., "Seasonality of Respiratory Viral Infections" Annual Review of Virology, Vol.7, 83-101, 20, April, 2020
※4-1:Anice C. Lowen ,John Steel, "Roles of Humidity and Temperature in Shaping Influenza Seasonality" Journal of Virology, Vol.88, No.14, DOI: 10.1128/JVI.03544-13, 2014
※4-2:Kari Jaakkola, et al., "Decline in temperature and humidity increases the occurrence of influenza in cold climate." Environmental Health, Vol.13: 22, 2014
※5:Sharia M. Ahmed, et al., "A Systematic Review and Meta-Analysis of the Global Seasonality of Norovirus" PLOS ONE, doi.org/10.1371/journal.pone.0075922, 2, October, 2013
※6:Alexandre Colas de la Noue, et al., "Absolute Humidity Influences the Seasonal Persistence and Infectivity of Human Norovirus" Applied and Environmental Microbiology, Vol.80, No.23, 31, October, 2014
※7:Shima Shamkhali Chenar, Zhiqiang Deng, "Environmental indicators for human norovirus outbreaks" International Journal of Environmental Health Research, Vol.27, Issue1, 40-51, 23, November, 2016
※8:Michiko Takahashi, et al., "Viability and heat resistance of murine norovirus on bread" International Journal of Food Microbiology, Vol.216, 127-131, 4, January, 2016
※9:J. Rohayem, "Norovirus sesonality and the potential impact of climate change" Clinical Microbiology and Infection, Vol.15, Issue6, 524-527, June, 2009
※10:Gabriel I. Parra, "Emergence of norovirus strains: A tale of two genes" VIRUS EVOLUTION, Vol.5, Issue2, 25, November, 2019

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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