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やはり浮上した「喫煙所」問題〜問われる国の姿勢

石田雅彦サイエンスライター、編集者
(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

 受動喫煙防止対策を盛り込んだ改正健康増進法が2020年4月1日に全面施行された。新型コロナの感染拡大が進む中、タバコを吸う人の喫煙環境が大きく変化したことになるが、やはり「喫煙所難民」の問題が大きくクローズアップされている。

議員の喫煙と「喫煙所難民」

 この数ヶ月、議員や職員が議会や議員会館などでタバコを吸う問題がマスメディアに大きく取り上げられている。例えば、立憲民主党の枝野幸男党首が国会の議員会館の議員室(事務所)で喫煙して謝罪し、北海道では一部の道議が喫煙室のない北海道新庁舎で喫煙したことなどだ。

 国会の議員会館には各階に喫煙専用室があるが、そこ以外での喫煙は違法だ。また、北海道議会がある新庁舎には喫煙所が設置されておらず、鈴木直道・道知事も喫煙所の設置を認めていない。だが、国会議員会館での禁煙対策の徹底について国会議員自身が及び腰だし、道議会の喫煙問題は新庁舎内の喫煙所設置をめぐって依然としてくすぶり続けている。

 また、改正健康増進法や自治体条例の全面施行は、ちょうど新型コロナの感染拡大と緊急事態宣言や自粛要請などと時期が重なり、喫煙者を含む多くの人は外出せず、飲食店にも行かない状況が続いてきた。こうした中、ほとんどの飲食店は規模を問わず、改正健康増進法にともなう受動喫煙防止の対策をする余裕があまりなかったことが想像される。

 一方、喫煙が新型コロナの感染や重症化のリスク要因になるという情報も共有されたことで、3密を避けて感染リスクを減らすため、各地の公衆喫煙所が一定期間、閉鎖されるといった事例も増えた。緊急事態宣言の解除後、閉鎖されていた喫煙所は順次、再開されつつあるが、過去の事例から喫煙所が感染クラスターの発生源となっているのは事実だ。

 もちろん喫煙所内のPM2.5などの有害物質濃度はかなり危険な数値になるし、喫煙者の数が増えればおのずから濃度も高くなる。また、喫煙所から流出するタバコ煙について無視されがちだが、タバコを吸わない周囲の通行人に対して受動喫煙の害を及ぼしていることがわかっている。特に喫煙所に扉がない場合、PM2.5などの流出する有害物質は増えるようだ。

 タバコが吸える場所が少なくなったため、喫煙者が近所のビルの間や公園などに蝟集し、受動喫煙の害を及ぼし、さらに灰皿がないために吸い殻のポイ捨てが目に余るといった事例も多い。禁煙店で飲食しつつ、タバコを吸うたびに外へ出てポイ捨てするような喫煙者もいる。路上喫煙防止条例のある自治体なら対処できるが、ない自治体の場合、こうした喫煙状況は野放しに放置されてしまう。

 議員の違法喫煙や「喫煙所難民」の問題はデータでも明らかだ。Google検索で1年間の検索数の推移をみると、2020年5月あたりから「喫煙所」という検索ワードがジワジワと増えていることがわかる。これは喫煙とタバコ規制に関する他の検索ワードとは異なった動きとなっていて、ネットで「喫煙所」の場所を検索する人が多いことが推測できる。

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GoogleTrendsで「健康増進法」「受動喫煙」「喫煙室」「喫煙所」の検索ワードを比較した。それぞれの検索ワードは、改正健康増進法が全面施行された2020年4月1日前後にスパイクがあり、「健康増進法」「受動喫煙」「喫煙室」はその前後に検索数が伸びていないが「喫煙所」だけ2020年5月から検索数が増えている。グラフ作成筆者

 では、喫煙所という言葉が2020年5月以降、社会的に話題になっていたのだろうか。テレビや新聞でタイトルに「喫煙所」が入っている記事の数の推移をみてみると、2020年8月を中心に記事数が増えているなど、やはり喫煙所の問題がズルズルと続いていることがわかる。

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全国紙(朝日・毎日・読売・産経)、NHKとテレビ番組、ブロック紙と地方紙のタイトルに「喫煙所」が入っている記事の数の推移を月ごとにあらわした。新聞・雑誌記事横断検索(G-Search)より。グラフ作成筆者

 新型コロナの影響では、テレワークによる在宅勤務が増えたことで喫煙者が家族にいる場合、自宅での受動喫煙と近隣への受動喫煙の被害が増加しているのではないかという懸念がある。

 一方、紙巻タバコより臭いが少ないとされる加熱式タバコへ切り替える喫煙者も多いようだ。フィリップ・モリス・インターナショナルが韓国のKT&G製の加熱式タバコを日本へ輸入するなど、タバコ会社はこうした状況さえ利用し、喫煙者を増やそうとしている。

 タバコ会社といえば、JTは新型コロナ対策や見舞金、医療従事者支援などの名目で、自治体に寄付金をバラまいている。また、テレビや新聞にイメージ広告を出し続け、マスメディアへの影響力を行使しようとしている。これらが日本も批准するタバコ規制枠組条約(FCTC)違反であることは論をまたない。

緩められた規制

 改正健康増進法は、いわゆる「望まない受動喫煙」の防止のため、行政機関の屋内・敷地内や飲食店といった不特定多数の人が集まる施設の敷地内と屋内での禁煙を眼目に作られた。受動喫煙を受ける未成年者や家族、従業員、患者といったタバコを吸わない弱い立場の人への健康被害をなくし、タバコを吸うことができる場所を限定し、喫煙者と施設の管理者に受動喫煙防止を義務付ける法律となっている。

 2017年に厚生労働省が国会成立を目指したが、自民党たばこ議連を中心とした反対勢力によって原案は潰された。すったもんだの挙げ句、翌2018年7月に国会で可決成立した経緯がある。

 2016年10月に公表された厚生労働省の改正案の叩き台では、飲食店は店舗面積30平方メートル以下を法規制の例外にするなど、面積規定はあったものの諸外国並みとなるはずだった。しかし、成立するまでの間に、自民党たばこ議連などの圧力によって店舗面積は100平方メートル以下となり、行政機関も国会や自治体議会の立法機関が例外となり、加熱式タバコ(新型タバコ)が別扱いになるなど、規制の内容がかなり緩められてしまった。

 一方、東京都や千葉市などの自治体において、国の改正健康増進法よりも厳しい規制の受動喫煙防止条例が制定された。例えば、東京都と千葉市の場合、面積ではなく従業員の有無によって例外措置になる飲食店を区分けするなど、タバコ規制の先進国と比肩できるような規制内容となっている。

 これらの自治体条例のほとんどは、改正健康増進法と合わせて2020年4月1日から全面施行された。だが、改正健康増進法と自治体条例の全面施行から約半年が経ち、上記のように法規制が緩められた部分で問題が出てき始めている。

 これらの問題は、自民党たばこ議連などが法規制の内容に容喙し、改正健康増進法の網の目を広げた部分だ。また、新型コロナの影響もあるが、喫煙と受動喫煙の健康被害が屋外や家族、近隣といった予想通りの部分に出てきている。

 飲食店の禁煙化については、新型コロナ対策で地域の保健所が多忙を極め、なかなかタバコ対策にまで手が回らないといった状況もあった。ここにきて自治体は、地域の商店街を各店舗へ啓発のパンフレットなどを配布するなど、店の入口のわかりやすい場所に喫煙可能店などのステッカー表示をするように働きかけを始めている。

 一方、新たな問題になっているのは、タバコの対面販売をして喫煙を主な目的にする、いわゆるシガーバーなどの喫煙目的室(店)への違法な業態転換だ。違法というのは、必要なタバコの販売許可を得ずに喫煙目的室(店)と掲示するという意味だが、当初、タバコ販売の所管である財務省と厚生労働省で分類に混乱が生じ、JTの各支社がアドバイスするなどしてタバコの出張販売形式で既存の居酒屋やバーが喫煙目的店として店内でタバコを吸わせる事例が出ていた。

 これについては、財務省が改正健康増進法の法規制の枠内での設備の必要性を示し、厚生労働省は食事の提供を主目的とする一般的な居酒屋やレストランは該当しないとし、出張販売を含むタバコの対面販売の書類の保管が必要としてハードルを上げている。厚生労働省の指針を受け、違法な喫煙目的室(店)の形態にしている飲食店へ啓発を始めた自治体もあるようだ。

 また、喫煙を主な目的にしている店は、喫煙室(店)の構造および設備を「タバコの煙の流出を防止するための技術的基準」に適合するようにしなければならない。これは事業所や官公庁の敷地内喫煙所などと同じく、出入り口で喫煙室(店)の外から中へ流入する空気の気流が毎秒0.2メートル以上でなければならないなど、厳しい基準がある。これらの基準を満たさずに喫煙目的室(店)として客にタバコを吸わせた場合、最高で50万円の罰則が科せられる危険性がある。

 改正健康増進法が全面施行されて半年ほどが経つが、こうした多くの問題が顕在化してきた。

 一方、宮城県議会が2020年3月に議会棟の喫煙室を全廃するなど、積極的にタバコ対策をする自治体議会もある。また、大阪府寝屋川市が「こどもたちをたばこの煙から守る条例」を施行したり、福島県が自民党県議団などが中心となって独自の受動喫煙防止条例の制定へ動くなど、全国的に受動喫煙防止の動きが高まってきている。

 企業も社員の健康増進のために禁煙サポートに取り組む事例が増え、テレワーク中の喫煙を禁止する企業も現れてきた。初診から来院が不要の禁煙外来の遠隔診療も始まり、アプリによる禁煙治療も薬事承認されるサービスが出てくるなど、タバコに対する国民の意識も大きく変わってきている時代といえる。

 そもそも改正健康増進法は、喫煙という行為に対して厳しく臨む法律だ。その一方でコンビニエンスストアのレジの背後にはタバコのパッケージがズラリと並び、街には喫煙所があり会社には喫煙室がある。

 ニコチンに限らず依存症の回復や治療には、周囲から再発のトリガーとなるものを遠ざけるのが肝要だが、社会の環境が変わらなければ依存からの離脱は難しい。喫煙者に「タバコをやめろ」と呼びかけるだけでは問題は解決できない。矛盾する国の政策こそ、問われなければならないだろう。

サイエンスライター、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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