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新型コロナ感染症:喫煙も「高死亡リスク」権威ある医学雑誌に新たな研究結果が

石田雅彦サイエンスライター、編集者
(写真:アフロ)

 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症(COVID-19、以下、新型コロナ感染症)の流行が収まらないが、世界的に権威のある医学雑誌に心血管疾患やCOPD(慢性閉塞性肺疾患)の患者とともに喫煙者の死亡リスクが高いという新たな研究結果が出た(この記事は2020/05/03の情報に基づいて書いています)。

喫煙は心血管疾患のリスクを上げる

 喫煙と新型コロナ感染症の関係については、重症化リスクがあるという研究結果がすでにかなり出ている(※1)。掲載は著名なジャーナルも多く、査読付きではない論文は枚挙に暇がない。

 また、加熱式を含むタバコ製品にニコチンは必ず入っているが、最近になってニコチンとその受容体(α7-nAChR)が細胞へウイルスの侵入を促進し、新型コロナ感染症の感染リスクを上げるのではないかという仮説(※2)も出ている。

 一方、タバコを吸うと感染しにくいのではという仮説(※3)も出るなど、一部で議論が起きているが、この仮説の提唱者や同調者は(※4)タバコ産業から研究資金を得てきた研究者ばかりだ。

 こうした中、医学雑誌『The NEW ENGLAND JOURNAL of MEDICINE』に、心血管疾患と降圧剤などの使用を新型コロナ感染症の死亡率と比較する論文(※5)が出た。この論文の中には心血管疾患と関係のある喫煙についての評価があり、喫煙者の死亡率が高いことがわかったという。

 前述したように、タバコ製品に含まれるニコチンを吸入すると交感神経系が刺激され、血圧が上がり、心拍数が速くなる。このため、血管が収縮することで血管内に沈着した脂質(プラーク)が剥がれ、それが血管を狭くしたりふさいだりして急性心筋梗塞や心臓突然死などを引き起こす危険性が高まる。

 また、喫煙は血液の成分にも悪影響を及ぼす。喫煙すると血液がドロドロになって血栓症を引き起こしたり、喫煙することで増えるこの血液ドロドロ成分(フィブリン)は肺炎を悪化させることもある。血液がドロドロになれば当然、狭心症や心筋梗塞、脳卒中のリスクを上げるし、新型コロナ感染症と血栓との関係にも影響するだろう。

 さらに、喫煙は血管の細胞の再生を阻害し、動脈硬化の原因にもなる。こうしたことから、喫煙は心血管疾患のリスクを上げることが明らかだ。

喫煙とウイルス侵入経路

 一方、ニコチンとその受容体が新型コロナウイルスの侵入を促進すると述べたように、ヒトの細胞に広汎に存在する酵素、ACE2(Angiotensin-converting enzyme 2、アンジオテンシン変換酵素2)がウイルスの侵入経路となってしまっていることがわかっている(※6)。

 ACE2というのは、血圧を上げるなどするホルモン、アンジオテンシンIIを、血管を拡張して血圧の上昇を抑制したり、細胞を保護するなどするアンジオテンシン(1-7)に変換する酵素だ。これらのホルモンを調整することで、ACE2が血圧をコントロールしていると考えられている。

 ここで述べておきたいのは、ACE2とアンジオテンシンIIの関係だ。アンジオテンシンIIは心筋への悪影響を及ぼしたり炎症を悪化させたり高血圧を引き起こしたり、様々な悪さをするが、ACE2はアンジオテンシンIIを良い働きをするアンジオテンシン(1-7)に変換することで、アンジオテンシンIIの悪影響を低減する(※7)。

 ACE2という酵素の機能は複雑だが、喫煙から影響を受けることが示唆されてきた(※8)。タバコを吸うとアンジオテンシン系の活性の低下などを引き起こされ、ACE2に変化が起きる。

 特に、タバコに含まれるPM2.5以下の微小粒子(※9)、一酸化炭素やシアン化水素、ニコチンが肺の内皮細胞に損傷を起こし、血管を収縮させ、血圧の上昇や下降に関与するアンジオテンシン系が変化するなど、生体が様々な反応を示す。

 そのため、喫煙者や元喫煙者でACE2の発現に変化が起き、新型コロナの感染リスクや重症化リスクが高くなるのではないかと考えられている(※10)。この作用も複雑で、喫煙するとACE2の発現が増え、その結果、アンジオテンシンIIが抑えられてその悪影響も低減される代わり、ACE2を入口(受容体)にして新型コロナウイルスが感染しやすくなるのだという。

 ここで問題になるのは、血圧が高い人に処方される降圧剤だ。前述したように、アンジオテンシンIIは高血圧などの有害な作用を引き起こすので、このアンジオテンシンIIの阻害剤やアンジオテンシン系の遮断薬を使って高血圧の患者さんの血圧をコントロールして治療することがある。

死亡率を高めるリスク因子は

 そのため、米国のブリガム・アンド・ウィメンズ病院などの研究グループが、これらの阻害剤や遮断薬が新型コロナ感染症の患者さんにどのような影響を及ぼすか調べた。それが前述した『The NEW ENGLAND JOURNAL of MEDICINE』に掲載された論文だ(※5)。

 同研究グループは、世界11カ国、169病院から新型コロナ感染症の患者さん8910人を抽出し、その中で残念ながら亡くなった515人(5.8%)の患者さんについてその背景を調べた。ICUで治療した24.7%が、ICU治療外の4.0%が亡くなってしまったという。

 患者さんの背景は、北米17.2%、ヨーロッパ64.6%、アジア18.2%、年齢は49±16歳で16.5%が65歳以上、女性40.0%、白人63.5%、黒人7.9%、ヒスパニック6.3%、アジア人19.3%だった。

 心血管疾患のリスク因子として挙げられたのが、高脂血症30.5%、高血圧26.3%、糖尿病14.3%、過去喫煙者16.8%、現在喫煙者5.5%だった。また、心血管疾患の既往症として冠動脈疾患11.3%、うっ血性心不全の病歴2.1%、不整脈3.4%が含まれ、その他の疾患としてCOPD(慢性閉塞性肺疾患)2.5%、免疫抑制治療2.8%がいたという。

 また、服用していた薬剤として、アンジオテンシンIIの阻害剤8.6%、アンジオテンシン系の遮断薬6.2%、スタチン(コレストロール低下薬)9.7%、ベータ遮断薬(降圧剤)5.9%、抗血小板剤3.3%、インスリン3.4%、その他の抗糖尿病薬9.6%だった。

 症状が改善した患者さんと亡くなった患者さんを薬剤使用で比較したところ、アンジオテンシンIIの阻害剤を使用した患者さんの死亡率はオッズ比0.33(CI:0.20-0.54、※A、2.1%:使用なし6.1%)で使用したほうが死亡率が低く、アンジオテンシン系の遮断薬の使用はオッズ比1.23(CI:0.87-1.74、6.8%:使用なし5.7%)、スタチンはオッズ比0.35(CI:0.24-0.524.2%:使用なし6.0%)で、統計的に有意な影響はみられなかったという。

 また、患者さんの背景ごとに比較したところ、死亡率が高いのは65歳以上(オッズ比1.93、CI:1.60-2.41、10.0%:65歳未満4.9%)、冠動脈疾患(オッズ比2.70、CI:2.08-3.51、10.2%:疾患なし5.2%)、心不全(オッズ比2.48、CI:1.62-3.79、15.3%:疾患なし5.6%)、不整脈(オッズ比1.95、CI:1.33-2.86、11.5%:疾患なし5.6%)、COPD(オッズ比2.96、CI:2.00-4.40、14.2%:疾患なし5.6%)、現在喫煙者(オッズ比1.79、CI:1.29-2.47、9.4%:過去喫煙者か喫煙なし5.6%)だった。

 この研究は、降圧剤などACE2やアンジオテンシンIIに関する薬剤使用について調べたもので、特に喫煙者にフォーカスを当ててはいない。それでも新型コロナ感染症の死亡リスクは、高齢者、心血管疾患、「タバコ病」や「タバコ肺」と呼ばれるCOPDといった既往症の有無、そして現在喫煙者で高かった。

 これまで指摘されてきた新型コロナ感染症の患者さんと実際の喫煙率との乖離(感染者中の喫煙者の割合が低い)も、世界11カ国での調査であること、男女比が男性で高い(女性40.0%)という新型コロナ感染症の感染割合と合致すること、喫煙率の低い白人の割合が高い(63.5%)ことなどもあり、患者さん中の過去喫煙者(改善16.8%、死亡16.1%)、現在喫煙者(改善5.3%、死亡8.9%)の数はより喫煙率の実態に近いものになっている。

 もちろん、このウイルスに関してはわからないことも多く、ACE2やアンジオテンシンIIの詳しい機能自体も未解明だ。ただ、喫煙は、心血管疾患やCOPDのリスクを上げることを考えれば、喫煙者が新型コロナ感染症にかかった場合、危険な状態に陥ることは十分に考えられる。引き続き、喫煙と新型コロナ感染症の関係にフォーカスした研究を待ちたい。

 人にもよるが、タバコをやめると約8時間後に血液の中の酸素レベルは正常値に戻る。3日後には呼吸が楽になったと感じるはずだ。3ヶ月から9ヶ月後には肺の機能が戻り始める。

 血管の修復機能は禁煙すると2〜4週間で元に戻る(※11)。また、ニコチンによる免疫系への影響は、禁煙すると数週間でなくなり、免疫系は正常に戻るという(※12)。

 科学的に信頼性の高いとされるコクラン(Cochrane)は、新型コロナ感染症のパンデミック時に効果的な禁煙方法を紹介している。日本語のサイトなので参考にしてほしい。

※1-1:Wasim Yunus Khot, Milind Y. Nadkar, "The 2019 Novel Coronavirus Outbreak- A Global Threat." Journal of The Association of Physicians of India, Vol.68, 67-68, 2020

※1-2:Hua Cai, "Sex difference and smoking predisposition in patients with COVID-19." THE LANCET Respiratory Medicine, doi.org/10.1016/S2213-2600(20)30117-X, March, 11, 2020

※1-3:Samuel James Brake, et al., "Smoking Upregulates Angiotensin-Converting Enzyme-2 Receptor: A Potential Adhesion Site for Novel Coronavirus SARS-CoV-2 (Covid-19)." Journal of Clinical Medicine, Vol.9(3), doi.org/10.3390/jcm9030841, March, 20, 2020

※1-4:Firas A. Rabi, et al., "SARS-CoV-2 and Coronavirus Disease 2019: What We Know So Far." pathogens, Vol.9, doi:10.3390/pathogens9030231, March, 20, 2020

※1-5:Wenhua Liang, et al., "Cancer patients in SARS-CoV-2 infection: a nationwide analysis in China." THE LANCET Oncology, Vol.21, Issue3, 335-337, 2020

※1-6:Yang Xia, et al., "Risk of COVID-19 for cancer patients." THE LANCET Oncology, doi.org/10.1016/S1470-2045(20)30150-9, 2020

※1-7:Constantine I. Vardavas, Katerina Nikitara, "COVID-19 and smoking: A systematic review of the evidence." Tobacco Induced Diseases, doi.org/10.18332/tid/119324, March, 20, 2020

※1-8:Amir Emami, et al., "Prevalence of Underlying Diseases in Hospitalized Patients with COVID-19: a Systematic Review and Meta-Analysis." Archives of Academic Emergency Medicine, Vol.8(1), e35, 2020

※1-9:Ivan Berlin, et al., "COVID-19 and Smoking." NICOTONE & TOBACCO RESEARCH, doi.org/10.1093/ntr/ntaa059, April, 3, 2020

※1-10:Naseer Ahmed, et al., "Tobacco Smoking a Potential Risk Factor in Transmission of COVID-19 Infection." Pakistan, Journal of Medical Sciences, oi.org/10.12669/pjms.36.COVID19-S4.2739, Vol.36, 2020

※2:Patrizia Russo, et al., "COVID-19 and Smoking. Is Nicotine the Hidden Link?" EUROPEAN RESPIRATORY journal, DOI: 10.1183/13993003.01116-2020, Vol.55, Issue4, 2020

※3:Jean-Pierre Changeux, et al., "A nicotinic hypothesis for COVID-19 with preventive and therapeutic implications." Qeios, doi.org/10.32388/FXGQSB.2, April, 22, 2020

※4:Konstantinos Farsalinos, et al., "Editorial: Nicotine and SARS-CoV-2: COVID-19 may be a disease of the nicotine cholinergic system." Toxicology Reports, doi: 10.1016/j.toxrep.2020.04.012, April, 30, 2020

※5:Mandeep R. Mehra, et al., "Cardiovascular Disease, Drug Therapy, and Mortality in Cover-19.", The NEW ENGLAND JOUNAL of MEDICINE, DOI: 10.1056/NEJMoa2007621, May, 1, 2020

※6-1:Guoping Li, et al., "Assessing ACE2 expression patterns in lung tissues in the pathogenesis of COVID-19." Journal of Autoimmunity, doi.org/10.1016/j.jaut.2020.102463, April, 13, 2020

※6-2:Markus Hoffmann, et al., "SARS-CoV-2 Cell Entry Depends on ACE2 and TMPRSS2 and Is Blocked by a Clinically Proven Protease Inhibitor." Cell, Vol.181, 271-280, April, 16, 2020

※7:Paolo Verdecchia, et al., "The pivotal link between ACE2 deficiency and SARS-CoV-2 infection." European Journal of Internal Medicine, doi.org/10.1016/j.ejim.2020.04.037, April, 20, 2020

※8:Yi-Han Hung, et al., "Alternative Roles of STAT3 and MAPK Signaling Pathways in the MMPs Activation and Progression of Lung Injury Induced by Cigarette Smoke Exposure in ACE2 Knockout Mice." International Journal of Biological Sciences, Vol.12(4), 454-465, 2016

※9:Chung-I Lin, et al., "Instillation of particulate matter 2.5 induced acute lung injury and attenuated the injury recovery in ACE2 knockout mice." International Journal of Biological Sciences, Vol.14(3), 253-265, 2018

※10:Janice M. Leung, et al., "ACE-2 Expression in the Small Airway Epithelia of Smokers and COPD Patients: Implications for COVID-19." EUROPEAN RESPIRATORY journal, DOI: 10.1183/13993003.01261-2020, Vol.55, Issue4, 2020

※11:Takahisa Kondo, et al., "Smoking Cessation Rapidly Increases Circulating Progenitor Cells in Peripheral Blood in Chronic Smokers." Arteriosclerosis, Thrombosis, and Vascular Biology, Vol.24, No.8, 2004

※12:Lawrence G. Miller, et al., "Reversible Alterations in Immunoregulatory T Cell in Smoking: Analysis By Monoclonal Antibodies and Flow Cytometry." CHEST, Vol.82, Issue5, 526-529, 1982

※A:オッズ比:Confidence Interfas(CI、信頼区間)が1をまたいでいるか、1より大きいかによりリスクを判断する指標

※2020/05/03:17:02:読者からの指摘によりACE2とアンジオテンシンIIに関する記述を修正しました。

サイエンスライター、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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