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「人生会議」は高齢者の「経済格差」にも配慮すべき

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:アフロ)

 人生をどう終えるのか。本人の揺れ動く気持ちや考え方を受け止め、とりわけ高齢者に寄り添いながら家族を含めた医療者などで共有することの重要性に注目が集まっている。最新の調査研究から、そうしたことを容易に語り合えない環境にある高齢者の存在も浮き彫りになった。

なかなかしにくい「人生会議」

 人が自分の人生に関し、どういう医療や介護を受けたいのか、どういう死に方(End-of-Life、EOL)をしたいのかといったことを日常的に家族や知人、医療関係者などと語り合っておくACP(アドバンス・ケア・プランニング)が、高齢化の進展に伴って議論されるようになっている。

 厚生労働省は、わかりにくいこのACPという略語を2018年に「人生会議」という愛称に変更したが、この人生会議の普及啓発ポスターをめぐってネット上を中心に話題になった。

 どう生きたいのか、どう死にたいのかといったことを他者と語り合うことは、自分の人生を見つめ直す意味でも、またその人の意志を尊重したいと考えている人にとっても重要なことだろう。

 米国の調査研究によれば、約70%の高齢者が人生の終焉時に自分の意志決定ができておらず(※1)、本人と家族の間で治療や死に関してしばしば解釈に齟齬が生じていることがわかっている(※2)。そうした会話がなかった場合、例えば本人の意思が伝えられないような状況になったとき、延命治療の可否などに関して家族が思い悩むことにもなりかねない。

 自分の死に方に関して近親者や友人知人と語り合うということは、死に関する話題への抵抗や難しさがあって海外でもあまり他者に伝えていないし(※3)、死生観や宗教観の影響もあってか日本でもまだ広がってはいない。

 だからこそ厚生労働省が普及啓発活動を行っているのだが、経済格差が広がる日本で、社会から疎外されたり孤立したりする人にとって、いわゆる人生会議をしようにもできないこともあり、活動の理念からもそうした人を取りこぼさないようにするべきだろう。

経済状態の悪い男性で低い割合に

 今回、福島県立医科大学などの研究グループが、福島県郡山市に居住する65歳以上の高齢者3000人(女性1699人、男性1301人)を対象に、健康状態・主観的な幸福度・主観的な経済状態・配偶者(65歳未満か以上か)の有無・家族(1人以上の子ども、その他)との同居かどうかといった項目と、自分の死に方について家族や親しい友人と会話をしたかどうか(はい・いいえ)の関係についてアンケート調査(2017年1月)を行い、2206人(女性858人、男性717人、平均年齢74.0歳、早期高齢者909人、後期高齢者666人)から回答を得て、その結果を発表した(※4)。

 その結果、最も多かったのが、65歳以上の配偶者あり32.7%、経済状態「公平」62.9%、健康状態「良好」70.5%、既往症か現在治療中の病気「高血圧」43.2%、自分の死に方についての会話「いいえ」52.1%だったという。

 自分の死に方についての会話と各項目との関連をみると、性別、主観的な経済状態、主観的な幸福度で関連があり(※5)、特に経済状態では「いいえ」、つまり女性のほうが男性よりも自分の死に方について家族や親しい友人と会話し、会話していない割合は「公平」で最も低く(49.5%)、「貧しい」(58.6%)「ひじょうに貧しい」(60.6%)と経済状態が悪くなるほど自分の死に方について語り合いがなくなっていくことがわかった。

 つまり、主観的に経済状態が悪く、主観的な幸福度が低いと感じている高齢者で、自分の死に方について家族や親しい友人と会話する機会が少ないということになる。

 日本の過去の調査研究(※6)では経済状態が良好な高齢者ほど社会とのつながりが強く、そうしたことも影響しているのではないか、ものごとを先延ばし(Procrastination)にする性向と幸福度には関連があり、自分の死に方についての会話もそうした理由から幸福度の低い人が先延ばしにするのではないかと研究グループは考えている。

 そして、自分の死に方について家族や友人などと会話することは、その人の死生観を共有することでACP(人生会議)にも寄与するのではないかという。米国の調査研究でも、ACPの実行と経済状態の低さには関係があることがわかっているが(※7)、研究グループは、高齢者に対して自分の死に方についてあらかじめ家族や友人などと会話するよう勧めるためには、その人の性別や環境などに配慮すべきかもしれないといっている。

厚生労働省「人生会議」してみませんか

※1:Maria J. Silveira, et al., "Advance Directives and Outcomes of Surrogate Decision Making before Death." The NEW ENGLAND JOURNAL of MEDICINE, Vol.362, 1211-1218, 2010

※2:Katherine A. Rafferty, et al., "Managing End-of-Life Uncertainty: Applying Problematic Integration Theory to Spousal Communication About Death and Dying." American Journal of Hospice and Palliative Medicine, doi.org/10.1177/1049909114550675, 2014

※3:Leah M Omilion-Hodges, Mathan M. Swords, "Communication Matters: Exploring the Intersection of Family and Practitioner End of Life Communication." behavioral sciences, Vol.7(1), 2017

※4:Tomoo Hidaka, et al., "Disparity in pre-emptive end-of-life conversation experience caused by subjective economic status among general Japanese elderly people: a cross-sectional study with stratified random sampling." BMJ Open, Vol.9, Issue10, 2019

※5:性別:女性OR=1.907; 95% CI=1.556 to 2.337; p<0.001、経済状態OR=0.832; 95% CI=0.716 to 0.966; p=0.016、幸福度OR=0.926; 95% CI=0.880 to 0.973; p=0.003

※6:Yuta Nemoto, et al., "Factors that promote new or continuous participation in social group activity among Japanese communitiy-dwelling older adults: A 2-year longitudinal study." Geriatrics Gerontology, Vol.18, Issue8, 1259-1266, 2018

※7:Krista L. Harrison, et al., "Low Completion and Disparities in Advance Care Planning Activities Among Older Medicare Beneficiaries." JAMA Internal Mediceine, Vol.176"12", 1872-1875,2016

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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