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道路上で激怒するナルシスト〜「あおり運転」を考える

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:アフロ)

 あおり運転による事件が後を絶たない。車を運転すると人格が変わってしまい、相手を殺すまで追い回すような人がなぜいるのだろうか。交通政策や心理学などの過去の研究からその背景を探ってみよう。

古くからある感情の動き

 ギリシャ悲劇の1つにソフォクレス『オイディプス王』がある。いわゆるエディプス・コンプレックスの語源にもなった物語だが、主人公のオイディプスは路上で鉢合わせし、道を譲らない相手といざこざを起こして従者もろとも殺してしまう。この相手こそ、彼の実の父親であり、後の悲劇の引き金になる。

 道を譲らない相手を殺す。こうした怒りの感情はどこからくるのだろうか。

 自動車免許を持っている人は、免許取得や更新の際に運転と性格の講習を受ける。自分の性格を診断し、その結果から運転する際の注意点が指摘されるが、講習が終わってからそれを覚え、意識して運転する人はそう多くないだろう。

 自動車を運転するためには、運転や自動車に関する技量と知識、交通法規の知識などとともに、反応や視覚、聴覚といった運動機能や認知能力、注意力、判断力などが必要だ。相手からのもらい事故以外では、運転ミス、自分の運転技量に対する過信、交通違反、不注意、飲酒などによる判断力低下といったことが事故を引き起こす。

 運転中はただでさえフラストレーションがたまるものだ。運転中の怒りの感情は事故につながりやすい。危険運転に関する交通心理学の研究は、近年、欧米やクルマ社会を迎えた途上国を中心に増えてきている。だが、日本における学術的な研究は意外に少ない。

 運転中にドライバーが怒りの感情を抱き、歩行者や相手のドライバーに殺傷したり脅迫したり相手の車を損傷したりすることを欧米では「ロード・レイジ(Road Rage)」(※1)や「ドライビング・アンガー(Driving Anger)」などというが、前述したオイディプス王の事例にあるとおり、道を譲る譲らないで口論になって相手を殺傷することは古くからある感情のようだ。

 ただ、一般的な事故や違反にまぎれ、その実態はなかなか明らかになってこなかった。やはりドライブ・レコーダーが安価になり、広く一般車両に搭載され、運転中の状況が記録されるようになったことが大きいだろう。

 免許の講習などで主に用いられているのは、性格診断による6つのタイプによる事故や違反のリスク評価だ(※2)。これに加え、あおり運転などのロード・レイジやドライビング・アンガーの評価は、ドライビング・アンガー・スケール(the Driving Anger Scale、DAS)によって定性化されるようになっている(※3)。

 このDASは最近になって評価基準に修正が加えられているが、基本的には相手から無礼な振る舞いを受けたと感じたり、自分の進行を邪魔されたりすると引き起こされる感情のようだ(※4)。ただ、こうした状況は車を運転していれば誰にでもある。

ナルシストは危険

 カチンときて暴走し、あおったり相手の進行をふさぎ、高速道路上で強制的に停車させるといった感情行動はどうして起きるのだろうか。ある研究によれば、ナルシストのドライバーは感情の制御ができず、怒りにまかせて行動する傾向があるようだ(※5)。

 また、道路上で自分が感じた恐怖や怯えを相手に対しても与えたいという懲罰的な感情からあおり運転をしたり、悪いのは相手であり自分が間違っていないことを証明したいという感情から、路上で相手の車を強制的に止めるような行動を取ってしまったりする(※6)。つまり、ナルシストが恐怖を感じ、恐怖を感じたことを自ら恥じ、相手に対して憎悪の感情を抱き、自分を正当化するために危険運転をしてしまう。

 内面の恐怖や怯え、そこからくる怒りを自分で制御できないという羞恥心が、逆に敵対的な相手への懲罰的な怒りに変化し、こうした傾向は特にナルシスティックな性格を持つ人に現れやすいというわけだ。相手への懲罰行動と自己正当化は、多くのドライバーがSNSに自分が被害者という画像をアップしていることでもわかる(※7)。

 また、危険運転は、ジェンダー的な男性性、女性性、自己肯定感の度合いと関係があるらしい(※8)。あおり運転をする多くのドライバーは男性だが、同乗者が女性である場合、なんらかの心理的な影響をドライバーに与えてしまうのかもしれない。

 こうした感情のメカニズムを考えれば、あおり運転をしないという自制心をどう引き起こせばいいのかがわかる。また、どうすれば被害に遭うリスクを下げられるかのヒントにもなりそうだ。

 自分が運転中に恐怖やおびえ、怒りを感じたら、そうした負の感情を客観的に正視し、衝動性から少しずつ離脱しながら正常な状態に回復するように努める。そうなった状況を相手へ責任転嫁せず、あるいは許してやり、可能なら路側に車を止めて冷静になるまで気持ちを落ち着かせることだ。

 その際、諫止するか逆に煽り立てるか、同乗者の存在は大きいだろう。その声に耳を傾けて自己制御の助けとし、あるいは耳をふさいで自負心が影響を受けないようにする。

 万が一、あおり運転に巻き込まれ、執拗に追跡された場合、相手は自己正当化された懲罰的な感情を制御できず、もしかすると同乗者が焚きつけているかもしれない。刺激するのは逆効果なので、相手が冷静さを取り戻すのを期待するしかない。

 路上で停車させられても窓を閉めてドアをロックして相手にせず、という対応しかできないだろう。あおり運転を受けないようにするには、普段から安全運転をし、無理な割り込みをせず、周囲の車や歩行者に恐怖心を抱かせないように心掛けることが重要なのだ。

※1:Reginald G. Smart, Robert E. Mann, "Is Road Rage a Serious Traffic Problem?" Traffic Injury Prevention, Vol.3, Issue3, 2002

※2-1:Douglas J. Beirness, "Do we really drive as we live? The role of personality factors in road crashes." Alcohol, Drugs & Driving, Vol.9(3-4), 129-143, 1993

※2-2:6つの性格タイプ:スリル追及性(Thrill-Seeking)、衝動性(Impulsiveness)、攻撃性/怒り(Hostile/Anger)、情緒不安定性(Emotional Instability)、うつ状態(Depression)、統制の所在(人生に対する信念、Locus of Control)

※3:Jerry L. Deffenbacher, et al., "Development of a Driving Anger Scale." Psychological Reports, Vol.74, Issue1, 1994

※4:Zhongxiang Feng, et al., "Driving anger in China: A case study on professional drivers." Transportation Research Part F: Traffic Psychology and Behaviour, Vol.42, Part2, 255-266, 2016

※5:Dwight A. Hennessy, "Are narcissists really angrier drivers? An examination of state driving anger among narcissistic subtypes." Transportation Research Part F: Traffic Psychology and Behaviour, Vol.42, Part2, 267-275, 2016

※6:M Moller, S Haustein, "Road anger expression- Changes over time and attributed reasons." Accicndent Analysis & Prevention, Vol.119, 29-36, 2018

※7:Amanda N. Stephens, et al., "Venting anger in cyberspace: Self-entitlement versus self-preservation in #roadrage tweets." Transportation Research Part F: Traffic Psychology and Behaviour, Vol.42, Part2, 400-410, 2016

※8:Barbara Krahe, "Gendered Self-Concept and the Aggressive Expression of Driving Anger: Positive Femininity Buffers Negative Masculinity." Sex Roles, Vol.79, 98-108, 2018

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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