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「ホホジロザメ」は有害な汚染物質にも最強か

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:アフロ)

 生態系の上位に位置する生物には、食べ物に含まれる有害物質が濃縮して蓄積しやすい。今回、ホホジロザメ(Carcharodon carcharias)の血液中から水銀やヒ素など高濃度の有害物質が発見され、それは他の生物にとって致命的な濃度なのにもかかわらず、ホホジロザメに大きな影響をおよぼしていないことが示唆された。彼らには有害物質の悪影響を軽減する何か特別な機能が備わっているのかもしれない。

生態系で濃縮される有害物質

 生態系の上位に位置し、寿命が長く身体が大きくなる生物には、自然に存在するものと人間の生産活動由来のものを含めた多種多様な有害物質が体内に蓄積することが知られている。例えば、脂溶性のPCB(ポリ塩化ビフェニール)は、日本近海のシャチの脂肪に高い濃度で蓄積しているようだ(※1)。

 クジラ類と同様、サメの多くの種類も生態系の上位に位置する捕食者だ。そして人間が作り出した汚染源である水銀も神経毒として環境へ拡散し、サメなどの生物の生殖や行動などに悪影響として現れている(※2)。

 日本の石垣島でイタチザメ(Galeocerdo cuvier)の肝臓に含まれる有害物質を調べた研究(※3)によれば、サメが成熟して大型になるほど肝臓に含まれる水銀の量が増加していたという。一方、炭素と窒素の同位体比(δ13とδ15、生態系の栄養段階=Tropic levelの係数、※4)が体長と逆比例していたことから、イタチザメの場合、成熟するにつれて餌を捕食する海域が遠洋へ移動していることが影響しているのではないかと考えられる。

 イタチザメは大きなものでは体長3メートル、体重600キログラムになる生態系で最上位に位置する捕食者だが、南西インド洋で大小のサメ(14種)とエイ(2種)の筋肉の水銀濃度を生息域ごとに比較した研究(※5)によると、沿岸海域のサメやエイと比べ、遠洋海域と深海のほうが、また小型より大型のほうが水銀の濃縮度が高かったという。深海でも同様の結果となったことから、水銀の生体濃縮には複雑な要因がからんでいることが示唆される。

 インド洋南西部といえば、アフリカ大陸南端のケープタウン近海でホホジロザメが姿を消しているようだ(※6)。その理由はよくわからないが、ホホジロザメの血液を分析し、どのような有害物質が含まれているか調べた研究が最近、発表された(※7)。

 これは米国マイアミ大学の海洋研究所(Rosenstiel School of Marine and Atmospheric Science, University of Miami)などの研究グループによるもので、2012年3〜5月にかけて南アフリカの5つの海域で捕獲された43匹のホホジロザメの血液を採取し、その中の26匹について重金属の濃度を調べたという。

 その結果、特に水銀(Hg)とヒ素(As)が高濃度で検出され、生態系の中で濃縮され、ホホジロザメの体内で蓄積されていることがわかった。これは従来の研究と同じだが、今回の分析結果は、水銀146.98μg/L、ヒ素833.43μg/L(各平均)と予想外の高濃度だったという。例えば、ヒ素の場合、サーモンやコイなどの魚類(100〜300μg/L)で明らかな有害性が出てくる値より高く、ヒト(1μg/L)の致死量よりもかなり高い。

なぜホホジロザメは有害物質に平気なのか

 これほど高濃度のヒ素がホホジロザメの血液に存在していること自体に研究グループは驚いているが、水銀もヒ素も生物にとって重大な悪影響をおよぼす物質だ。水俣病でわかるように水銀は神経毒として作用し、殺人事件にも使われるヒ素は直接的には胃腸障害や心血管障害といった多臓器不全を引き起こし、酸化ストレスによって免疫系などの遺伝子に様々な悪影響をおよぼす。

 ただ、かなり以前から陸上生物に比べて海洋生物のヒ素(有機ヒ素)含有量は高いことが知られ(※8)、有害な無機ヒ素も代謝によって有機ヒ素に変えられて有害性が低減される。一般的にヒ素の毒性は、無機ヒ素(3価)>無機ヒ素(5価)>有機ヒ素となり、上記のヒトの致死量は無機ヒ素の場合だ。

 生物が無機ヒ素を無害化(有機化)するのは主に肝臓で行われる。この論文では分析で検出されたヒ素について有害性が低い有機ヒ素か毒性の高い無機ヒ素かは同定していないが、もしもホホジロザメが有害な無機ヒ素を肝臓で無害化していたとすれば、多少なりとも肝臓に悪影響が出て、それは血中のASTやALPといったトランスアミナーゼの値として現れてくるはずだ。

 だが、調査で捕獲されたホホジロザメには、健康状態に特別な異常はみられず、AST値やALP値も高くなかったという。研究グループは、水銀やヒ素の悪影響がなぜ起きていないのかは不明とし、サメの生理機能や免疫系の研究はまだあまり行われていないので、水銀による酵素破壊や無機ヒ素による酸化ストレスを避けることのできる保護機能があるのかもしれないと推測している。

 一方、サメの仲間の中には、数百年もの寿命をもつ種類もいる(※9)。また、ホホジロザメのDNAを調べた最近の研究(※10)によれば、彼らのゲノム・サイズは4.63Gbp(ギガベースペア、ヒトゲノムのサイズは3Gbp=約30億塩基対)でヒトの1.5倍以上であり、その約半分が転移因子を含む反復配列ということがわかっている(哺乳類の反復配列は約45%)。

 ゲノムの反復配列は遺伝子の機能に重要な役割を果たし、ゲノム上を転移(移動)するトランスポゾン(Transposon)という塩基配列が機能するためにも必要な部位だ。トランスポゾンは突然変異と生命進化に関与しているため、ホホジロザメの長大な反復配列が傷の修復や病気からの回復に役立っているのではないかと考えられている。

 もしかすると、ホホジロザメが持つ独特の遺伝子配列は、水銀やヒ素の有害性に対しても有効なのかもしれない。いずれにせよ、クジラやサメより生態系の頂点に立っているのは人間だ。水銀やヒ素といった環境中の有害物質が、我々の身体に悪影響をおよぼしているのは間違いない。そして、我々はホホジロザメのような遺伝子を持ってはいないのだ。

※1:「日本近海『シャチ』は100年後に絶滅する」(Yahoo!ニュース:2018/10/08、2019/04/03アクセス)

※2:Carles T. Driscoll, et al., "Mercury as a Global Pollutant: Sources, Pathways, and Effects." Environmental Science & Technology, Vol.47(10), 4967-4983, 2013

※3:Tetsuya Endo, et al., "Mercury, cadmium, zinc and copper concentrations and stable isotope ratios of carbon and nitrogen in tiger sharks (Galeocerdo cuvier) culled off Ishigaki Island, Japan." Ecological Indicators, Vol.55, 86-93, 2015

※4:Keith A. Hobson, et al., "Determination of trophic relationships within a high Arctic marine food web using δ 13 C and δ 15 N analysis." Marine Ecology, Vol.84, No.1, 9-18, 1992

※5:Baptiste Le Bourg, et al., "Effect of body length, trophic position and habitat use on mercury T concentrations of sharks from contrasted ecosystems in the southwestern Indian Ocean." Environmental Research, Vol.169, 387-395, 2019

※6:「『ホホジロザメ』が海から消えるとどうなるか」(Yahoo!ニュース:2019/03/06、2019/04/03アクセス)

※7:Liza Merly, et al., "Blood plasma levels of heavy metals and trace elements in white sharks (Carcharodon carcharias) and potential health consequences." Marine Pollution Bulletin, Vol.142、85-92、2019

※8:Chaston Chapman, "On the presence of compounds of arsenic in marine crustaceans and shell fish." Analyst, Vol. 51, Issue608, 548-563, 1926

※9:「サメは『寿命のカギ』を握っているhttps://news.yahoo.co.jp/byline/ishidamasahiko/20170914-00075743/」(Yahoo!ニュース:2017/09/14、2019/04/03アクセス)

※10:Nicholas J. Marra, et al., "White shark genome reveals ancient elasmobranch adaptations associated with wound healing and the maintenance of genome stability." PNAS, Vol.116(10), 4446-4455, 2019

※2019/04/05:20:12:読者からの指摘を受けて以下を加筆修正した。

「生態系の栄養段階=Tropic levelの係数、※4」

※4:Keith A. Hobson, et al., "Determination of trophic relationships within a high Arctic marine food web using δ 13 C and δ 15 N analysis." Marine Ecology, Vol.84, No.1, 9-18, 1992

「ただ、かなり以前から陸上生物に比べて海洋生物のヒ素(有機ヒ素)含有量は高いことが知られ(※7)、有害な無機ヒ素も代謝によって有機ヒ素に変えられて有害性が低減される。一般的にヒ素の毒性は、無機ヒ素(3価)>無機ヒ素(5価)>有機ヒ素となる。

 生物が無機ヒ素を無害化(有機化)するのは主に肝臓で行われる。この論文では分析で検出されたヒ素について有害性が低い有機ヒ素か毒性の高い無機ヒ素かは同定していないが、もしもホホジロザメが有害な無機ヒ素を肝臓で無害化していたとすれば、多少なりとも肝臓に悪影響が出て、それは血中のASTやALPといったトランスアミナーゼの値として現れてくるはずだ。

 だが、調査で捕獲されたホホジロザメには、健康状態に特別な異常はみられず、AST値やALP値も高くなかったという。」

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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