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「ホホジロザメ」が海から消えるとどうなるか

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:アフロ)

 ホホジロザメ(Carcharodon carcharias、White Shark)は海の生態系ではトップに君臨する捕食者だが、最近その数を減らしている。南アフリカのケープタウン沖はホホジロザメの個体数が多い海域だったが、2015年あたりから急激に姿を消した。ホホジロザメがいなくなった海域では、一体どんなことが起きるのだろうか。

急激に数を減らすホホジロザメ

 2017年5月、南アフリカのケープタウンの海岸に一体のホホジロザメの死体が流れ着いた。その肝臓はキレイにえぐり取られていたが、日本沿岸の延縄で混獲されたサメの内臓だけがゴンドウなどの鯨類に食べられる事例もあり、南アフリカでも生態系でより上位に位置(Apex Predator)するシャチがホホジロザメの肝臓を食べたのではないかと考えられている。

 サメの肝臓は栄養価の高い臓器だ。同じ海棲哺乳類のアシカなどの食性でもサメの内臓を好んで食べることが知られているが、同じことが起きてホホジロザメの個体数が減少しているのだろうか。

 この謎は依然として解けていないままだが、生態系の上位に位置するホホジロザメがいなくなれば、その海域に何らかの変化が生じるはずだ。変化の中身がわかれば、ホホジロザメが数を減らしている理由にも迫れるかもしれない。

 米国フロリダ大学などの研究グループは、2000〜2018年に南アフリカ・ケープタウンにあるシール島(Seal Island)からフォールス湾(False Bay)にかけての周辺海域で、ホホジロザメの行動と個体数の調査研究を続けてきたが、その結果をまとめて英国の科学雑誌『nature』のオンライン版「SCIENTIFIC REPORTS」に発表した(※1)。

 南アフリカのケープタウン沖はホホジロザメがジャンプする海域として有名で、この論文によれば、ホホジロザメの行動が肉眼で観察された事例は6333例あった。また、調査海域でコロニーを形成するミナミアフリカオットセイ(Arctocephalus pusillus pusillus、Cape fur seal)に対するホホジロザメの捕食攻撃も8076例が観察された。

 研究グループは、ホホジロザメと肉眼観察とオットセイへの攻撃の事例が2015年あたりから減り始め、2017年には驚くほど急激に減ったという。ホホジロザメが姿を消すのと同期するように代わり、2017年から多くなってきたのがエビスザメ(Notorynchus cepedianus、Sevengill Shark)で120事例だった。

代わりに増えたエビスザメ

 エビスザメもどう猛な捕食者で、集団で狩りをすることが知られている(※2)。ホホジロザメが行っていたように、シール島の海域でエビスザメがオットセイを襲撃する様子も観察されたという。また、エビスザメは他のサメを襲撃することもよくあり、特に成熟した大型のサメが多く集まる海域で観察されるようだ(※3)。

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集団で獲物を囲むエビスザメの狩り。この図ではクジラを襲っている。Via:D A. Ebert, "Observations on the predatory behaviour of the sevengill shark Notorynchus cepedianus." South African Journal of Marine Science, 1991

 通常、生態系で同じような地位を占める捕食者が、同じエリアに共存することはほとんどない。ホホジロザメがいなくなる前、エビスザメは約18km離れた別の場所を根城にしていたというが、ホホジロザメとエビスザメは競合関係にあり、ホホジロザメの空位をエビスザメが抑えたと考えられる。

 研究グループは、なぜホホジロザメがこの海域から急激に姿を消したのか、その理由は依然として不明としつつ、乱獲の影響や生息地の移動、海水温の変動などが考えられるという。

 ただ、ホホジロザメの存在は同じ海域に生息するオットセイの集団に強い影響を与えていたため、エビスザメが同じ役割を果たすことができるかどうかわからない。そして、エビスザメが元いた海域に対する影響があるかもしれないと研究グループはいう。

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19世紀に描かれたエビスザメの図。ホホジロザメほどではないが全長3mになる個体もいる。日本近海では珍しく水族館では京都府の魚っ知館の展示が唯一のようだ。イラスト:Frederick Schoenfeld(1860年代)

 ある地位を生態系で占めていた存在がいなくなると、カスケード的に環境に大きな変化を及ぼすことはよく知られている。例えば、米国の西海岸で起きたことだが、毛皮のためにラッコが乱獲されると、ラッコが食べていたウニが増え、ウニが増えた結果、その海域の昆布が減少するというようにだ。

 ホホジロザメがいなくなったのは、もしかするとシャチが襲ったのかもしれないし、エビスザメとの競合関係で圧力を受けたのかもしれない。いずれにせよ、ホホジロザメがいなくなった世界は、少なくとも南アフリカのある海域では現実に出現しているのだ。

※1:Neil Hammerschlag, et al., "Disappearance of white sharks leads to the novel emergence of an allopatric apex predator, the sevengill shark." SCIENTIFIC REPORTS, 9, Article number: 1908, 2019

※2:D A. Ebert, "Observations on the predatory behaviour of the sevengill shark Notorynchus cepedianus." South African Journal of Marine Science, Vol.11, Issue1, 1991

※3:Adam Barnett, et al., "Fine-Scale Movements of the Broadnose Sevengill Shark and Its Main Prey, the Gummy Shark." PLOS ONE, Vol.5, Issue12, e15464, 2010

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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