「受動喫煙」防止、3つの「誤解」とは

(写真:アフロ)

 受動喫煙防止を盛り込んだ改正健康増進法の完全施行は、東京オリパラの3ヶ月前、2020年4月1日だ。その前に今年2019年7月1日から学校・病院・児童福祉施設等、行政機関で屋内完全禁煙が実施される。だが、我々は受動喫煙の防止という考え方に対し、いくつか誤解したままなのかもしれない。その誤解とはいったい何なのだろうか。

どんなに少量でも健康に有害

 受動喫煙に対する誤解について考えていく前に、そもそもタバコの煙はごく少量でも健康に有害であり、いくら害を低減しても有害性を全くなくすことはできないことを知っておきたい。タバコ製品についても、また受動喫煙についてもこれは同じで、タバコから出る煙、または喫煙者が吸い込んで吐き出す息には我々の健康を脅かす有害物質が必ず含まれている。

 受動喫煙というのは、喫煙者のタバコ煙をタバコを吸わない他者が吸い込んだり、煙にさらされたりすることだ。受動喫煙によって、タバコを吸わない人にも肺がんなどの健康被害が生じる危険性があることから(※1)、WHO(世界保健機関)をはじめ、世界各国で受動喫煙の防止が強く主張されるようになった。

 疫学研究によれば、喫煙者と同居して受動喫煙にさらされている女性では20%、男性では30%、それぞれ肺がんのリスクが増加する。また、職場で受動喫煙にさらされるタバコを吸わない女性で、16~19%も肺がんリスクが増加することがわかっている(※2)。

 さらに、肺や気道などの呼吸器のみならず、タバコから出る有害物質は、心臓や血管に重篤な悪影響を及ぼす。タバコの副流煙にさらされる受動喫煙では、その有害物質によって心筋の働きや血圧調整機能を阻害し、血液の粘性を高めることも知られている(※3)。つまり、喫煙と受動喫煙によって、心臓発作や脳卒中のリスクも高くなるわけだ。

 WHOでは、誰にでもタバコ煙に汚染されていない環境で呼吸する権利があるとし、飲食店を含む労働環境においても同じだとする。特に、法的な影響力が及びにくい家庭での乳幼児・子どもに対して注意深く保護されるべきとし、タバコ煙に不意にさらされないための受動喫煙対策をすべきとしている。

 これらについて知れば、受動喫煙を防止するための完全な対策とは、タバコを吸わない人に対してタバコ煙が全くおよばないようにすることしかないことがわかる。いくら空調などの設備的な対策をしても、同じ物理的空間に喫煙者がいれば受動喫煙を防ぐことはできない。

 なぜなら、タバコ煙とそこから由来する有害物質は、喫煙者の呼気にも数十分間は存在し、衣服に付着するなどして必ず外へ持ち出されてくるからだ。受動喫煙の防止対策をしても、分煙では受動喫煙防止の効果はない。

 屋内完全禁煙という受動喫煙防止対策の前後で、バーなど喫煙客の多い飲食店を対象に従業員の呼吸器疾患の状況を比較した研究によれば、規制後に従業員の健康状態が明らかに良くなった(※4)。従業員雇用の有無によって例外規定を盛り込んだ東京都の受動喫煙防止条例の考え方は、こうした研究結果を背景にしている。面積によって例外規定を定めた国の改正健康増進法より、東京都の条例のほうが実際の効果が期待できるだろう。

 タバコを吸わない多くの人は、受動喫煙のための法律や条令ができたなら、自分は受動喫煙による健康被害を受けないと考えているだろう。だが、これが受動喫煙防止に関する誤解の1つ目だ。

誰が「望んで受動喫煙」したがるのか

 ところで、受動喫煙防止対策を盛り込んだ国の改正健康増進法では、面妖な文言が付されている。基本的な考え方の第1として、「望まない受動喫煙」をなくす、というのだ。

 改正健康増進法の所管は厚生労働省でいろいろ問題の多い役所でもあるが、政治勢力や財務省などから予想される妨害をはねのけ、なんとか受動喫煙防止の考え方を法制化した努力は認めよう。だが、この「望まない受動喫煙」という考え方は全く同意できない。どこに「受動喫煙を望む」人間がいるというのだろうか。

 実は、この文言を入れたところに、日本のタバコ対策の根源的な問題が横たわっている。例えば、日本たばこ産業(JT)がよく唱えるキャッチフレーズに「タバコを吸う人も吸わない人も」という言葉があるが、同社がこうした言葉を唱える意図は、喫煙行動を常態化させ、タバコを社会に認めさせようというものだ。

 改正健康増進法に「望まない受動喫煙」という言葉を入れる厚生労働省の発想には、タバコ会社によるこうした意図が反映され、影響を受けていると考えざるを得ない。つまり、国策としてタバコを売り、政府(財務大臣)はJTの株式の1/3以上を保有しているため、同じ政府内で整合性をとるため、「望まない受動喫煙」という愚かしくも面妖な言葉が生まれたのだ。

 ところで、受動喫煙の健康被害が取りざたされ始めた頃、研究者や研究機関によって健康被害の有無について評価が分かれるという事態が起きた。そのため、それぞれの研究を調べた研究論文も出た(※5)。この論文では、受動喫煙の健康被害に対して懐疑的な研究で、タバコ会社など利害関係者からの研究資金援助によるバイアスの存在が疑われ、利益相反について厳しく吟味すべきとしている。

 タバコ会社は、受動喫煙の悪影響が社会的に問題視されることを好まず、タバコ会社は、批判の矛先が自らに向かないようにしてきた。この姿勢は、現在も加熱式タバコの販売を始めることで継続中だ。

 もちろん、受動喫煙防止の考え方は、タバコを吸わない人をタバコの煙から守ることを主な目的にしている。だが、その出発点にある基本理念は、タバコと喫煙行動が国民の健康や生命、財産にとって有害なものという考え方だ。つまり、喫煙者がタバコを吸える場所を狭め、最終的には喫煙率を下げ、タバコという存在を社会からなくしていこうという思想である。

 受動喫煙防止には、この考え方が背景にある。だが、国の改正健康増進法には、この観点と思想が全く欠如している。受動喫煙防止は、単にタバコ煙から国民を防御するだけではない。前提としてタバコと喫煙行動が害悪であり、将来的になくしていくという発想が基本だ。

 我々はそのことについて思い及ばない。これが受動喫煙の防止に対する誤解の2つ目だ。

加熱式タバコも例外ではない

 3つ目の誤解は加熱式タバコについてのものだ。アイコス(IQOS)やグロー(glo)、プルーム・テック(Ploom TECH)などの加熱式タバコが広がりをみせ、改正健康増進法でも加熱式タバコの健康影響がわかるまでの間、従来の紙巻きタバコとは異なった規制としている。

 1つ目、2つ目の誤解について考えればすぐにわかるが、加熱式タバコからも有害物質が出ている。1つ目の誤解で述べたように、タバコの害はどんなに少なくても健康に悪影響をおよぼす。

 タバコ会社が、有害性の低減をPRする加熱式タバコも例外ではない。そして、受動喫煙防止の考え方は、タバコという製品、喫煙行動それ自体が社会にとって有害であり、将来的にはなくしていかなければならないという発想から出ている以上、それは加熱式タバコも同じなのだ。

 タバコは善か悪かといえば明らかな悪である、というゼロイチ(01)の態度が、タバコ対策を行う公衆衛生当局や専門家に求められる。0~1までのどこかという条件闘争に応じた時点で、タバコ利権がつけいる隙を与えてしまう。その意味で、今回の改正健康増進法で厚生労働省は公衆衛生当局として、はっきりした態度を表明するせっかくのチャンスを自ら捨て去った。

 三つの誤解は、基本的な部分で共通している。受動喫煙はもちろんタバコは有害なものという受動喫煙の防止について、その目的と理念についてよく理解していきたい。

※記事は喫煙者を批難するものではありません。加熱式を含むタバコを吸う喫煙者が喫煙習慣を止められないのは、ニコチンという依存性薬物の作用によるもので、けっして喫煙者の責任ではありません。喫煙者は、国によって推進されてきたタバコ政策、そしてタバコ会社のビジネスの犠牲者と筆者は考えています。

※1:A K. Hackshaw, et al., "The accumulated evidence on lung cancer and environmental tobacco smoke." the bmj, Vol.315, 1997

※2:Elizabeth T. H. Fontham, et al., "Environmental Tobacco Smoke and Lung Cancer in Nonsmoking Women─A Multicenter Study." JAMA, Vol.271(22), 1752-1759, 1994

※3-1:M R. Law, et al., "Environmental tobacco smoke exposure and ischaemic heart disease: an evaluation of the evidence." the bmj, Vol.315, 1997

※3-2:John A. Ambrose, et al., "The pathophysiology of cigarette smoking and cardiovascular disease─An update." Journal of the American College of Cardiology, Vol.43, Issue10, 2004

※4-1:Mark D. Eisner, et al., "Bartenders' Respiratory Health After Establishment of Smoke-Free Bars and Taverns." JAMA, Vol.280(22), 1909-1914, 1998

※4-2:Daniel Menzies, et al., "Respiratory Symptoms, Pulmonary Function, and Markers of Inflammation Among Bar Workers Before and After a Legislative Ban on Smoking in Public Places." JAMA, Vol.296(14), 1742-1748, 2006

※5:Deborah E. Barnes, et al., "Why Review Articles on the Health Effects of Passive Smoking Reach Different Conclusions." JAMA, Vol.279(19), 1566-1570, 1998