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「打ち水」議論で重要なのは「保水力」である

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:つのだよしお/アフロ)

 連日のように猛暑が続き、熱中症で亡くなる人も続出している。2020年の東京オリパラの期間はちょうどこんな時期と重なり、今さらながらようやく開催を不安視する意見も増えてきた。開催都市の小池都知事は、水をまく打ち水で暑さ対策をするというイベントに参加し、地域住民に協力を呼びかけたという。果たして、打ち水で東京オリパラを乗り切れるのだろうか。

気化熱で涼しくなる

 先日、ネット上で、気温が38℃で暑さを感じるのに38℃の風呂がむしろ気持ちいいのはなぜかという中学生の自由研究が話題になった(※1)。

 その理由についてこの中学生は、外部の気温と皮膚温の差によるもので、気温が高いと発汗による気化熱で皮膚表面から熱が奪われ、皮膚の温度が気温より低くなって暑く感じるが、気化熱による熱の減少のない湯の中では湯温と皮膚温の差が少ないため熱く感じないことを解明した。

 液体が蒸発して気化するとき、液体自体や周囲から熱を吸収するのはよく知られている現象だ。気化、つまり液体や固体を気体にするためにはエネルギー(熱)が必要となる。

 水を沸騰させると気化するが、発汗による気化熱は水分の蒸発による気化で、気化するときのエネルギーは周囲の空気や皮膚表面から得る。発汗で皮膚温が下がり、涼しくなるのはそのためだ。

 冷蔵庫やエアコンも同じ現象を利用し、熱の移動を行って冷暖房を行う。エアコンの冷房の場合、熱の移動をすることで室外機から暖気が放出されるため、人工排熱として外気温を高める作用がある。

ヒートアイランド現象の原因

 ところで今年の北半球の夏は世界的に猛暑で、特に都市部はいわゆるヒートアイランド現象が起きるせいで暑い。世界人口の半分以上が都市部に暮らしているので、ヒートアイランド対策は世界の都市共通の課題になっている。

 メガロポリス東京は2020年にオリパラを予定しているが、開催期間は2020年7月24日〜2020年8月9日ということで猛暑対策は必須だ。開催が決まったときに問題視されていなかったが、熱中症対策も含めて現実的にどう解決するか悩ましい。

 開催都市の小池百合子都知事は先日、都内で開かれた打ち水イベントで「どうやって暑さ対策をしていくかが、今、一番大きな課題」、「打ち水作戦も、東京2020大会で威力を発揮するのではないか」と述べたという。小池都知事は「打ち水は、お風呂の残り湯などを使って朝、夕に水をまくことによって、涼を確保する」とも説明し、同時に微細ミストなどの最新技術や保冷剤の活用などを紹介したそうだ(※2)。

 この報道を受けたネット上では、打ち水で猛暑オリパラをどう乗り切るのかと疑問の声も出ているが、小池都知事や関係者も打ち水だけで暑さ対策したつもりになっているわけではないだろう。

 今年や2020年に限らず、ヒートアイランド現象はこれまでも問題になってきた。原因は主に都市化で、草地や森林といった自然環境がコンクリートやアスファルトにおおわれ、エアコンや自動車、工場などの人工排熱が加わった結果、上空への熱の拡散と大気の対流が弱まり、都市部に熱がこもって夜間も気温が下がりにくくなる。

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2013年8月の関東地方の月平均気温を都市あり(左)と都市なし(中)で比較し、その差を都市化の影響(右)として色分けした図。都市化の影響で東京都市部が赤くなっているが、群馬県や栃木県などの周縁部へも影響が出ていることがわかる。これは都市の熱が夜間の気流により周辺へ運ばれるためと考えられている。気象庁「ヒートアイランド現象の要因は何ですか?」(2018/07/26アクセス)の図を筆者が引用改編した。

 ヒートアイランド現象と都市化で重要なのは、人工排熱も大きいが自然環境との地面の保水力の差だ。草地や森林、河川、湖沼、植物は水分を大量に保つため、太陽光や外気で熱せられると気化熱により気温を下げる。コンクリートやアスファルトにおおわれた都市部は、水分の蒸発量が少ないため、気化熱による気温の低下が起きにくいというわけだ。

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東京中心部の地表のおおわれ方(左)と人工排熱(右)の分布図。地表の露出は皇居や新宿御苑、代々木公園などで多いが、千代田区や中央区、墨田区、江東区などはほとんどないことがわかる。Via:環境省「効果的なヒートアイランド対策の推進手法」(PDF、2018/07/26アクセス)

そのままの打ち水では効果薄

 では、打ち水は果たして効果があるのだろうか。

 打ち水は、気化熱による熱の吸収と水自体が周囲の温度より低いのでエントロピーで温度を下げると考えられる。

 これによれば、打ち水に気温を下げる効果があるのは確かだ。実際、打ち水をすると2〜3℃ほど気温が低下するし、体感温度や暑さ指数(湿球黒球温度、Wet Bulb Globe Temperature、WBGT)を下げる。

 また、水をまくという行為の心理的効果やヒートアイランド現象に対する知識啓発の効果もあるようだ。これらの効果により、打ち水をした周辺で冷房温度を下げるという副次的な影響もあるらしい。

 ただ、水が浸透しないコンクリートやアスファルトでやっても、それほど効果は持続しない。また、広い面積に打ち水をするのも非現実的だ。コストと効果を考えれば、打ち水に過度な期待をかけるべきではない(※3)。

 一方、打ち水の効果をできるだけ高めるため、保水力の高い路面舗装や保水性歩道に換えることで、打ち水や散水の効果を持続させる試みが行われている(※4)。

 こうした建築素材は、多孔質セラミックなどの材料量を調整することで水分の適度な蒸発速度をコントロールでき、効率的な気化熱効果を得ることができる(※5)。雨水の地中への浸透度も高いので地下水の保持にもつながり、保水性舗装で散水した場合、日中で−8℃、夜間で−3℃の気温低下が見込めるようだ。

 保水性の建材や道路材はまだややコストがかかるが、メンテナンスが必要な公園整備や大規模な緑地確保より安い。すでに皇居周辺の内堀通りに保水性の高い舗装がなされているが、廃棄物利用などの技術革新でコストを抑えることができれば広く普及するはずだ。

 東京オリパラの場合、新国立競技場では、通風をよくするファンやミストシャワーなどの設置が検討されているようだが、他の競技場や観戦沿道を含め、選手や観客、関係者を守る観点で抜本的な対策にはほど遠い(※6)。マラソンコースの路面や選手村の歩道などに、こうした保水力の高い道路素材を使い、散水すれば多少は効果は上がるのではないだろうか。

 つまり、打ち水は効果はあるが過度に期待すべきではなく、もしやるのなら費用対効果の点で保水性の高い道路材を使うべきということになる。もちろん、ヒートアイランド現象の緩和はオリパラ対応だけに目を奪われるべきではなく、21世紀の都市において普遍的な課題だ。

 打ち水や保水性道路材以外にも猛暑対策はいろいろ考えられ、植樹や屋上緑化などで緑や木陰効果を増やす努力は継続すべきだろう。人工排熱の低減、建造物や地表の日射反射率(アルベド、Albedo)の増加、保温効果の高い二酸化炭素排出の低減などできることは多い。

※1:愛知県刈谷市立刈谷南中学校2年/3年、原田丈史、他5名「38℃の日は暑いのに38℃の風呂に入ると熱くないのはなぜか」シゼコン:自然科学観察コンクール:第43回入賞作品・中学生の部・文部科学大臣奨励賞(2018/07/25アクセス)

※2:東京都「打ち水日和 江戸の知恵・東京のおもてなし」(2018/07/26アクセス)

※3:平野勇二郎ら、「打ち水によるヒートアイランド緩和効果のシミュレーション評価」、水工学論文集、第53巻、2009

※4-1:H Yamagata, et al., "Heat island mitigation using water retentive pavement sprinkled with reclaimed wastewater." Water Science & Technology, Vol.57(5), 763-771, 2008

※4-2:Tadanobu Nakayama, et al., "Analysis of the ability of water resources to reduce the urban heat island in the Tokyo megalopolis." Environmental Pollution, Vol.159, Issue8-9, 2164-2173, 2011

※4-3:Junsong Wang, et al., "Experimental investigation on the influence of evaporative cooling of permeable pavements on outdoor thermal environment." Building and Environment, Vol.140, 184-193, 2018

※5-1:Hui Li, et al., "Experimental investigation on evaporation rate for enhancing evaporative cooling effect of permeable pavement materials." Construction and Building Materials, Vol.65, 367-375, 2014

※5-2:Martin Hendel, et al., "An analysis of pavement heat flux to optimize the water efficiency of a pavement-watering method." Applied Thermal Engineering, Vol.78, 658-669, 2015

※6:首相官邸:政策会議「東京2020に向けたアスリート・観客の暑さ対策に係る関係府省庁等連絡会議」(2018/07/26アクセス)

※2018/07/29:0:59:タイトルを「東京オリパラは『打ち水』で乗り切れるのか」から「『打ち水』議論で重要なのは『保水力』である」に変えた。

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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