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自民党の「タバコ議員」はなぜ「ヤジ」を飛ばしたのか

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(ペイレスイメージズ/アフロ)

 受動喫煙防止対策を含む健康増進法改正案が国会で審議中だが、衆議院厚生労働委員会で参考人として発言したがん患者に対し、自民党の議員が配慮のないヤジをとばして問題になっている。喫煙者とされるこの議員はSNS上で謝罪したようだが、2017年にも自民党内の厚生労働部会で元がん患者の女性議員の発言に対し、喫煙者の男性議員から心ないヤジが飛んだ。なぜこのような残念なことが起きるのだろうか。

認知的不協和の発露か

 厚労省によれば、喫煙者の70%は「ニコチン(Nicotine)依存症」という病気とされる(※1)。なぜタバコを止められないのかといえば、ニコチンのもつ強い依存性のせいだ。ニコチンの依存性は、アルコール、マリファナ、覚醒剤などよりも強いことが知られている。

 身体的心理的にもはっきりとしたニコチンへの依存症が喫煙だが、タバコを吸う人はそれをなかなか認めたがらない。喫煙に限らず、依存症は「否認」の病だ。自分が依存症と認められないので深みにはまっていく。喫煙議員のヤジも、自らの病を否認したいという衝動で出た結果だろう。

 タバコの害が声高に批判され、喫煙者の肩身は狭くなっている。社会的にこれほどまで喫煙に対して風当たりが強い環境変化の中、依然としてタバコを吸い続けている人たちは、確信的に自分の行動を肯定しているはずだ。

 だが、喫煙者は「非合理的で普通では考えられない特異な消費行動」をとることも多い。買い置きをせず、どんな寒空でも風邪を引いていても一箱ずつ律儀にタバコを買いに行くような行動もそうだ。

 人間というのは、自分の行動を「上から目線」で批判されることを嫌う。いわゆる「パターナリズム」、家父長的温情主義は、役人、教師、医師、警官といった立場からの指導的な介入でもあり、悪いことだとわかっていてもやってしまうのが人間なら、それについてトヤカク言われると「何を偉そうに」とカチンとくるのも人間だ。だから見当違いの方向へ反応が向く。

 それが社会的にも認められているのにもかかわらず、どこか後ろめたさを伴うならなおさらだろう。ギャンブルしかり、過度の飲酒しかり、喫煙しかりだ。不安気質を持つ喫煙者も多く、彼らの行動は矛盾し、将来のリスクより現在の利益を選ぶ傾向がある。

 喫煙者の心の中は複雑で、受動喫煙防止対策が強化されるようになって社会的にも厳しい目で見られるようになり、その心情はより複雑さを増している。いわゆる「認知的不協和(cognitive dissonance)」状態となり、喫煙議員のヤジのように自分でも納得できない喫煙を止められない行動に対して「負け惜しみ」で多種多様な言い訳を試みることも多い。

ストレス解消の嘘

 よくタバコはストレス解消になる、などという喫煙者がいるが、ストレスという概念を広めたのはタバコ会社だ。タバコによるストレス軽減をキャッチフレーズにし、タバコによる害から目を背けさせようとした。

 タバコを吸うことでニコチン中毒になり、ニコチンが切れるとストレスが生じる。タバコへの渇望状態がストレスになるというわけだ。

 タバコを吸えばニコチンが補充されて渇望感が満たされるが、それは単にニコチン中毒によるストレスが解消しただけで、それ以外のストレスは全く解消されず、ますますタバコを手放せなくなり、ニコチン補充でストレスが解消したと錯覚する悪循環に陥る。

 緊張する状況に直面した場合、タバコを吸わない人は脳から自然に興奮物質が出て難局を乗り越えることができる。ニコチンによりそうした興奮物質が出にくくなっている喫煙者は、ストレスのある場面に遭遇するたびにタバコを吸う。

 ニコチンの助けを借りなければ興奮物質が出にくくなっているのが喫煙者で、それを繰り返すうちにますます興奮物質が出にくい脳になり、ニコチン依存が強くなっていく。喫煙者のストレス耐性は、タバコを吸わない人よりも低いというわけだ。

 国会でヤジを飛ばした喫煙議員は、おそらくニコチン依存症であり、ニコチンが切れた時のストレスとニコチンがなくなる恐怖に日常的にさいなまれているだろう。そうした強迫観念により、がん患者を目の前にしたヤジという言動に表れたのかもしれない。

まだまだ高い喫煙率

 我が国の喫煙率は年々減少の一途を辿り、全体では20%を割り込んだとされる。だが、タバコ税増税と値上げで喫煙率を下げた2010年以降、ほぼ横ばいの状態だ。

 下がったとはいえ、30〜50代男性の喫煙率は40%前後と1/3以上の人がまだタバコを止められないでいる。

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男女年代別の喫煙率。毎日吸っている+時々吸う日がある=現在習慣的に喫煙している人の割合。グラフ作成筆者。Via:2016年の厚生労働省:国民健康・栄養調査調査報告(The National Health and Nutrition Survey in Japan, 2016)

 これに加え、最近では加熱式タバコという喫煙具が登場し、問題をより複雑化させている。喫煙者の中には、加熱式タバコに切り替えたことで禁煙できていると勘違いしている人も少なくない。加熱式タバコの喫煙率の影響が無視できなくなっているというわけだが、アイコス(IQOS)などの加熱式タバコにも有害物質が含まれており、その害は環境省の大気汚染基準よりもはるかに大きい。

 厚生労働省によれば、受動喫煙による超過医療費は約3200億円になるそうだ。そうした影響もあるが、受動喫煙の問題は、自分以外の他者、とりわけ弱い立場の人に対してどれだけ共感して理解し、思いやれるかということにつきる。

 2016年の国立がん研究センターの発表によれば、受動喫煙で少なくとも年間1万5000人が亡くなっている推計になる(※2)。これは交通事故死の約4倍だ。

弱者に共感できない政治家

 喫煙率をみてもわかるとおり、女性の喫煙率は男性の1/3にしか過ぎない。20歳以下の乳幼児や子ども、青少年も喫煙者ではないし、がん患者などタバコの煙で生命に脅威を感じる人も少なくない。

 前述したように、30〜50代の男性という政治経済の中心にいる層の1/3以上が喫煙者で、日本の国会議員の女性比率は国際的にも低い(163位/193カ国中。G7中最下位)。

 つまり、30〜50代の男性喫煙者が、タバコを吸わない人、タバコの煙に悩まされている弱者、女性や子ども、病気の人に共感できるかということになる。

 タバコ対策や受動喫煙防止対策は、タバコを吸わない弱者の視点がなければ、なかなか前進しないだろう。その結果が今回、骨抜きになった受動喫煙防止法案だ。

 ニコチン依存症になった喫煙者も、考えてみればタバコの被害者だ。弱者や被害者同士、イガミ合っても問題は解決しない。それで得をするのはタバコ会社ばかりだ。

 それにしても、弱者に共感できない政治家という存在は、いったいどんな理想を掲げ、誰のために政治をしているのだろうか。

※1:厚生労働省:厚生労働科学研究費補助金 疾病・障害対策研究分野、第3次対がん総合戦略研究 平成17年度 総括・分担研究報告書

※2:片野田耕太ら、「たばこ対策の健康影響および経済影響の包括的評価に関する研究」2016(2018/06/21アクセス)

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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