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ボタン電池「誤飲」〜すぐ「ハチミツ」飲ませて病院へ

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:ロイター/アフロ)

 乳幼児の誤飲には注意したいが、特にコイン型を含むボタン電池(以下、ボタン電池)などのアルカリ電池類は危険だ。今回、1歳以上の幼児が電池類を誤飲した場合に応急措置としてすぐにハチミツ(※1)を飲ませ、一刻も早く救急医療機関で治療を受けさせるべきという研究結果が出された。この記事は、ボタン電池誤飲の危険性と誤飲後の応急措置についての内容であり、医療機関搬送後の治療については述べない。

怖いボタン電池の誤飲

 幼児は生後半年ほど経つと、何でも手にとって口に入れようとする。単4にしても乾電池は概してサイズが大きいので飲み込んでしまうことは少ないが、きらきらと金属光を放つボタン電池はデジタルカメラや電卓、ゲーム機などの玩具、LEDライトなどに広く使われ、約1〜2センチというサイズから食道に引っかかるなどすると極めて危険だ。

 電池が体内に入ると胃酸などの消化液で外装が壊れ、中からタンパク質を溶かす性質のあるアルカリ性の物質が出るなどする。また、電気分解により、マイナス極である電池の外側にアルカリ性の液体もできる。

 その結果、潰瘍になったり消化器の壁に穴を開けるなど、生命に関わるような重症化に至るケースも少なくない。誤飲した電池が胃に長く停滞する場合、胃液で電池が壊れて内容液が漏れ出すなどし、水銀電池の場合、水銀中毒の危険性もある。

 特にリチウム電池は電圧が高く長時間一定した電圧を保持するため、外装の周囲にアルカリ性の液体を30分から1時間ほどという短時間で作る。リチウム電池の場合、消化液が外装を溶かさなくても食道や胃などの消化器内部を浸食する可能性があるわけで、胃へ落ちる前の食道に引っかかったままでも危険だ。

 乳幼児の電池誤飲事故は世界的に増えつつあり、米国では毎年、3500件のボタン電池誤飲事故が報告されている。米国小児科学会のデータによると1985〜2009年の間に6.7倍に増えたようだ(※2)。電池誤飲事故の内訳を同データによってみると、ボタン電池のサイズ別では直径20〜25ミリが1%から18%に増えている(1990〜2008年)。

 直径20ミリ以下の高電圧リチウム電池による4歳以下の幼児の事故が目立ち、高電圧リチウム電池を誤飲すると2〜2.5時間で致死性を含む重度の化学やけどを引き起こすことがわかった。米国小児科学会は、リチウム電池を誤飲した場合、2時間以内に取り出さなければならないとする。

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米国小児科学会によるボタン電池誤飲事故の推移(1990〜2008年)。リチウム(Lithium)電池の事故数が増えていることがわかる。Via:Toby Litovitz, et al., "Emerging Battery-Ingestion Hazard: Clinical Implications." the American Academy of Pediatrics, 2010

リチウム電池は急速に組織を溶かす

 日本でも同様の事故は増えており、消費者庁と国民生活センターは2014年にリリースを出し、ボタン電池誤飲について警告している(※3)。0〜3歳の乳幼児と同居している母親を対象(3248人)とした消費者庁のアンケート調査(2014年3月)によれば、ボタン電池でヒヤリハットの危ない経験のある人が1割以上いたが、ボタン電池誤飲の認識では重症化する事例があることを知らない人が約6割いた。

 東京都の商品等安全対策協議会では子どもに対するボタン電池などの安全対策に力を入れているが、都が行った生の鶏肉にリチウム電池を接触させる実験では、アルカリ性の化学反応により鶏肉の表面が溶け始め、20分後に接触部分が溶かされて電池型の窪みができるまで浸食されたという。都では製造業者が加盟する電池工業会にも注意喚起の協力を呼びかけ、電池工業会も積極的に電池誤飲事故防止に取り組んできた。

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国民生活センターによる、電池がアルカリ性の液体を作りタンパク質を溶かす作用があるという実験。生理食塩水に24時間漬けた鶏肉の上に、マイナス極を下にしてボタン電池を置き、25℃の常温で20分経過した後、肉の損傷を調べた。アルカリ電池に比べてリチウム電池のほうが損傷の度合いが大きいことがわかる。Via:国民生活センター

 2017年12月には、東京慈恵会医科大学と電池工業会が日本小児外科学会(※4)などを通じて全国202カ所の医療機関から情報を集め、初めての全国調査が行われた。その結果、2011〜2015年の乳幼児のボタン電池誤飲で小児外科や小児救急を受診した事例は939件あったという。

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電池工業会では製造業者に対し、誤飲を防止するために乳幼児が容易に電池を取り出せないようなパッケージの取り決めを示し(※5)、夏休みの手作り電池工作教室などを開催する際に誤飲予防の啓発キャンペーンを行っている。電池工業会が作成した誤飲防止パッケージの案内パンフレット。Via:一般社団法人電池工業会

 乳幼児のボタン電池の誤飲では、保護者はまず予防のために乳幼児の目に着かず手の届かない場所に管理保管すべきだ。使用済みの電池も放置せず、乳幼児が誤飲しないようにすることも必要だろう。

 電卓や玩具、LEDライト、リモコンなどボタン電池が入っている機器は、乳幼児が落として電池蓋が開き、電池が飛び出るなどすることもある。そうした機器は電池蓋をガムテープなどで補強しておくほうがいい。

1歳以上ならハチミツで応急措置

 もし仮に乳幼児が電池を飲み込んだ可能性がある場合、飲み込んだかどうかわからなくても早急に医療機関へ連れて行って診察してもらうべきだ。本当にボタン電池を誤飲してしまっていたら早急な措置が必要だが、医療機関に運ぶまでに何かしておくことはないだろうか。

 そうした場合の応急措置について、米国ペンシルベニア州にあるフィラデルフィア小児病院の医師の研究グループが、実験動物のブタを使った研究により、ハチミツを飲ませることを推奨する論文を発表した(※6)。乳幼児がボタン電池を誤飲した際、一般家庭によくあるような飲み物や薬品のどれがいいか比較したという。

 研究グループは、アップルジュース、オレンジジュース、ゲータレードなど清涼飲料水、ハチミツ、メープルシロップ、Carafate(胃粘膜を守る成分が入った米国で販売されている胃腸薬の製品名でスクラルファート:Sucralfateが有効成分)で実験した。

 すると、Carafateも効果が高いことがわかったが、この薬を常備している家庭が少ないこと、乳幼児が飲みやすいことを考えれば、粘性も高く弱酸性のハチミツがボタン電池によるアルカリ性を中和する作用があり、重度の化学やけどや壊死などの合併症を防ぐために最も効果があると結論づけた。

 もちろん、ハチミツにアレルギーがあったり、1歳未満の乳幼児にハチミツを食べさせるのは乳児ボツリヌス症の危険性があるために注意が必要だ(※1)。だが、1歳以上になれば、ハチミツはそれほど高リスクの食品ではない。研究グループは、1歳以上の乳児がボタン電池の誤飲事故を起こした場合、一刻を争うケースが多いため、何もしないよりずっといいという。

※1:ハチミツ:厚生労働省「ハチミツを与えるのは1歳を過ぎてから」(2018/06/12アクセス)と注意喚起している。厚生労働省によれば、まだ腸内環境が整っていない1歳未満の乳児がハチミツを食べるとボツリヌス菌が増えて毒素を出し、便秘、ほ乳力の低下などの症状を引き起こす乳児ボツリヌス症にかかる恐れがあるとする

※2:Toby Litovitz, et al., "Emerging Battery-Ingestion Hazard: Clinical Implications." the American Academy of Pediatrics, Vol.125, Issue6, 2010

※3:「乳幼児(特に1歳以下)のボタン電池の誤飲に注意!─重症化することを知らない保護者が6割も!!─」独立行政法人国民生活センター(2018/06/12アクセス)

※4:日本小児外科学会:「リチウム電池に関する警告」(2018/06/12アクセス)

※5:一般社団法人電池工業会:「コイン形リチウム一次電池の誤飲防止パッケージガイドライン」(2018/06/12アクセス)

※6:Rachel R. Anfang, et al., "pH‐neutralizing esophageal irrigations as a novel mitigation strategy for button battery injury." The Laryngoscope, DOI: 10.1002/lary.27312, 2018

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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