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なぜ喫煙者は「不健康な食事」が好きなのか

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(ペイレスイメージズ/アフロ)

 喫煙者は高エネルギー食でなければ満足できず、食物繊維などの少ない質の悪い食事をしがちだという研究調査が米国で出された。喫煙者は嗅覚が鈍くなり、唾液の量も経ることがわかっているが、ただでさえ不健康な生活習慣をより一層悪くしている可能性がある。

タバコによる嗅覚障害

 タバコの煙が健康に悪影響を与えることはよく知られているが、味覚や嗅覚などのセンサーも鈍くする。最近では喫煙による難聴のリスクも指摘されるようになった(※1)。

 喫煙者と健常者(タバコを吸わない人)を比較した感覚認知に対する研究はわりに古く戦前からあり、味覚では喫煙者は特に苦味を感じにくくなっていることがわかっていた(※2)。これらの多くは苦味成分に関する研究で、苦味の感覚を検知するフェニルチオカルバミド(Phenylthiocarbamide、PTC)を使ったものだ。

 PTCなどを使って味覚だけを取り出すと喫煙者と健常者との間に大きな違いはないが、食事の楽しみは味覚と嗅覚などとが合体した感覚が必要で、喫煙者の嗅覚を調査した研究によると彼らの嗅覚機能は大きく損なわれていることがわかっている(※3)。喫煙料理人の作る料理が信用できない理由にもなるだろう。

 喫煙者はドライマウス(口腔乾燥症)の傾向があり、健常者の2倍以上のリスクという結果もある(※4)。唾液の分泌が少なくなることで、消化吸収にも悪い影響が出たり、虫歯や歯周病にかかりやすくなるのだ。

 禁煙後に体重増があるというのはよく耳にするが、これはタバコによる嗅覚異常やドライマウスなどの影響が少なくなることで食事が美味しく感じられ、禁煙前よりもついつい食べ過ぎてしまうことによる。そのため、禁煙後の体重コントロールは重要だが、喫煙によるリスクよりも充実した食生活のほうが利益が大きいのは明らかだ。

 だが、ニコチンの薬理作用のため、長期的にみると喫煙者はメタボになるというリスクのあることはわかっている(※5)。吸っても止めても体重増の危険性があるのだから、禁煙したほうがいいのは当然だろう。

喫煙者のエネルギー密度の高い食生活

 そんな喫煙者の食生活だが、新たに喫煙者の食事の質が悪いことがわかった。これは英国のオープンアクセス公衆衛生雑誌『BMC Public Health』に掲載された論文(※6)で、米国で5293人を対象にしたデータ比較により喫煙者の食生活を明らかにしたものだ。

 バランスの取れた適度な量の食事は、健康と寿命にとって重要な生活習慣というのは言うまでもない。炭水化物も脂質も量の加減をせずに食べると糖尿病や心血管疾患などの病気になる危険性が増す。もちろん、炭水化物や脂質、タンパク質を含む、繊維質の多い緑黄色野菜や抗酸化作用のある食べ物、必須栄養素などをしっかり摂取できるバランスの取れた食生活が望ましい。

 1日に食べるカロリーやエネルギー(熱量)の差は重要だ。収支の差が大き過ぎ、入ってくるカロリーやエネルギーが溜まっていくと病気のリスクが格段に上がる。肥満や生活習慣病の予防のため、エネルギー密度(energy density、ED、kcal/g)の低い食事を摂り、適度な運動をするように注意される人も多いだろう。

 この論文の研究者は、喫煙者の食事はエネルギー密度の高いものになりがちで、高カロリーだが少ない量の食べ物を摂る傾向にあるとし、エネルギー密度と喫煙の度合いの関係を調べた。その結果、エネルギー密度でいえば、タバコを吸ったことのない健常者の食事は1.79kcal/g、時々吸う喫煙者は1.89kcal/g、毎日吸う喫煙者は2.02kcal/gだったという。

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年齢や性別、人種、教育、社会経済的な要因、BMI、飲み物、運動などの要素を調整した後、4段階の喫煙度合いとエネルギー密度(kcal/g)による違い。喫煙者がエネルギー密度の高い食生活をしていることがわかる。Via:Ross Maclean, et al., "More to gain: dietary energy density is related to smoking status in US adults." BMC Public Health, 2018

 人間の食べる食べ物の評価は、エネルギーの含有量ではなく総重量で決めるほうがいいということで、最近ではこのエネルギー密度の概念が広まってきている。この尺度は体重調整に影響を与え、野菜や果物などは相対的にエネルギー密度が低いため、この尺度が低ければ健康的な食生活をしていることが示唆される。逆に言えば、エネルギー密度の高い食事は、野菜や果物が少ないことにつながり、食物繊維やビタミン不足になりがちになる。

 このように喫煙の度合いを4段階に分けてエネルギー密度を評価してみたところ、喫煙の量によって段階的に低くなっていくことがわかった。そのため研究者は、喫煙の量を減らしてもエネルギー密度の高い食生活になる可能性があると警告している。もっとも、禁煙後の体重増を考えれば、タバコを止めることでエネルギー密度の低い食生活に移行できるため、禁煙志望者の危惧を排除できるとも指摘する。

 この研究は米国の成人が対象であり、日本人にはそのまま当てはまらないかもしれない。だが、タバコを吸う人は健常者より自分の健康に気をつけない傾向があり、喫煙者は精神疾患に罹っていたり、社会経済的にも恵まれない人にも多く、食生活や生活習慣が乱れがちなのは事実だろう。

 タバコにより嗅覚が減退し、唾液の量も減り、刺激的で高カロリー高エネルギーの食事でなければ満足できなくなっている可能性もある。禁煙すればエネルギー密度の高い食事から抜け出すことができるかもしれない。喫煙者はダブルリスクから早めに離脱するべきだ。

※1:Huanhuan Hu, et al., "Smoking, Smoking Cessation, and the Risk of Hearing Loss: Japan Epidemiology Collaboration on Occupational Health Study." Nicotine & Tobacco Research, doi.org/10.1093/ntr/nty026, 2018

※2:L H. Krut, et al., "Taste Perception in Smokers and Non-Smokers." BMJ, Vol.384, 1961

※3-1:Richard E. Frye, et al., "Dose-Related Effects of Cigarette Smoking on Olfactory Function." JAMA, Vol.263(9), 1233-1236, 1990

※3-2:M M. Vennemann, et al., "The association between smoking and smell and taste impairment in the general population." Journal of Neurology, Vol.255, Issue8, 1121-1126, 2008

※4:Maryam Rad, et al., "Effect of Long-term Smoking on Whole-mouth Salivary Flow Rate and Oral Health." Dental Research Dental Clinics Dental Prospects, Vol.4(4), 110-114, 2010

※5:J Auderain-McGovern, et al., "Cigarette Smoking, Nicotine, and Body Weight." Clinical Pharmacology & Therapeutics, Vol.91(1), 164-168, 2011

※6:Ross Maclean, et al., "More to gain: dietary energy density is related to smoking status in US adults." BMC Public Health, DOI: 10.1186/s12889-018-5248-5, 2018

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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