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「アイコス」に新たな有害情報が

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
コンビニでも手軽に入手できるようになった加熱式タバコ:写真:撮影筆者

 依然として健康への悪影響の多寡がわからない加熱式タバコ(加熱式電子たばこ、以下、加熱式タバコ)だが、国内シェアの90%以上を掌握しているとされるフィリップ・モリス・インターナショナルのアイコス(iQOS)の有害性にまた新たな論文が出された。

加熱式タバコの有害性は

 そもそも加熱式タバコを含む新型のタバコ製品は、従来の紙巻きタバコに換わり、有害性の低減をキャッチコピーにして販売されてきた。アイコスにせよ、ブリティッシュ・アメリカン・タバコのグローにせよ、JT(日本たばこ産業)のプルームテックにせよ、30年前からある技術的には陳腐(※1)な製品群だが、健康志向の高まりと受動喫煙防止の流れなどによりリニューアルした新規性で売上げを伸ばしている。

 加熱式タバコについては有害性についての調査研究が多くなされていない。現在の情報のほとんどは、タバコ会社からの一方的なものばかりだ。

 そのため、米国では加熱式タバコの販売認可がまだ下りていない。2017年頃から業者以外の研究者による論文もチラホラ出され、2017年末には英国の食品基準庁が「加熱式タバコ(Novel Heat not Burn Tobacco)には健康へのリスクがある」という声明を発表した。

 大気汚染の規準となる微小粒子物質、いわゆるPM2.5も加熱式タバコの呼気から大量に放出されており(※2)、ニコチンの中毒作用を強化して毒性を持つ発がん性物質のアセトアルデヒド、毒性を持ち、アレルギー源の一つで発がん性が強く疑われているホルムアルデヒド、日本では劇物指定となっているアクリロニトリル、発がん性が疑われるN'-ニトロソノルニコチン(NNN)、強い発がん性のある4-(メチルニトロソアミノ)-1-(3-ピリジル)-1-ブタノン(NNK)などが出ていることがわかっている(※3)。

 これらの一部は、ニコチンが体内で代謝する過程でも生じるが、加熱式タバコからは紙巻きタバコに匹敵するニコチンが吸引される。新たな「ニコチン供給システム」といわれるゆえんだが、ニコチン自体、日本の法律では毒物とされている。

 ニコチンには血管の収縮作用があり、血圧を上昇させたり脈拍を増加させるから、ニコチン摂取により心血管疾患など脳梗塞や大動脈瘤といった疾患リスクが高まる。前述したように、ニコチン自体は短時間で代謝されるが、その副産物として発がん物質が生じてもいるのだ。

熱を下げる部分から有害物質が

 そうした加熱式タバコだが、アイコスにまた新たな疑惑が出てきた。米国のカリフォルニア大学リバーサイド校の研究者が、英国の医学雑誌『BMJ』系「Tobacco Control」オンライン版に出した論文(※4)で、高熱になったフィルター部分から有害物質が出ているのではないか、という内容だ。

 アイコスは掃除が面倒という声もユーザーから聞こえてくるが、ヒートスティックと呼ばれるタバコ部分の燻りカスが差し込み口に溜まり、それが不完全な温度管理につながっている可能性もあるという。タバコ会社は定期的な掃除を推奨しているが、想定していない使用法により予想できない物質が発生しているかもしれない。

 ヒートスティックを分解してみるとわかるが、フィルターの間に緩衝部分が入っている。アイコスの金属製加熱ブレードの温度は350度℃にまで上がるため、そのままでは熱くて吸えない。フィルターの緩衝部分は、加熱されたタバコ葉(厳密には圧縮されたタバコ板)の温度を下げるためのものと考えられている。

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アイコス用のヒートスティックを分解したもの(上)と通常の紙巻きタバコ(マルボロ)をほぐしたもの(下)。アイコスのタバコ葉は板状に固められ、フィルターとの間に緩衝部分があることがわかる。写真:撮影筆者

 この論文では、掃除の不備のために温度を制御できず、高温(90℃)になった加熱ブレードの熱が緩衝材のポリマーを溶かし、グリコロニトリル(glycolonitrile、論文ではformaldehyde cyanohydrin)を発生させていたという。グリコロニトリルは、発がん性が疑われているホルムアルデヒドと毒性の強いシアン化水素に分解するが、グリコロニトリル自体、日本では劇物に指定されている極めて有害な物質だ。

 また研究者は、アイコスの電池切れを恐れたユーザーが急いで吸引するため、有害物質を多く摂取しているのではないか、とも指摘する。フィリップ・モリス・インターナショナルは、そんな物質が出るはずはないと否定しているようだが、この緩衝部分だけを取り出して火を付けてみると化学製品のような臭いを発しながら勢いよく燃えた。

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フィルターの緩衝部分だけを取り出し、周囲の紙を外して火を付けると、固形燃料のようにしばらく燃え続けた。植物由来の材料といっているがそうだろうか。写真:撮影筆者

 加熱式タバコの販売市場は、プルームテックのJTがアイコスに宣戦布告し、今年中にシェアに変化が起きそうだ。国内に販売網を持つ「半官半民」のJTは、やはり本気を出すとシェアを大きく伸ばすだろう。

 プルームテックの機構はアイコスと違い、あまり高温にせず、蒸気をタバコ葉に通過させて吸い込む。ニコチン供給システムとしては同じなので、喫煙者は自分が満足するまでニコチンを吸いたくなるだろう。加熱式タバコについては、従来の紙巻きタバコの吸い方とは違った評価をしなければならないのではないだろうか。

※1:「加熱式タバコは手を換えた『ニコチン伝送システム』だ」Yahoo!ニュース個人:2017/11/22

※2:「『PM2.5』加熱式タバコからも出ていた」Yahoo!ニュース個人:2017/12/30

※3-1:William E Stephens, "Comparing the cancer potencies of emissions from vapourised nicotine products including e-cigarettes with those of tobacco smoke." BMJ, Tobacco Control, Vol.27, Issue1, 2018

※3-2:「アイコスから『タール』が出ているのは本当か」Yahoo!ニュース個人:2018/01/29

※4:Barbara Davis, et al., "iQOS: evidence of pyrolysis and release of a toxicant from plastic." Tobacco Control, doi.org/10.1136/tobaccocontrol-2017-054104, 2018

※:2018/03/17:20:58:※3-2を追加した。

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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