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アイコスから「タール」が出ているのは本当か

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
写真:筆者撮影

 相変わらず人気の加熱式タバコ(加熱式電子たばこ)「アイコス(IQOS)」(フィリップ・モリス・インターナショナル)だが、後発のグロー(glo、ブリティッシュ・アメリカン・タバコ)やプルーム・テック(Ploom TECH、日本たばこ産業)が急追しているとはいえ、依然として8割を越える高いシェアを誇っているようだ。日本をはじめ、イタリア、スイス、韓国などで販売されているアイコスだが、まだ米国では食品医薬品局(FDA)の認可が下りず、世界中で販売されているわけではない。

嘘をつき続けてきたタバコ会社

 米国では1980年代頃から、市民団体や行政がタバコ産業を訴える裁判が起こされてきた。研究者がタバコの健康に対する害を続々と発表したのにも関わらず、タバコ会社はそれらを全て否定してきたからだ。裁判の過程でタバコ会社が持っている科学的なデータの開陳が命じられた結果、発がん性やニコチンの中毒性などについてタバコ会社は長い間ずっと嘘をついてきたことがわかった。

 米国では市民も当局もタバコ会社を「信用していない」という実態があり、アイコスのような新型のニコチン供給システムについて医学的科学的なデータが出そろうまで販売認可を伸ばしてきたというわけだ。そのため、FDAは大学などの研究者らに対し、アイコスのデータ分析を依頼している。

 昨年2017年11月にはそうした研究グループの一つである米国カリフォルニア大学サンフランシスコ校医学部の研究者らが、アイコスから出ているエアロゾルに実験動物のラットをさらしたところ、血管の機能が半分以上に落ちるといった結果を米国心臓学会誌『Circulation』に報告した(※1)。血管は血流の増加に対応して拡張するが、そうした機能が減少したのだという。また、ニコチン摂取量は普通の紙巻きタバコより数倍多かったようだ。

 アイコスについてはこれまでフィリップ・モリス・インターナショナル側からのデータしか出ていなかったが、自社に都合のいい部分しか出さず、評価したバイオマーカーも一部しかない、といった不備が指摘されている(※2)。この論考によれば、アイコスを吸うことによる健康への潜在的なリスクはこれまでの紙巻きタバコと大きな差はない。

 タバコ会社のこうした態度は紙巻きタバコで訴訟に追い込まれた頃となんら変わっていないが、アイコスから出る物質についての分析研究は筆者が紹介したように次第に出てきている。だが、これらの多くはフィリップ・モリス・インターナショナルの研究者によるものだった。

アイコスからタールが

 そんな中、アイコスに関する分析研究で最新のものが出たので紹介する。これは、英国のオックスフォード大学出版局の医学雑誌『Nicotine & Tobacco Research』オンライン版に中国の検査機関(China National Tobacco Quality Supervision and Test Center)の研究者が出した論文(※3)で、国家自然科学基金委員会(National Natural Science Foudation of China)の資金支援のもと、中国科学院(Chinese Academy of Sciences)などが後援しているのでタバコ会社との利益相反はないようだ。

 この分析研究では、アイコス2.2(現行最新2.4Plus)とフィルター付き紙巻きタバコ(米国ケンタッキー大学提供)からそれぞれ出る全てのPM(total particulate matter、TPM)物質を調べた。TPMの内訳は、水蒸気、タール、ニコチン、プロピレングリコール、グリセリン、一酸化炭素、揮発性の有機化合物、芳香族アミン、シアン化水素、アンモニア、N-ニトロソアミン、フェノール、多環芳香族炭化水素物質。調査基準はガスクロマトグラフィー質量分析法などにより、ISO規格とカナダ保健省のHCIを使った(※4)。

 機械式の吸引器を使用し、ISO検査では1パフ(一服)60秒間ごとに35ミリリットル、HCI検査では30秒間ごとに55ミリリットルを吸い込んだ。1パフの持続時間は2秒で、アイコス2.2のパフの回数はISO検査6回、HCI検査12回に設定している。

 アイコス2.2と紙巻きタバコを比較した分析結果は、一酸化炭素が90%以上減少し、ニコチン量はわずかに少なかった。

 一方、タールについては分析規格によって評価が分かれた(ISO:アイコス7.47ミリグラム、紙巻きタバコ7.98ミリグラム、HCI:アイコス16.6ミリグラム、紙巻きタバコ25.5ミリグラム)。アイコスから出ていたタール量は少なかった(ISO6.39%、HCI34.9%減少)が、いずれにせよタールが出ていたのは確かなようだ。

 ちなみに、紙巻きタバコのマールボロ・ゴールド(Marlboro gold)のタール量は6ミリグラム(ニコチン0.5ミリグラム)だ。HCI検査結果が正しければ、アイコスからは紙巻きタバコより多くタールが出ていることになる。

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アイコス2.2と紙巻きタバコのタール量の比較(ISOとHCI)。アイコスからはタールがほとんど出ない、というのはこの分析研究による限り嘘のようだ。Xiangyu Li, et al., "Chemical Analysis and Simulated Pyrolysis of Tobacco Heating System 2.2 Compared to Conventional Cigarettes." Oxford Academic, Nicotine & Tobacco Research, 2018よりデータを引用してグラフを筆者が作成した。

 また、アンモニア(ISO:アイコス2.41マイクログラム、紙巻きタバコ11.1マイクログラム、HCI:アイコス10.5マイクログラム、紙巻きタバコ28.7マイクログラム)、発がん性のあるN-ニトロソアミン(ISO:アイコス2.6ナノグラム、紙巻きタバコ9.6マイクログラム、HCI:アイコス5.6ナノグラム、紙巻きタバコ24ナノグラム)、カルボニル(ISO:アイコス191.27マイクログラム、紙巻きタバコ948.8マイクログラム、HCI:アイコス308.24マイクログラム、紙巻きタバコ2899.73マイクログラム)、ホルムアルデヒド(ISO:アイコス8.84マイクログラム、紙巻きタバコ20マイクログラム、HCI:アイコス21.87マイクログラム、紙巻きタバコ68.1マイクログラム)なども出ていたことに注意したい。

 これら物質については、そのほとんどが水蒸気中に含まれている。アイコスから出る水蒸気中の有害物質(※5)は、上記のもの以外のほとんどが従来の研究どおり紙巻きタバコより90%ほど少ない結果になっている。

 だが、紙巻きタバコとほぼ同じくらいタールが出ていた(HCI検査)ことは衝撃的だ。

 フィリップ・モリス・インターナショナルは「タールはほとんどない」といっているが本当だろうか。ヒートスティックのパッケージにはニコチンもタールも成分表示がない(※6)。この分析結果が正しいとすれば、また「タバコ会社が嘘をついた」ことになる。

※1:Pooneh Nabavizadeh, et al., "Abstract 16035: Impairment of Endothelial Function by Inhalation of Heat-Not-Burn Tobacco Aerosol." Circulation, Vol.136, Issue Suppl1, 2017

※2:Stanton A. Glantz, "PMI’s Own Data on Biomarkers of Potential Harm in Americans Show that IQOS is Not Detectably Different from Conventional Cigs." Center for Tobacco Control Research and Education, November, 13, 2017

※3:Xiangyu Li, et al., "Chemical Analysis and Simulated Pyrolysis of Tobacco Heating System 2.2 Compared to Conventional Cigarettes." Oxford Academic, Nicotine & Tobacco Research, doi.org/10.1093/ntr/nty005, 08, January, 2018

※4:国際規格ISO(the International Organization for Standardization)3402とカナダ保健省の機械喫煙法(the Health Canada Intense、HCI法)、化学組成測定はISO4387、ISO10315、ISO8454

※5:米国FDAが定める有害物質(Harmful and Potentially Harmful Constituents、HPHCs)

※6:アイコスのホームページにあるQ&Aでは「IQOSはパイプ製品に分類されており、タール、ニコチン値の測定方法が確立されておらず、法令上の表示義務もないため、従来のたばこのように数値をご案内することができません。」としている。

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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