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初めて観察された「仲間を治療」するアリ

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(提供:アフロ)

 昆虫で初めて仲間を救護し、治療する様子が観察された。ドイツのユリウス・マクシミリアン大学ヴュルツブルクの研究者による論文(※1)で、英国の科学雑誌「Proceedings of the Royal Society B」に掲載されたものだ。

負傷者を救護するアリ

 論文によれば、サハラ砂漠地帯以外のアフリカに広く分布する大型のアリ、メガポネラ・アナリス(megaponera analis、以下、メガポネラアリ)が、負傷した仲間を治療することがわかったという。この行動は西アフリカで最大の自然生物保護区であるコートジボワールのコモエ国立公園で観察されたが、論文を発表した研究者はすでに2017年にメガポネラアリが負傷した仲間を巣へ運び込むことを報告(※2)している。

 今回、救助するだけでなく、特殊な分泌液を吐き出して怪我を治すような行動をとることが観察されたというわけだが、メガポネラアリはシロアリを襲撃して捕食することで知られているアリだ。

 メガポネラアリは身体の大きさによって攻撃の役割を分担し、組織的にシロアリの巣を襲撃するが、最初は1匹の偵察アリが獲物となる塚状になったシロアリの巣を見つけ出す。その後、自分のコロニー(巣)から全てがメスの200〜500匹の集団を呼び寄せてシロアリの巣を襲い、大型のメガポネラアリが防御を突破し、塚の土を掘り開ける。

 小型のメガポネラアリがその穴から中へ飛び込み、シロアリを虐殺し、あるいは引っ張り出して大型の仲間へ渡す。こうした攻撃が1日に2〜4回ほど行われるという。

 だが、思わぬ反撃に遭うことも多い。シロアリにも兵隊アリなど強い顎の防御力を持つものがいたり、多数でまとわりつき、動きを封じてメガポネラアリの足を切断するなどして必死に抵抗する。こうした犠牲になるのはほとんどが小型のアリだ。

 捕食・被捕食の関係では、被捕食者の抵抗が強い場合、捕食者は攻撃コストをなるべく低くしようとする。研究者が発表した2017年の論文では、仲間の死亡率を下げるため、攻撃終了後に傷ついたアリを巣へ戻すことでコストを低くすることが観察された。

 シロアリの反撃に遭い、足がもげたりシロアリにまとわりつかれ、何の援助もなかったメガポネラアリの死亡率は32%で、長期の怪我を負ったアリも21%いたという。研究者が、試しに怪我をしたアリを仲間から引き離して単独にして巣まで戻らせたところ、途中でクモなどに襲われて死ぬ個体が多かった。

 だが、下顎腺から救助信号としてジメチルジスルフィド(Dimethyl disulfide)とジメチルトリスルフィド(dimethyl trisulfide)という2つのフェロモン物質を出した負傷アリは仲間によって巣へ運ばれ、まとわりついたシロアリを取り除かれる。こうして運ばれるアリは、少なくとも21%(1日9〜15匹)いて、その95%は巣からすぐに攻撃に戻るようだ。

 研究者によれば、似たようなフェロモン物質を信号として出すアフリカのアリ(Paltothyreus tarsatus)もいるが、この種のアリはアリジゴクに捕まった際に仲間へ発するという。だが、この信号を受け取った仲間が助けに行くわけではない。

コロニーを維持するための戦略か

 メガポネラアリが救助信号として2つのフェロモン物質を発するようになったというわけだが、これは負傷した仲間を早く戦線へ復帰させるために発達した機能なのではないかと研究者は考えている。なぜなら、メガポネラアリの平均的な出生数は1日13匹かそこらで、ある程度の数を持ったコロニー集団でなければ、巣を維持することができないからだ。これは何万匹もの集団でコロニーを形成するほかの種では考えられない。

 研究者の観察は続けられ、16の異なったメガポネラアリのコロニー(うち14コロニーは900〜2300匹)から208回のシロアリ攻撃を調べたところ、傷の優先順位によって負傷した仲間を治療する行動がみられたという。人間の場合、優先度別に治療することをトリアージ(triage)というが、メガポネラアリも同じことをしていたというわけだ。

 だが、怪我をしてないアリは、手をこまねいているわけではない。6本のうち5本の足がもげているような重症のアリは、自ら仲間の治療を拒否するような行動に出て死んでしまうのだ。重症の仲間に対し、軽傷のものよりもより注意深く検査する様子も観察された。

 ケアがそれほど必要としない軽傷のアリはしばらく放置され、彼らも運ばれやすいように態勢を整えて救助を待つ。また、人為的に合成した救助信号のフェロモン物質(ジメチルジスルフィドとジメチルトリスルフィド)を傷ついたアリに振りかけると、巣へ運ぼうとする行動がみられたという。軽傷のアリを運ぶ際の行動はゆっくりとしたもので、これはおそらく他の負傷したアリを探しながら巣へ戻るためか、もしくはエネルギーをセーブするためではないかと考えられる。

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メガポネラアリはシロアリとの戦いで手足が噛まれた仲間の傷を治療する。写真:Erik T. Frank

 治療するアリは負傷アリの周囲に群がり、口から唾液状の物質を出し、傷ついた部位を清潔にしてケアする。研究者は、唾液状の物質には抗菌作用があるかもしれないという。こうした治療を受けず不潔な場所に放置されたアリの80%が24時間以内に死んだが、仲間のアリによって清潔な巣へ運ばれてケアされたアリの死亡率は10%だった。

 研究者は、メガポネラアリの救助や治療は人間の行動とそっくりだという。アリも人間も相互に助け合うことで集団を形成し、ある程度の数を確保することで社会全体の機能性を維持し続けることができるというわけだ。

 アリの行動は単にフェロモンという化学物質への反応だろう。フェロモンが出されるとこうした行動が自動的に表れる。愛情や同情、共感を感じる際、脳内で化学物質が出されているのは人間や哺乳類などでも同じだが、アリとの違いがどこにあるのか興味深い。

※1:Erik Thomas Frank, et al., "Wound treatment and selective help in a termite-hunting ant." Proceedings of the Royal Society B, Vol.285, Issue1872, DOI: 10.1098/rspb.2017.2457, 2018

※2:Erik Thomas Frank, et al., "Saving the injured: Rescue behavior in the termite-hunting ant Megaponera analis." ScienceAdvances, Vol.3, No.4, e1602187, 2017

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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