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なぜ「知ったか」は恥か〜サルにもあった「無知の知」

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:アフロ)

 センター試験が終わって、受験生は少しはホッとしているのだろうか。入学試験は知識の多寡だけではなく、その知識をどう活用するか、知らないことも推理して解答に結びつけられるかという能力などを調べる。

サルにもあった「無知の知」

 ギリシャの哲学者にして皮肉屋のソクラテスは、無知を恥じない人々と比べて自分は自分が無知だということを知っているので、無知を自覚していない人よりも優れている、と言った。いわゆる「無知の知」だが、一般的に知ったかぶりは「知ったか」として蔑まれる。

 知らないことを知らないままにしておくと、やがて恥ずかしくて誰にも聞けなくなるという体験は誰にでもあるだろう。「自分は無知だ」という前提で謙虚に自然界をとらえようとする態度こそ、科学や技術を進歩させるのだともいえる。

 この無知の知は、我々ヒトを含めた霊長類に広く備わった認知能力なのではないか、という研究論文(※1)が発表された。

 順天堂大学などの研究者が霊長類のマカクサル(Macaca fuscata、ニホンザル)を使って実験し、fMRI(機能的磁気共鳴画像法)で脳内の活性を調べた結果、未知の図形に対して知らないと確信を持ったとき、大脳の最も前方にある前頭極(ブロードマン脳地図BAにおける第10エリア、Frontal pole)が活動を強めることがわかったという。

 これまでマカクサルを使った実験では、ヒトのように無知を自覚し、自分の記憶にないものを「ない」と判断して情報を処理する能力はマカクサルにはないか、あるいは限定的とされてきた(※2)。だが最近になって、霊長類でも前頭極に認知機能が発達し、それがヒトへ進化的に伝えられたのではないかという研究(※3)が出てくるようになる。

 このように、自分自身の考えや考え方に対し、さらに思考を加えて評価する脳の仕組みをメタ認知処理という。このメタ認知には、脳の前頭前野が関係していることはわかっていた(※4)。

 今回の論文の筆者らも以前の研究で同様にマカクサルを使い、前頭極以外の前頭葉の第6エリア(前運動野)や第9エリア(前頭前野背外側部)について調べ、これらの領域が記憶そのものの処理には関与せず、既知の出来事の記憶に対する確信度の判断に貢献することを発見した(※5)という。

 だが、これらの領域は、今回のテーマである未知の出来事に関して確信を持つような判断とは直接の関係はなかった。そこで、霊長類にもヒトと同じように無知を自覚するというメタ認知があるかどうか、改めてマカクサルで実験して調べたというわけだ。

脳の最前方部分で行われるメタ認知とは

 実験は以下の通り行われたという。まず、ある図形を記憶しているかどうかテストする。そして自分の記憶から回答したことに自信があるかどうか、報酬反応を使って調べてみた。すると、報酬を最大化するような回答を選ぶようになったという。つまり、マカクサルもヒトと同じように、自分の記憶の確信度を主観的に評価することができるというわけだ。

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マカクサルに4枚の図形を見せて記憶させ、記憶した図形のリストをもとに、記憶をよびもどすことができるかどうか、というテストを行う。その後、テストの回答が正しいか間違っているかについての確信度を調べた。正解か不正解か自信があると回答して合っていた場合、高い報酬がもらえ、間違っていると報酬はまったくもらえない(高リスク選択)。一方、自信がない場合は合っていても合っていなくても、少しだが報酬はもらえる(低リスク選択)。マカクサルは正解の時のほうが不正解のときより高リスクを多く選び、確信度の判断を記憶に対する自信というメタ認知に基づいて行っていることが確かめられたという。Via:順天堂大学のプレスリリースより。

 さらに、こうしたメタ認知をする際の脳の反応をfMRIを使って調べてみたところ、確信度のある場合に前頭極(第10エリア)の活動が強まったという。また、脳の活動を弱める脳内刺激物質を前頭極に加えると、すでに知っている図形に対する記憶とは無関係に、マカクサルは未知の記憶に対する報酬最大化行動をとることができなくなった。

 これは、自分が知らない、無知ということを主観的に評価し、判断や行動に反映させるメタ認知が、マカクサルという霊長類の脳の前頭極でも行われていることを示した初めての研究だ。研究者は、記憶に関係する海馬と同期しながら前頭極が活動を強めていることもわかったという。

 不可知論や実証主義の立場から言えば、経験していないことをあたかも知っているように振る舞うのは恥ずかしい。筆者など、タバコ問題については少しは自分で研究もし、多少は詳しくもあるが、そのほかのジャンルは素人だ。そんな人間が「したり顔」をしながら、医療や古生物学、海洋学などの記事を書いているわけで、冷や汗をかくことも少なくない。

 ただ、自分の興味のある対象などについて自分なりに調べたり専門家に話を聞いたりし、その内容をかみ砕いて読者に伝えたいと考えている。知ったかぶりで間違いを伝えてしまえば元も子もないが、知らないことを恐れず知らないことを自覚し、より広く多く知識を深めつつ共有していけばいい。

 サル(霊長類)にも無知の知はある。人間は何でもすべてを知っているわけではないのだ。

※1:Kentaro Miyamoto, et al., "Reversible Silencing of the Frontopolar Cortex Selectively Impairs Metacognitive Judgment on Non-experience in Primates." Cell Neuron, dx.doi.org/10.1016/j.neuron.2017.12.040, 2018

※2-1:Wendy E. Shields, et al., "Confidence Judgments by Humans and Rhesus Monkeys." The Journal of General Psychology, Vol.13(2), 165-186, 2005

※2-2:Satoshi Tsujimoto, et al., "Evaluating self-generated decisions in frontal pole cortex of monkeys." nature Neuroscience, Vol.13(1), 120-126, 2010

※3:Erica A. Boschin, et al., "Essential functions of primate frontopolar cortex in cognition." PNAS, Vol.112(9), E1020-E1027, 2015

※4:Stephen M. Fleming, et al., "The neural basis of metacognitive ability." Philosophical Transactions, of the Royal Society B, Vol367, 1338-1349, 2012

※5:Kentaro Miyamoto, et al., "Causal neural network of metamemory for retrospection in primates." Science, Vol.355, Issue6321, 188-193, 2017

※2018/01/28:0:57:論文筆者からの指摘で「Macaca mulatta」→「macaca fuscata、ニホンザル」に換えた。

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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