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受動喫煙に「足を切断するリスク」

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(ペイレスイメージズ/アフロ)

 受動喫煙によって引き起こされる各種疾患の関係については、もう毎日のように新しい論文が出ている。今日はそのうちの一つを紹介したい。

末梢動脈疾患という恐ろしい病気

 糖尿病や高血圧などの生活習慣病と関係が深く、喫煙によってリスクが上昇することがわかっている「末梢動脈疾患(Peripheral Artery Disease、PAD、または閉塞性動脈硬化症:Arteriosclerosis Obliterans、ASO)」という病気がある。

 日本血管外科学会のHPによれば「足の動脈が狭くなったり詰まったりして血液の流れが悪くなり、足にさまざまな症状を引き起こす病気」とあり、「多くは動脈硬化によって、腹部大動脈から下肢動脈が詰ま」ることで引き起こされる。また、末梢動脈について「末梢閉塞性動脈疾患の治療ガイドライン」(※1)では「冠動脈以外の末梢動脈である大動脈、四肢動脈、頸動脈、腹部内臓動脈、腎動脈」とあり、足以外の動脈も指す。

 これら動脈の内側が加齢や生活習慣病、喫煙などが原因で、硬くもろくなり(動脈硬化)、コレステロールの脂質が沈着して血管が狭くなれば血液の流れが悪くなる。すると、動脈が運ぶ血液から酸素や栄養をもらっていた筋肉や臓器、皮膚などに血行不良が起き、傷つきやすくなる。これが末梢動脈疾患という病気だが、歩行後にお尻や太もも、ふくらはぎなどにしびれや痛みが出たり、ちょっとした傷口が腫瘍化したり、組織が壊死したりする。

 糖尿病の患者や人工透析患者が末梢動脈疾患によって足を切断せざるを得ないように重症化する場合も多い。こうした患者の場合、切断後の5年生存率が42%といったショッキングな数字もある。

 末梢動脈疾患の患者は、冠動脈疾患や脳卒中による死亡率も高いことが知られているが、血液を凝固させやすくし、一酸化窒素(NO)の機能を失わせるなどする喫煙との強い関係が示されている(※2)。喫煙の量に応じてリスクが高くなることがわかっており、ヘビースモーカーは非喫煙者の4倍も末梢動脈疾患にかかるリスクが高い(※3)。

受動喫煙と末梢動脈疾患には関係があった

 そんな末梢動脈疾患だが、先日、受動喫煙との関係を調べたシステマティックレビュー論文が『atherosclerosis』という医学雑誌に出た(※4)。検索キーワードから学術誌に掲載された151の論文を選び、その中から目的に合致しない論文やバイアスなどの影響がありそうな論文、偏見や矛盾を含んだ論文などを排除、最終的に12の論文(n=1209〜19748、コホート研究4、対象者を1回だけ観察する横断研究6、ランダム化比較試験2)に絞り込んで評価した。

 選んだ12の論文の対象者は共通で18歳以上、それぞれの論文の対象を合わせると男女ほぼ半々だった。受動喫煙については、アンケート形式の自己申告で、うち3つの研究ではコチニン(ニコチンの代謝物)を計っている。末梢動脈疾患の基準は、しばらく歩くとお尻や足にしびれや痛みを感じるかどうか(間欠性跛行)、足の部位ごとに血圧を計って血管のつまり具合を示す指標(ABI値)、血管の内側を調べる検査(FMD検査)、炎症反応などをみた。

 その結果、12の論文のうち、3つの論文で受動喫煙を受けることと末梢動脈疾患の診断が出ることに正の相関があり、6つの論文で受動喫煙と血管損傷との間に関係があることがわかった。残りの3つの論文では有意な差はみられなかった。また、関係に矛盾する部分がみられる論文もあった。

 末梢動脈疾患は高齢化により世界的に増加しつつある病気の一つだが、受動喫煙によって生活習慣病の患者ではなくてもかかってしまうリスクが上がることがこの論文でうかがえる。特に喫煙者でなくとも、糖尿病にかかっていたり人工透析をしていたりする患者が受動喫煙にさらされることはとても危険だ。場合によっては足を切断せざるを得なくなったり、そのせいで死亡リスクがあがったりするのだから。

受動喫煙被害のエビデンスとは

 ところで先日、あるネット記事を読んでいたら「受動喫煙の健康への害は科学的に証明されていない」という文言があった。おそらくJT(日本たばこ産業)あたりがクライアントの広告タイアップ記事だろうが、そうでなければまだこうした間違った知識がはびこっているのだろう。

 2020年の東京五輪や2019年のラグビーW杯に向け、政府・厚労省、東京都などが受動喫煙防止対策に乗り出し、法令整備を進めている背景には、受動喫煙の明かな健康被害があるからだ。このあたりについて、まだ疑問を抱いている方がいれば、国立がん研究センターとJTとの間の下記のやり取りを読んでいただきたい。

 国立がん研究センターは「受動喫煙による日本人の肺がんリスク約1.3倍」というリリースを2016年8月31日に出した。これに対し、JTは小泉光臣代表取締役社長名で「受動喫煙と肺がんに関わる国立がん研究センター発表に対するJTコメント」で反論。国立がん研究センターはJTコメントへの「見解」を2016年9月28日に発表する。

 最初に国立がん研究センター出したリリースの内容は、受動喫煙による肺がんリスクを「ほぼ確実」から「確実」へグレードアップ(ダウン)するものだ。JTのほうは、受動喫煙と肺がんの関係が確実になったと結論づけることは困難、とし、科学的に説得力のある形で結論付けられていない、と主張する。

 これに対する国立がん研究センターのコメントは、受動喫煙による肺がんリスクは、疫学研究のみならず、たばこ煙の成分の化学分析、および動物実験などの生物学的メカニズムの分析においても、科学的に明確に立証されているとした。また、説得力がない、というJTの指摘には、論文選択の恣意性を排除した「メタアナリシスの国際的なガイドラインであるPRISMAに従った」適正な手法だと主張している。

 このやり取りは肺がんと受動喫煙の因果関係に関するものだ。この内容を読者がどう判断するかはおまかせするが、冒頭で紹介した末梢動脈疾患と受動喫煙との関係のように、多種多様な病気と受動喫煙との関係が続々と明らかになってきている。

 場合によっては、タバコを吸う能動喫煙よりも健康への悪影響のある受動喫煙。この危険性から子どもを含めた非喫煙者を守らなければならないが、それは政治や行政の役割となっているのだ。

※1:2015年改訂版。合同研究班(日本循環器学会、日本インターベンショナルラジオロジー学会、日本形成外科学会、日本血管外科学会、日本血管内治療学会、日本血栓止血学会、日本心血管インターベンション治療学会、日本心臓血管外科学会、日本心臓病学会、日本糖尿病学会、日本動脈硬化学会、日本脈管学会、日本老年医学会)報告

※2:外田洋孝 、 廣岡茂樹 、 折田博之 、 若林一郎、「喫煙と下肢末梢動脈疾患に関する最近の知見」、日本衛生学雑誌、Vol.70、3号、211-219、2015

※3:L. Norgren, et al., "Inter-Society Consensus for the Management of Peripheral Arterial Disease (TASC II)." Journal of Vascular Surgery, Vol.45, Issue.1, 2007

※4:Natalie LY Ngu, Mark McEvoy, "Environmental tobacco smoke and peripheral arterial disease: A review." atherosclerosis, 10.1016/j.atherosclerosis.2017.09.024, 21, Sep, 2017

※4『atherosclerosis』は、欧州アテローム性動脈硬化症学会(The European Atherosclerosis Society、EAS)が出版しているアテローム性動脈硬化症の専門月刊誌。インパクトファクターは3.971。

※4:システマティックレビュー(Systematic review)とは、研究論文を網羅的に探索し、その中からバイアスや交絡が排除され、ランダム化比較試験を用いたものなど質の高い論文だけを選び出し、根拠に基づく医療(Evidence based medicine)のための情報として用い、目的の研究について評価する手法。複数の研究結果を統合し、解析を行うメタアナリシス(Meta-analysis、メタ解析)はその方法の一つ。

※2017/09/28:10:47:内容を変えず、文章全体の構成を前後で入れ替えた。

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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