Yahoo!ニュース

ISと戦う「戦士の心理」を考える

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
イラク北部でISと戦闘するクルド兵(写真:ロイター/アフロ)

 いわゆる「IS(イスラム国)」は中東ではすでに衰微し、イラク軍が次々にISの拠点を奪還しつつある。シリアでも、ISが首都と称してきたラッカ陥落も時間の問題とされている。

 だが、ISはフィリピンのミンダナオ島といったアジア方面へ落ち延び、各地に散らばりテロ行動を起こそうとしているようだ。ミャンマーからはイスラム系のロヒンギャ難民が急増中で、そこにISが浸透する可能性も高い。アジアへ軸足を移そうとするISの脅威は、日本にとっても対岸の火事ではない。

 そうした中、ISと戦う国や地域、集団、人々もいる。直接的には、ISと鋭く対峙しているクルド人たちだ。ISと戦う彼らの心理とは、いったいどんなものなのだろうか。

対IS戦士は「献身的な俳優」を演じる

 ISと戦う人々の「心理」状態について、興味深い論文が英国の科学誌『nature』に出た(※1)。この論文を書いたのは、米国の人類学者スコット・アトラン(Scott Atran、ミシガン大学)らだ。アトランは長年、政治や宗教、文化が葛藤する際、合理的な選択には限界がある、と主張してきた。

 彼らは2016年2月から3月にかけ、イラク北部の最前線でISと戦うクルド人兵ら(イラク領クリディスタンの軍事組織ペシュメルガの戦士、イラク陸軍内のクルド兵、スンニ派内でISに対抗する民兵)56人に直接インタビューし、また捕虜となったISの戦闘員も含めた現地調査をした。

 また、6000人以上を対象にしたインターネット調査などを組み合わせ、ISやISと戦う人々の心理を分析している。かつてアトランらは、アフリカのモロッコにおけるイスラム勢力の台頭と、その浸食に脅かされたスペインにおいて、大規模なオンライン調査を行った(※2)。6000人以上を対象にした今回の論文にはその成果も含ませている。

 人間がほかの人間と戦い、殺すという行為は、どんな心理状態や動機から行われるのだろうか、なぜそうした攻撃的で戦闘的な精神状態になってしまうのだろうか。祖国愛や同胞愛、家族愛、組織への忠誠心といった抽象的な紐帯からなのだろうか。自発的に戦闘的な集団に参加するという心理は、強制的な徴兵とどう違うのだろうか。こうした疑問から、アトランら研究者は分析をスタートさせたようだ

 クルド兵らのインタビューによって浮かび上がってきたのは、彼らが「献身的な俳優」を演じているのではないか、ということだ。クルド人とISとではイスラム教の宗派が違うが、いずれにせよ同じ神の神聖な価値を守るという動機から、彼らは危険で犠牲的な戦闘行為に喜んで参加する。クルド兵の動機は、基本的に物質的または金銭的な価値ではないようだ。

 そうした価値観を超越し、献身的に行動する。彼らに共通するのは、自分の人生や家族などを差し出す代わり、イスラムという神聖な価値に触れ、神に守られているために自らが属する戦闘集団が相手よりも強いのだ、というジハードの信念を得ることができる。クルド人兵は、イスラム教を背景にした「クルド」という文化やアイデンティティという神聖な価値を至上のものとし、自分の命や家族を犠牲にして戦っている、とアトランらは主張する。

グローバルな広がりと原始的動機

 ベトナム戦争のとき、祖国に反戦運動と厭戦気分が蔓延していたこともあり、米兵の戦闘意欲は低かった。その一方で米兵は、自分たちが戦っている北ベトナム兵やベトコンの献身的な態度に対して「何かを信じている」からだ、と感じてもいたようだ。

 今の時代はベトナム戦争の頃よりもインターネット環境が格段に広がり、世界的なプロパガンダが可能になっている。個々人の地縁血縁関係は、グローバルな政治的影響を受けて大きく変容しようとしている。ISへ参加する兵士の国際的な広がりがそれを物語っているが、その一方、クルド兵は原始的で人間性の根源に関わるような利他的動機で戦いを始める。

 では、対テロリスト戦士ではなく、逆にテロリストの心理はどうだろうか。南米コロンビアの準軍事テロリスト66人の残虐行為について認知能力を分析した論文(※3)では、彼らの道徳的判断が目的意識ではなく、手に入れられる成果という結果により際だって導かれる、としている。この認知パターンは、攻撃的な異常感情にのみ独立して関連し、テロリストの道徳的な認知に特徴的なもののようだ。

 フィリピン南部のIS系テロ組織は、もともと複数のイスラム組織に分かれてフィリピン政府と戦ってきた。ISはそれらの組織に浸透し、糾合してまとめたようだが、ここにきてフィリピン軍の攻勢に弱体化してきているらしい。だが、追い詰められたISは、世界各地へテロをバラ撒くような戦術を採る可能性が高い。

 ISにせよ、海賊にせよ、中南米の麻薬組織にせよ、こうしたテロリストが産まれる背景にあるのは経済的な貧困だ。紹介した論文のように、ISに立ち向かって行く戦士には「献身」という概念があり、それが既存の価値を超越する場合もある。アジアへもISの脅威が及んできている中、貧困問題の解決と同時に双方の心理を知ることがISについての考察には重要だろう。

※1:Scott Atran, et al., "The devoted actor’s will to fight and the spiritual dimension of human conflict." nature, Human Behavior,

DOI: 10.1038/s41562-017-0193-3, 2017

※2:Hammad Sheikh, et al., "Empirical Evidence for the Devoted Actor Model." Current Anthropology, Vol.57, No.S13, 2016

※3:Sandra Baez, et al., "Outcome-oriented moral evaluation in terrorists." nature human behaviour, Vol.1, 26, May, 2017

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

石田雅彦の最近の記事