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ジュラ紀の魚竜「イクチオサウルス」の新発見とは

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
イラスト:Heinrich Harder(1858〜1935)

 ジュラ紀(約1億9960万年前〜約1億4550万年前)にいた魚竜(水棲爬虫類)「イクチオサウルス(Ichthyosaurus)」は、その姿形、大きさがハンドウイルカによく似ていることで知られている。ただ、尾びれは垂直になっていて、こちらのほうはサメと同じだ。

 このように、全く違う種類の生物が、同じような環境や生態系の位置に置かれることで、外見や器官がよく似てくることを「収斂進化」と言う。違う種の収斂進化には、昆虫であるオケラと哺乳類のモグラの前足がよく似ていたり、鳥類のカモと哺乳類のカモノハシのクチバシの形がよく似ていたりするような例がある。

卵胎生で子を産んだイクチオサウルス

 イクチオサウルスとイルカは海中で速く泳ぐために形が収斂したと考えられている。魚類をはじめ多くの水棲生物は、両端がテーパーがかけられた紡錘形になっているからだろう。イクチオサウルスの前には三畳紀後期にショニサウルス(Shonisaurus)という水棲爬虫類がいたが、こちらは体長15メートルにもなった。

 また、イクチオサウルスの特徴的なのは、卵胎生だったことだ。爬虫類のイクチオサウルスは卵を産むが、それを胎内で孵化させてから海中へ産み出す。これらのことは化石からわかっているが、海中での生態に適した繁殖行動に進化していたのだろう。

 古生物での卵胎生は、同じ水棲爬虫類の首長竜(プレシオサウルス、Plesiosaurus)でも化石調査から確認されている(※1)。首長竜もイクチオサウルスも多産ではなく、一頭か多くてもせいぜい二頭の子を産んでいたようだが、産む頭数については議論は分かれる。

 魚類では、シーラカンス、サメやエイの一部、メバル、カサゴ、熱帯魚のグッピーが卵胎生だ。爬虫類でもヘビの一部、カメレオン、イグアナの一部、トカゲの一部に卵胎生がみられる。さらに、昆虫にも卵胎生がいて、アブラムシは胎内ですでに子を宿したメスを産むし、サソリには卵胎生と胎生の種がいるようだ(※2)。

 卵胎生のイクチオサウルスが、胎内でどれくらいの大きさまで子を育てたのか、まだよくわかっていない。かなり大きな子が出てくる化石が確認されているが、これは母体が死んでから胎内で大きくなった子が腐敗ガスで押し出された痕跡ではないか、と主張する研究者もいる。ただ、出産時に胎児は尾から出てくると考えられ、ある程度、育ってから一頭ずつ産み出し、育つまで胎内に残る胎児もいたのではないか、という論文もある(※3)。

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イクチオサウルス類の出産。A:頭から出てくるのではないか、とする図。B:二頭を胎内に宿している図。C:順次、産み出し続け、合計四頭の胎児を産むという図。

これまでで最大のイクチオサウルス

 ところで最近になり、以前に発掘された化石を改めて再調査する研究が盛んになってきた。古生物学の知見と技術が進み、かつてはわからなかったことが、最新技術を使えばわかるようになったからだ。

 イクチオサウルスについても1990年代の半ば頃、英国の南西部にあるサマセット(Somerset)州の海岸で発見された化石が長く放置され、最近ようやく研究者の再調査で新たな発見があった(※4)。この化石については発見された日時もはっきりせず、化石自体も英国からドイツのハノーバーにあるニーダーザクセン州立博物館に運ばれてしまう。ようするに「見捨てられていた化石」ということだ。

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新しい発見があったイクチオサウルスの化石。ジュラシック前期の地層から発見された。「?」マークはこれから追加されるかもしれない新発見。「★」印は胎児の位置を表す。イクチオサウルスの仲間は目や視覚が進化しているので化石でも眼窩が大きい。

 だが、マンチェスター大学らの研究者が改めて化石を調べてみると、このイクチオサウルスは体長が3.5メートルであり、一頭の胎児を含んでいることがわかった。3.5メートルというのは、化石の尻尾の部分がないための推測値で、それを見積もればこれまで発見されたイクチオサウルスの化石で最大のものとなる。

イクチオサウルスはジュラ紀で絶滅したか

 また、胎内の胎児の体長は7センチほどで、小さな前歯と肋骨などを確認できるという。孵化する前と考えられ、これからもっと大きくなる途中に母体が死んで、母子ともに化石になったのだろう。今回の化石は「Ichthyosaurus somersetensis」という新種として認められたが、研究者はこのイクチオサウルスの化石からはまだ新しい発見があるかもしれない、と言っている。

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イクチオサウルスの胎児の化石。A:連なった脊柱、前ヒレ、肩胛骨らしきもの、肋骨などがある。B:前ヒレの拡大。

 イクチオサウルスなどの水棲爬虫類は、ジュラ紀末に絶滅したと考えられているが、白亜紀の地層からも最近よく発見されるようだ。白亜紀になるとモササウルス(Mosasaurus)といった大型の肉食水棲爬虫類が台頭し、イクチオサウルスや首長竜などが淘汰されたが生き残っていた可能性はある。

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 モササウルスも卵胎生だった(※5)ようだが、海洋という環境で一頭ずつ産み育てる繁殖戦略が果たして適していたかどうか疑問だ。哺乳類ではないのだから、クジラ類のように乳を飲ませていたわけではないだろう。イルカやクジラは社会性を持ち、集団で子育てを支援したりするが、水棲爬虫類がどんな子育てをしていたか、まだよくわかっていない。

※1:F. R. O'Keefe, et al., "Viviparity and K-Selected Life History in a Mesozoic Marine Plesiosaur (Reptilia, Sauropterygia)." Science, 333, 870, 2011

※2:G A. Polis, W D. Sissom, "The biology of scorpions." Stanford University Press, 1990

※3:Ryosuke Motani, Da-yong Jiang , Andrea Tintori, Olivier Rieppel, Guan-bao Chen, "Terrestrial Origin of Viviparity in Mesozoic Marine Reptiles Indicated by Early Triassic Embryonic Fossils." PLOS ONE, Vol.9, Issue2, 12, Feb, 2014

※4:Dean R. Lomax, Sven Sachs, "On the largest Ichthyosaurus: A new specimen of Ichthyosaurus somersetensis containing an embryo." Acta Paleontorologica Polonica, 62, 10, 2017

※5:Everhart, Michael J, "Oceans Of Kansas: A Natural History Of The Western Interior Sea. Life of the Past." Bloomington: Indiana University Press. p. 322, 2005

カバー:Painting of the ichthyosaur Ichthyosaurus by Heinrich Harder.

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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