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タバコが口元で「爆発」したら

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:ロイター/アフロ)

いわゆる「電気加熱式タバコ」が大人気だ。電子タバコ(e-cigarette)とか次世代タバコ、Vapeなどとも呼ばれる。

先日、コンビニで聞いたら予約待ちが数ヶ月、と言っていたが、ネット通販などでは容易に入手できるらしい。ただ、転売のためか、値段は定価の倍以上といったものが多いようだ。

現在、流通している電気加熱式タバコはいくつかメーカーや種類があるが、最も多く使われているのはフィリップモリス社の「iQOS(アイコス)」だろう(2017年6月現在)。同製品はLINEとの提携でも話題になった。

それを追いかけているのが、JT(日本たばこ産業)の「Ploom TECH(プルームテック)」だ。また、米国のブリティッシュ・アメリカン・タバコ・ジャパン(BAT)も「glo(グロー)」という製品を出し、日本の市場に参入した。

電気加熱式タバコの爆発事故

上記のタイプの多くは、タバコの葉を使い、グリセリンなどが加えられた液体を加熱してタバコ葉を濾されたその蒸気を吸い込む。当然、タバコ葉に含まれるニコチンなどのほか、加熱されたグリセリンなどの成分が気体に含まれている。

これ以外に、Vape型と呼ばれるタイプがあるが、こちらはタバコの葉を使わず、非ニコチン(日本ではニコチン添加は非認可)のリキッドを加熱し、その揮発気体を吸い込む。現在、Vape型は多種多様な製品が製造販売されていて、全容を追いかけるのは愛好家でもなかなか難しいようだ。筆者の個人的な感想だと、こちらのほうは鼻ピアスとか、ヒップホップ系のノリがある。

ところで、この5月にはスイスのベルン大学の研究者がフィリップモリス社のiQOS(マルボロ・レギュラー)から出る煙の成分を分析したところ、紙巻きタバコに匹敵する有害物質が出ていた、という研究報告を出して話題になった。

例えば、ホルムアルデヒドはiQOSが3.2μgだったが、紙巻きタバコ(ラッキーストライク・ブルーライツ)は4.3μg(いずれも1本当たり)となっている。アセナフテンという多環芳香族炭化水素にいたってはiQOSのほうが約3倍多かったらしい(※1)。ちなみに、この研究結果に対し、フィリップモリス社はPubMedコメントに実験手法などに関する反論を出している。

電気加熱式タバコの成分による健康への影響は、まだ研究が始まったばかりでしっかりとした検証がなされていない。ということで、今回の記事では「電気製品」でもある電気加熱式タバコの事故について考えてみたい。

電気加熱式タバコのほとんどは、デバイスの動力源、加熱システムにリチウムイオン電池を使っている。電気加熱式タバコの急増により、この電池が爆発し、口腔内をひどく傷つけたり火傷を負わせたりする事故が増え始めているのだ。

米国、ボストンにあるマサチューセッツ総合病院の外科部門(Division of Burn Surgery, Department of Surgery, Massachusetts General Hospital, Boston)では、2ヶ月間に3人の患者(41歳、26歳、18歳、いずれも男性)を扱ったが、このうちの二人は電気加熱式タバコがポケットの中で爆発し、皮膚移植の必要な火傷を負い、一人は口にくわえているときに爆発し、顔面裂傷と歯の損傷、歯槽骨の骨折という重傷を負った(※2)。

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マサチューセッツ総合病院に運び込まれた患者は、口に電気加熱式タバコをくわえているときに爆発事故に遭遇した。その結果、歯が吹き飛び、歯槽骨が骨折した。via:C. A Colaianni, at al., "Injuries Caused by Explosion of Electronic Cigarette Devices." Eplasly, 16, 2016

また、米国ニュージャージーのクーパー大学病院(Cooper University Hospital)は、ロックコンサート中にポケットの中の電気加熱式タバコが爆発して足に重度の火傷を負った30歳の男性を治療している(※3)。

米国など、電気加熱式タバコの使用が急速に進んでいる国や地域では、特に爆発事故による口腔や歯に対する深刻なダメージが議論され始めたところだ(※4)。研究者や医師たちは、電気加熱式タバコの事故がこれから増えていくだろう、と警告している。

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クーパー大学病院で治療を受けた男性の火傷と爆発した電気加熱式タバコの破片。via:Lee M Jablow, Ryan J Sexton, "Spontaneous Electronic Cigarette Explosion: A Case Report." American Journal of Medical Case Reports, 3 (4), pp 93-94. 2015

急増中のリチウムイオン電池火災

従来の葉タバコはアナログもいいところで、もちろん電気もいらなければ充電器も持ち運ぶ必要がなかった。だが、電気加熱式タバコはれっきとした電気製品、電子デバイスだ。

幸いまだ日本では、電気加熱式タバコのリチウムイオン電池爆発事故がほとんどない。だが、東京都区部(23区)を管轄する東京消防庁が昨年(2016年)12月22日に出した「リチウムイオン電池からの火災にご注意を!」という呼びかけ(PDF)によれば、電子たばこ(電気加熱式タバコ)による火災は2015(平成27)年に2件、2016(平成28)年に3件と微増している。

東京消防庁によれば、リチウムイオン電池による火災事故件数は2011(平成23)年に4件だったのが、2016(平成28)年には50件と10倍以上になっているので、電気加熱式タバコの利用者が増えていくのにつれ、事故の件数も増えることが予想される、とのことだった。ちなみに、東京消防庁の呼びかけに応える形で、総務省消防庁予防課も全国の消防防災担当者に注意喚起をしている。

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東京消防庁の管轄内(東京23区)におけるリチウムイオン電池が原因の火災件数。この数年で急増していることがわかる(東京消防庁「リチウムイオン電池からの火災にご注意を!」より)。

リチウムイオン電池の爆発火災事故と言えば、ボーイング787のバッテリー問題も話題になった(2014年)。サムスン電子のスマホ「ギャラクシーノート7」がバッテリーの不具合で世界的なリコールに追い込まれたのは記憶に新しい(2016年9月)。

JT(日本たばこ産業)のHPには「『Ploom TECHバッテリー』は、リチウムイオン電池を使用しています。リチウムイオン電池は、異常・故障があったまま充電を続けると、発熱し、場合によっては破損に至るおそれがあります」と注意書きがあるように、電気加熱式タバコもほとんどがリチウムイオン電池を使っている。

電池工業会では「リチウムイオン電池をご使用の際は次のことを必ず守ってください」というHPで「リチウムイオン電池は指定された充電器、ACアダプターを使用してください。指定以外の充電器、ACアダプターで充電すると、充電条件が異なるため、発熱等の原因になります」などと注意を喚起している。リチウムイオン電池のデバイスを使用中、異常に気づいた場合は、デバイスや充電器からすぐに取り出し、使用しないことも大事だろう。

電池切れの「恐怖」

これは電気加熱型ではなく、通常のシガレット、タバコの健康被害に対するものだが、2000年には米国におけるPL訴訟でタバコ会社に対し、15兆円の支払を命じる判決が出たことがある。日本でも電気加熱型タバコで爆発事故などが起きた場合、PL訴訟の可能性は捨てきれない。

通販などの個人輸入の代行の場合、PL法やクーリングオフの適用の範囲外、との文言を入れている業者もいるが、輸入業者でもPL法から逃れることはできない。良心的な業者は自らPL保険に加入するなど、事前に策を講じているようだ。

なるべく吸いやすいよう小型に、できるだけ長く吸えるように電池容量を大きく、というのは矛盾した技術的要求だ。充電と充電器の持ち運びの煩雑さは、電気加熱式タバコもほかの電子デバイスと同じと言えるだろう。

リチウムイオン電池は「熱暴走」の連鎖を引き起こしやすい。発熱が必須の電気加熱式タバコは、そもそもかなりヤバい製品なのだ。

バッテリーが「ヘタ」ってしまえば、安くはないデバイス本体を買い換えなければならない。電気加熱式タバコの喫煙者にとって電池切れの「恐怖」は深刻だ。自分で分解して互換式の安いバッテリーに交換しようとする利用者やより長く吸えるように改造する利用者も出てくるだろう。

今は品薄で利用者はあまり見かけないが、供給が本格的に始まれば電気加熱式タバコはそれこそ爆発的に増える。タバコ会社はどこも、こうした電子デバイスの製造に慣れていない。品質管理と安全設計の徹底が製造側に求められるのはもちろん、利用する側も吸う際に気をつけ、無理な改造などをしないほうがいいだろう。

リチウムイオン電池の安全性について言えば、技術革新は日進月歩(※5)でB787のバッテリー事故も耳にしなくなった。ただ、滅多に爆発しなくなってもデバイスではなく、タバコ葉が入っている消耗品の部分にもっとキックのある、タバコ感の強い添加物をサードパーティーが提供してくる可能性もある。

いつも筆者は思うのだが、タバコという体内に取り込む物質なのに、その危険性や毒性はなぜか吸う側、受動喫煙をする側が証明し、安全性や健康への影響を消費者の側が担保しなければならない。

タバコというのは実に摩訶不思議な商品だが、この点でも疑問を感じる。財務省の「利権」が障壁になるのだろうが、電気加熱式タバコに関しては電気用品安全法や消費生活用製品安全法のカテゴリーに移し、認証制度を導入したり検査機関による検査を義務づけるなど、製造者が安全性を証明しなければ販売できないようにすべきなのではないだろうか。

※1:Ret Auer et al., "Heat-Not-Burn Tobacco Cigarettes:Smoke by Any Other Name." JAMA Intern Med. May 22, 2017

※2:C. A Colaianni, at al., "Injuries Caused by Explosion of Electronic Cigarette Devices." Eplasly, 16, 2016

※3:Lee M Jablow, Ryan J Sexton, "Spontaneous Electronic Cigarette Explosion: A Case Report." American Journal of Medical Case Reports, 3 (4), pp 93-94. 2015

※4:Rebecca Harrison, et al., "Electronic cigarette explosions involving the oral cavity." The Journal of the American Dental Association, Vol.147, 11, 2016

※5:山田裕貴(東京大学)ら、「新たなリチウムイオン伝導体液体の発見」、東京大学、物質・材料研究機構、プレスリリース、2016年8月30日

※5:片岡邦光(産総研)ら、「高い安全性と信頼性を実現した小型全固体リチウム二次電池を開発」、産業技術総合研究所、プレスリリース、2017年2月1日

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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