タバコの経済的デメリットはメリットを凌駕する

(ペイレスイメージズ/アフロ)

タバコというのは何しろ「購入しないよう」勧めることがパッケージに大きく書かかれている不思議な商品だ。健康に悪影響があるとわかっているのに、合法的かつ独占的に販売されている。 

つまり、政府は一方で「健康に悪い」といい、一方で成人になれば「誰でも買える」商品を認めているわけだ。「そんなに喫煙が悪い悪いというのなら、いっそ政府が厳しく規制しろ」と喫煙者が愚痴るのも理解できる。

タバコ対策について連続で記事を書いてきた。興味のある読者の方は「タバコ対策は『喫煙者のフォローアップ』も重要だ」、「『受動喫煙防止』に効果はあるか」、「『タバコ利権』はあるのか」を読んでいただきたい。

さて、今回は喫煙の経済損失と禁煙の経済利益について考えてみよう。

タバコ税収は「約2兆5000億円」

まず、タバコには多くの税金がかけられている。小売価格の約6割以上が税金だ(国たばこ税が24.1%、地方たばこ税が27.8%、たばこ特別税が3.7%、消費税が7.4%)。

2016(平成28)年の財務省のたばこ税の税収予算額では、たばこ税が9230億円、たばこ特別税が1428億円、国税分が合計1兆658億円。都道府県たばこ税が1499億円、市町村たばこ税が9171億円、地方税が合計1兆670億円。国税と地方税を合わせると合計2兆1328億円であり、これに消費税が加わるから国民1人当たり1万6000円以上の税収となる。

喫煙による利益を、ざっとたばこ税からのものとすれば、それは約2兆5000億円だ。

前回は「タバコ利権」について書いたが、財務省、JT(日本たばこ産業)、タバコ族議員などが守ろうとしているのは、この安定的な財源だろう。タバコ対策が強化され、タバコの売り上げが減っていけば、この財源が脅かされる。

喫煙による経済損失は「約4兆3000億円」以上

一方、タバコ対策を進める側の人たちは「喫煙は社会や非喫煙者に経済的な損失を与える」と主張している。

まずは医療費への影響だ。

日本における喫煙関連疾患が原因の「超過医療費」については、これまでにもいくつか研究がなされてきた。たとえば、1兆1406億円(前田、1979)、3兆1826億円(中原、望月、1995)、5兆6000億円(後藤、1996)、3兆2416億円(医療経済研究機構、1995)といったものだ。

また、米国では約727億ドル(約8兆円。Miler et al. 1998)といった報告があり、肺がんなどで53%、心血管疾患などで13%が喫煙による医療費への影響という研究もある(Johnson et al. 2003)。

2005(平成17)年のデータをまとめたものでは、喫煙関連疾患による「超過医療費」は、1年間で約1兆7680億円、とする研究がある(※1)。

この研究では、さらに火災の消防労働や清掃費(約1918億円)、労働力損失(約2兆3664億円)などを加算すると喫煙による全体の経済損失は、合計で約4兆3264億円になる、と分析する(超過介護費などは除外。※1)。

ここには入っていないが、気になるのが火災による被害額だ。

前述の研究ではタバコの火の不始末が原因の火災被害額が算入されていない。総務省の統計によれば、年間の火災による被害総額は1350億円だ。タバコが原因の火災は約10%前後なので、年間約130億円ほどの損害となる。また、もちろん人的被害、火災による怪我や死亡も無視できない。

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火災の出火原因。タバコは喫煙率が下がっても第2位をずっとキープしている。総務省消防庁より。

禁煙治療の費用対効果はおおむね良好

喫煙は治療の必要な病気である、という主旨から、厚労省は2006(平成18)年4月より禁煙外来での治療を保険適用した。健康保険などを使えば自己負担3割で治療可能だが、それでも8週間から12週間の治療に1万3000円から2万円ほどの治療費が必要となる(保険を使わない場合は2万4000円から3万6000円)。

では、禁煙治療の費用対効果はどうだろうか。

禁煙治療をした場合(薬局などで禁煙補助薬を購入して使用、医療機関での禁煙治療)としなかった場合の、かかった費用と健康な生存余命「QALY」(※2)の関係を研究した論文では、禁煙治療の費用対効果はおおむね良好、という結果が出ている(※3)。ただ、この論文では「費用・効果ともにその差は小さい」とし、また保険適用した治療のほうが当然ながら費用対効果は大きい。

さらに別の研究では「喫煙を継続した場合に、禁煙を実行した場合に比較して、1人あたり50~80万円程度、総額で約15.8兆円、超過的に医療費が発生するという結果となった。さらに、禁煙を実行することで、生存年数やQALYという健康アウトカムが向上することもわかった」とする(※4)。

一方で、厚労省は禁煙による医療保険者への経済効果を指摘してもいる。特定保健指導における禁煙の経済効果では、治療を継続した場合、15年目には1000人の集団で約700万円の黒字化となる、としている(※5)。喫煙者以外からの保険料や公費を投入しても、長期的にみれば効果はある、ということなのだろう。

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禁煙治療や禁煙支援サポートなどを併用した場合のモデル。禁煙治療費を払っても10年目で黒字に転じる、とする。厚労省:禁煙支援マニュアル(第二版)、2013年

ここまでのように、税収と比較すればタバコの経済的な損害のほうが大きい。もちろん、超過医療費などの算定に疑問を呈するむきもいるだろうが、どの研究をみてもおおむねこんな結果が出ている。

また、今国会で厚労省が成立を目指す健康増進法(受動喫煙防止)改正では、小規模飲食店への経済的影響から抵抗が強い。

だが、受動喫煙防止条例のある神奈川県の事例などから、その影響は限定的、と考えられており、顧客や従業員への健康配慮からも受動喫煙防止について受容するムードが醸成されているようだ。また、タバコ対策強化で小規模店を含む飲食店への売上高などの調査研究でも同様に、ネガティブな影響はない、とするものが多く(※6)、厚労省の研究班によるとレストランやバーの営業収入の変化を調べた27の報告の約8割で「変化なし」だった。

もちろん、受動喫煙防止対策など、タバコ対策にも一定の費用がかかるが、途方もない対策費をかけない限り、経済的にはメリットのほうが大きいだろう。

タバコはもっと値上げすべきか

日本のタバコは、欧米に比べると安い、と言われている。税収を期待し、国民の健康被害を軽減するなら、欧米並みに値上げすればいい、という意見も根強い。

財務省は2010(平成22)年にタバコを大きく値上げした。1本当たり5円という思い切った値上げだった。その後、消費増税などでタバコは段階的に少しずつ値上げされ続けている。

これまでの研究では、タバコ税の値上げをしてもタバコを止めたり本数を減らす売り上げの減少を税収の増加が上回る、と考えられてきた(※7)。

タバコの価格弾力性がどれくらいか、については諸説あり、各国の事情などにも左右される。おおむね「0.3~0.4」が妥当な数値、というのが経済学の方面の意見だ。価格弾力性では、タバコの場合、消費量の変化と同時に公衆衛生的な見地、たばこ税増減の影響目的から、喫煙の有無や量、禁煙行動にどれくらい効果を与えるのかも同時に考える。

仮に価格弾力性が「0.4」だとすれば、タバコの場合は値上げをしても売り上げは減らず、売上高が期待できる、ということになる。なぜなら、ここまで健康への悪影響が情宣された今でもまだ吸っている喫煙者の多くは、多少タバコの値段が上がったとしても買うことを止めない、と考えられているからだ。だから、喫煙率が下がってきても、それを値上げ分が吸収し、たばこ税収はほとんど影響を受けていない。

前述したように、2010(平成22)年にはたばこ税と価格の大幅な値上げがあった。その結果、タバコの販売量は下がったが、価格弾力性はそれ以前の2003(平成15)年、2006(平成18)年の値上げ時と大きく変化しなかった、という研究もある(※8)。

一方で、経済的に弱い若年層の喫煙者は値上げに耐えられない。若年層の喫煙率が下がっていけば、たばこ税収もやがて減っていくのだろう。

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タバコの小売価格の国際比較(単位は円)。出典:Cigarette Prices.net 2014より作図。

タバコの税収は販売実績が下がり続けているのにもかかわらず、価格値上げが奏功してか、それほど減少してはいない。

たばこ税収という安定的な財源を守ろうとする「タバコ利権」の側も、タバコの値上げには納得するのではないだろうか。

もちろん、喫煙という人間の行動は、単純にメリットデメリットで推し量れない部分もある。タバコを吸うとリラックスできる(と感じる)など、税収だけではないメリットを主張する喫煙者もいるはずだ。

だが、1日1箱20本吸う喫煙者の場合、年間約15万円から20万円近くタバコ代に使っていることになる。さらに値上げされれば、禁煙を決断せざるを得ない喫煙者も増えそうだ。

厚労省は「喫煙者は健康被害の加害者」としているが、禁煙外来の保険適用など、非喫煙者にも負担してもらってまで喫煙者には禁煙へのフォローがある。たばこ税の増税という応分の経済的負担を喫煙者にもしてもらう、というのはそれほど無理筋な話ではないと思う。

喫煙は、吸う本人にも周囲の人にも健康への悪影響を及ぼし、上記でみてきたように様々な経済的損害を及ぼす。タバコ対策を進めていくためには、こうした経済的な観点から考えていくことも重要だろう。

関連記事:

※1:「禁煙政策のありかたに関する研究~喫煙によるコスト推計~」、福田敬、津谷喜一郎、五十嵐中、2010年、医療経済研究機構

※2:「禁煙治療の経済評価」、安田浩美、池田俊也、薬剤疫学、14(2)、Dec 2009:61

※3:科学的根拠に基づくがん検診推進のページの用語解説:QALY、質調整生存年(Quality Adjusted Life years)。経済評価を行う際に、評価するプログラムの結果の指標として用いられる。単純に生存期間の延長を論じるのではなく、生活の質(QOL)を表す効用値で重み付けしたものである。

※4:「禁煙政策のありかたに関する研究~喫煙によるコスト推計~」、福田敬、津谷喜一郎、五十嵐中、2010年、医療経済研究機構

※5:厚労省:禁煙支援マニュアル(第二版)、2013年

※6:「飲食店における受動喫煙防止対策の実態と禁煙化による経営の影響についての考察」、宇佐美毅、稲葉明穂、吉田宏、五十里明、富永祐民、日本公衆衛生雑誌、第59巻、第7号、2012年。

※7:『FCTC6条 たばこ税増税の経済評価とたばこによる経済損失─たばこ税の影響と,禁煙政策の医療経済評価にまつわる諸問題─』、五十嵐中、福田敬、後藤励、保健医療科学、2015 Vol.64 No.5 p.426-432

※8:「たばこ税・価格の引き上げによるたばこ販売実績への影響」、伊藤ゆり、中村正和、日本公衆衛生雑誌、第60巻、第9号、2013年。

※2017/04/20:10:26:「厚労省は『喫煙者は健康被害の加害者』としているが、禁煙外来の保険適用など、非喫煙者にも負担してもらってまで喫煙者には禁煙へのフォローがある。たばこ税の増税という応分の経済的負担を喫煙者にもしてもらう、というのはそれほど無理筋な話ではないと思う。」部分を加筆した。2017/04/20:11:43、「たばこ」表記を「タバコ」に変えた。「厚労省の研究班によるとレストランやバーの営業収入の変化を調べた27の報告の約8割で『変化なし』だった。」を加筆した。