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タバコ対策で「分煙」はどれほど効果があるのか

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:アフロ)

少し前になるが、タバコ対策に関し、あるイラストがネット上で話題になった。

受動喫煙の例え、として公営プールの1レーンだけ「おしっこ可」となっていて、児童がそのレーンへ立ちションしている、というイラストだ(※1)。つまり、喫煙者が吸うタバコの煙は単にレーンで区切ったプールで小便が他のレーンへ広がるのと同じ、という内容だが、このイラストは受動喫煙の例えから、最近では「分煙」の説明などでも使われるようになってきている。

プールのレーンのように、喫煙エリアと禁煙エリアを単に屋内で分けただけの分煙措置では意味はないのは当然だろう。タバコの煙を吸い込むと、喫煙者、非喫煙者に限らず、その遺伝子をすぐに傷つける(※2)。ちょっとの煙でもタバコの害を避けたい、という非喫煙者の保護をどうするのか。

「分煙」とは

一言で「分煙」と言っても、その定義はかなり広い。広義では、受動喫煙防止のため、喫煙場所と非喫煙場所を物理的空間的に区切って分けることだ。

下の図のように、受動喫煙防止対策にはグラデーションがある。公共の施設、不特定多数が集まる場所では屋内外全面禁煙、というのが最も厳格(保守的)で、ここに分煙という概念が入る余地はない。もちろん、そうしたエリア外では喫煙可能だ。

次に建物の内外、外気でタバコの煙が拡散する場所では喫煙可、という分煙があり、次に建物の中でも密閉された喫煙室が設置されていれば喫煙可、となる。

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2020年の東京オリパラに向け、厚労省は「建物内原則禁煙、喫煙室の設置は可」という平昌冬期五輪並み(右から2番目)の健康増進法改正を目指す。もっとも厳しいのは左端のリオ五輪の基準。日本の現状は右端だ。

もっとも緩いのが現状(2017年4月)の日本で、建物内での分煙も「努力義務」とする(※3)、というものだ。

2015(平成27)年5月の厚労省通達では、屋内の全面禁煙とともに「喫煙室の設置(空間分煙)又は喫煙可能区域を設定した上で当該区域における適切な換気の実施を選択」として「適切な職場の空気環境を維持するよう努めること」としている。これは労働安全衛生法によるもので、すべての事業者が対象になり、職場における受動喫煙防止対策として分煙が努力義務になる。

受動喫煙防止条例のある神奈川県は、公共性の高い映画館や劇場を含めた施設は建物内禁煙としているが、飲食店などは禁煙か分煙の選択制で、喫煙が可能かどうかや分煙の店頭掲示を義務づけている。だが、小規模店では努力義務だ。

「分煙」の効果は

では、分煙には効果があるのだろうか。

WHO(世界保健機関)は「分煙には意味はない」としている(※4)。「換気系統が別であろうとなかろうと、換気と喫煙区域設置によって受動喫煙をなくすることはできないし、(分煙を)勧めることもできない」とし、「受動喫煙に安全レベルはな」く「屋内での喫煙をなくすことだけが、人びとを受動喫煙の危険から守る唯一の科学的根拠に裏付けられた対策」とする。

たとえ空調システムがあったとしても同じ屋内で単に喫煙者と非喫煙者を分けることには全く意味はないし、換気扇や空気清浄機もほとんど効果はない。また、煙の漏れない物理的に分離された喫煙室を設置しても完全にタバコの煙を排除することは難しい、とし、さらに喫煙者が喫煙室を出入りすると喫煙室の煙を外へ運び出すこともある(※5)、とするのがWHOの勧告だ。

つまり、屋内に喫煙室を設けても、タバコの煙を完全に漏れないようにするのは難しいし、設備のために新たな費用もかかる(※6)。そのため、厚生労働省では「受動喫煙防止対策助成金」として事業所へ財政的支援をし、各都道府県や自治体などにも同様の助成金制度を設けているところも出てきた。

だが、喫煙室があっても、そこへ出入りする非喫煙者の従業員の受動喫煙を避けることもできない。受動喫煙防止対策では、飲食店などで顧客の保護が取りざたされることが多いが、従業員の健康を守るという視点がどうしてもなおざりにされがちだ。

一方、JT(日本たばこ産業)は、分煙を積極的に進めている。喫煙者も非喫煙者も「共存できる環境」として分煙を考え、「喫煙スペースを設置する、喫煙エリアと非喫煙エリアを分ける、壁で仕切る」といった分煙の方法が「有効」としている。

また、今年3月7日に厚労省案に対して出された、自民党の「たばこ議員連盟」(会長=野田毅・前党税制調査会長)の対案でも分煙を進めることが盛り込まれ、飲食店は「禁煙・分煙・喫煙から自由に選べ、表示を義務化する」とした。分煙に対する対案の内容は、JTの主張とほぼ同じだ。

日本は一歩先へ進めるか

分煙には限界がある、という考え方は、WHOをはじめ世界的な趨勢だ。喫煙者と非喫煙者を物理的に隔離しない限り、受動喫煙を完全に防ぐことはできない。

だが、喫煙者は年代性別によって依然として3割以上もいる。理想は全面禁煙だが、現実的に難しいなら、やはり分煙ということになる。問題はその範囲と基準だろう。

日本の受動喫煙防止対策は、依然として努力義務の範囲に限定されている。そのため、上記の図で一段階、厳格化させたい、と厚労省が目指しているのが今国会(会期は2017年6月10日まで)での健康増進法の改正(受動喫煙防止対策の強化)だ。

屋内・建物内の喫煙室設置による分煙では、前述したようにどうしても外部へタバコの煙が漏れ出てしまう。その濃度について、厚労省は「非喫煙エリアについての濃度は今後、エビデンスなどを参考にしつつ、基準を決めていく」とする。

2017(平成29)年4月27日、毎日新聞に「原則禁煙、例外拡大を検討」という記事が出た。その直後、塩崎恭久厚労大臣が記事を否定する、という一幕があった。

厚労省としては「あくまで今年3月1日に出した『基本的な考え方の案』へ理解を得る努力を続けていく」としている。国会の会期末も迫り、自民党では法案審査もできない状況が続く。

世界的には「ほとんど効果はない」とされる分煙施策。現状もっとも緩やかな日本が一歩先に進むことができるか、予断を許さない。

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※1:調べたが、このイラストの作者や出典がわからず掲載できなかった。岡山大学のパワーポイントに記載があるが、元は産業医研修のスライド集でさらにさかのぼると欧米で同様の内容の図説があった。いずれも出典が確認できず。

※2:Richard M. Palmer, Ron F. Wilson, Adam S. Hasan, David A. Scott Mechanisms of action of environmental factors- tobacco smoking. Journal of Clinical Periodontology, 2005.

※3:厚生労働省、2015(平成27)年5月15日、労働基準局の安全衛生部長から各都道府県の労働局長にあてた「労働安全衛生法の一部を改正する法律に基づく職場の受動喫煙防止対策の実施について」通達。

※4:WHO, Policy recommendations on protection from exposure to second-hand tobacco smoke. 2007.

※4:この日本語の抄訳「受動喫煙防止のための政策勧告」で読むことができる。

※5:大和浩、「たばこの煙にさらされることからの保護」、保健医療科学、Vol.64 No.5 p.433-447, 2015

※6:三菱総研、「全面禁煙規制・分煙規制に対する経済的影響の事前評価」、2011年。この研究ノートによると「全面禁煙規制を実施した場合は4兆1544億円のプラスの経済的影響」があり、「分煙規制を実施した場合は1兆2628億円のマイナスの経済的影響が発生する」としている。「分煙規制では喫煙による労働力損失の防止効果が生じない」し「分煙設備の設置に必要な経費が生じるため」だ。

※2017/05/01:5:52:  一方、JT(日本たばこ産業)は〜分煙に対する対案の内容は、JTの主張とほぼ同じだ。の2パラグラフを追加した。

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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