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フードシステムを持続可能なものにデザインし直す2つの鍵とは?ジェーン・グドールの「森林再生」から学ぶ

井出留美食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)
ジェーン・グドール(Gariben TV official YouTubeより)

*本記事は『SDGs世界レポート』(1)〜(87)の連載が終了するにあたって、2021年9月1日に配信した『食品ロスとサーキュラーエコノミー SDGs世界レポート(70)』を、当時の内容に追記して編集したものです。

私たちがジェーン・グドールの活動から学べること

英国の霊長類学者で自然保護活動家でもあるジェーン・グドール博士が、2021年のテンプルトン賞を受賞した。過去の受賞者にダライ・ラマやマザー・テレサが名を連ねる賞である。今回の受賞は、彼女の「人類をより大きな目的に結びつけたいという絶え間ない願い」が評価されたものだという。

English primatologist and anthropologist Dr. Jane Goodall (Dame Jane Morris Goodall DBE
English primatologist and anthropologist Dr. Jane Goodall (Dame Jane Morris Goodall DBE写真:REX/アフロ

ジェーン・グドールは、1960年にタンザニアのフィールド調査で、チンパンジーが自ら道具を作り、使っていることを発見したことで知られている。この発見は20世紀の学問の最大の成果のひとつとされている。それまで人間だけと思われてきた道具を使う動物が見つかったことで、「ヒト」を定義し直すきっかけとなったからだ。

ジェーン・グドール/Jane Goodall, August 31, 1997 - News : English Dr. Jane Goodall, chimpanzee researcher
ジェーン・グドール/Jane Goodall, August 31, 1997 - News : English Dr. Jane Goodall, chimpanzee researcher 写真:ロイター/アフロ

彼女のフィールド調査の拠点であるゴンベ国立公園は、アフリカの赤道直下に広がる熱帯雨林に位置する豊かな森だ。ところが、あるとき彼女が飛行機で上空から眺めていると、周辺の赤茶けた丘に囲まれて、ゴンベ国立公園だけが小さな緑の島のように見えることに気がついたという。

そのときの驚きを、ジェーン・グドールはこう語っている。

このとき、私は一瞬で悟りました。この人たちが環境を破壊せずに生活していける方法を見つけられなければ、チンパンジーや他のどんなものも救うことなんてできないと。

English Anthropologist Jane Goodall, Milan, Italy - 27 Oct 2022
English Anthropologist Jane Goodall, Milan, Italy - 27 Oct 2022写真:REX/アフロ

1980年代後半になると、アフリカでは急速に森林破壊が進み、ゴンベ国立公園の周辺でも、その土地が養える以上に多くの人々が暮らし、過剰に耕作された土地は、熱帯の容赦ない日射しに焼かれ、すっかりやせた土地になっていた。

ジェーン・グドールは自然保護のために何をしたか。

自分の知名度をいかして行政に働きかけ、周辺に暮らす人々を締め出す方がずっと早くて簡単だっただろう。しかし、彼女は、ゴンベ国立公園周辺にある104の村を対象に、森林再生プロジェクトをはじめることを選んだ。

周辺に暮らす貧しい農民に、熱帯の厳しい環境でも持続できる農業として、熱帯の日射しや激しい雨から守ってくれる樹木や果樹を植え、その下で野菜や家畜を育てる「アグロフォレストリー」、より自然保護に軸足を置いた永続できる農業である「パーマカルチャー」など、破壊された環境を再生させながら、同時に生活の糧になる農作物を育てる方法を教えたのだ。

短期的な間に合わせでなく、中長期的に見て何がよいかを考える

ジェーン・グドールは、森林再生プロジェクトを始めたときのことを次のように語っている。

絶望的な貧困状態にある人々は、家族を養うためなら、農作物を育てるために環境を破壊し、魚をとりつくし、最も安いジャンクフードを買うのです。彼らには「これは環境に悪かった?」なんて言っている余裕はないのです。

ジェーン・グドールは、チンパンジーを絶滅から救うためには、チンパンジーの生息地やその周辺に暮らす何千人もの人たちに、環境やチンパンジーについての理解を高めることが不可欠だと考えた。そして周辺に暮らす住民と共存しながら、環境を保全し、自分のいなくなった後でもチンパンジーが保護される未来をデザイン(設計)したのだ。

この森林再生プロジェクトが、単にモノや植林の技術を「提供」するというよりは、地域の住民が主体となって自分たちをとりまく環境をよくしようとする動きを「啓発」することに焦点を当てたものだった、ということは、特筆に値する。短期的な間に合わせのやり方ではなく、中長期的な視点で「何がよいか」を考えたのだ。

ジェーン・グドールは「彼らは、森を守ることは野生動物だけでなく、自分たちの未来を守ることだと理解したのです」と語っている。

English primatologist and anthropologist Dr. Jane Goodall (Dame Jane Morris Goodall DBE
English primatologist and anthropologist Dr. Jane Goodall (Dame Jane Morris Goodall DBE写真:REX/アフロ

最近では飛行機でゴンベ国立公園の上空を飛んでも、赤茶けたむき出しの丘は見えない。現在、この森林再生プログラムは他の6つの国でも展開されている(1)。

私たちが、このジェーン・グドールの「森林再生プロジェクト」から学べることは何だろうか。

コロナ禍が千載一遇のチャンス?

国連環境計画(UNEP)と英国の非営利団体WRAP(ラップ)が共同で作成した報告書「食品廃棄物指標報告書2021」では、世界の家庭や小売、外食から排出される食品ロスが、毎年9億3,100万トンという驚くべき量になっていることが明らかにされた。6億9千万人もの人々が満足に食べることができない世界で、これほどの量の食べ物が捨てられている現実がある(2)。

ビュフェの食べ残し(筆者撮影)
ビュフェの食べ残し(筆者撮影)

今回のコロナ禍で得られた教訓のひとつは、「フードシステム」の再構築が必要であるということだ。「フードシステム」とは、食品の生産、加工、包装、流通、保管、調理、消費、廃棄など、食に関わるすべての活動のことを指す。

ある場所で食料が大量に余っていても、最も必要とする人たちのところに届かないのが現状だ。食品廃棄物から温室効果ガスが発生し、気候変動をさらに悪化させ、干ばつや洪水などで農作物の収穫が不安定になるという悪循環におちいっている。

猛暑や干ばつなど、自然災害により農作物の収穫が不安定になっている
猛暑や干ばつなど、自然災害により農作物の収穫が不安定になっている写真:ロイター/アフロ

IPCC(気候変動に関する政府間パネル)は、世界で排出される人為的な温室効果ガスの21%~37%は「フードシステム」からのものだと推定している。 2021年3月に「ネイチャー」誌に掲載された研究でも、温室効果ガスの3分の1は「フードシステム」が排出源であると推定されている(3)。

近い将来、世界人口が98億人になることや、気候変動の影響で、これまで以上に激しい豪雨や干ばつ、山火事、寒波にさらされることが予測される今日、貴重な食料が無駄になるのを最小限に抑え、温室効果ガスの排出を防ぐためにも、「フードシステム」を見直すことは急務である。

「フードシステム」とはデザインである。食料がどのように栽培され、どのように流通し、どのように販売されるのか、そのすべてがデザインなのである。そして、「フードシステム」がデザインであるならば、それはデザイン(設計)し直すことができるということである(4)。

オーストラリアのディーキン大学の循環型経済学者マユリ・ウィジャヤスンダラ(Mayuri Wijayasundara)博士は、「今後数年間のコロナ後の回復期ほど、大がかりな構造改革を行うのに適した時期はないでしょう。人々はすでに自分たちの習慣の変化を受け入れざるを得なくなっているからです。サーキュラーエコノミー(循環型経済)への移行に必要な恒久的な変化すら受け入れることができるかもしれない」と語っている(5)。

「フードシステム」から食品ロスや温室効果ガスが出ないようにデザインし直すことはできないだろうか。デザイン(設計)の段階で、廃棄物や汚染を発生さないようにするというのが「サーキュラーエコノミー」の原則だったはずだ。

今回は「食品ロスとサーキュラーエコノミー」について考えてみたい。

サーキュラーエコノミーとは

「サーキュラーエコノミー」とはどのようなものか。

これまでの「作って使って捨てる」一方通行の「リニアエコノミー」(左)から、すべてのものを循環させる「サーキュラーエコノミー」(右)へ(オランダ政府公式サイトより)
これまでの「作って使って捨てる」一方通行の「リニアエコノミー」(左)から、すべてのものを循環させる「サーキュラーエコノミー」(右)へ(オランダ政府公式サイトより)

英国のエレン・マッカーサー財団によると、「サーキュラーエコノミー」とは、①モノやサービスの開発段階から廃棄物と汚染を生み出さないデザイン(設計)を行い、②製品と原料を使いつづけ、③自然を再生させていくことである。これがサーキュラーエコノミーの3原則と呼ばれるものだ(6)。

もう少し噛み砕くとどうなるか、「Circular Initiatives & Partners」代表・安居昭博氏の著書『サーキュラーエコノミー実践』(学芸出版社)から引用してみる。

従来の経済モデルは、地球上の資源を「取って」「つくって」「捨てる」という一連の流れから「リニアエコノミー」と呼ばれている。大量生産・大量消費・大量廃棄という構造を生み出してしまい、経済的利益が偏重された持続性のない仕組みだ。

それに対して新規事業立案や製品設計、デザインの段階から、リニアエコノミーの「捨てる」フェーズをなくし、代わりに全ての資源を使用し続ける仕組みを構築する、循環型の経済モデルが「サーキュラーエコノミー」だ。

では、国連の持続可能な開発目標SDGs(エスディージーズ)とサーキュラーエコノミーは何が違うのだろう。

『サーキュラー・エコノミー』の著者で、サーキュラーエコノミー・ジャパン代表の中石和良氏は、「実際に持続可能な開発を行いたいときに、ひとつの実践方法となるのがサーキュラーエコノミー」であると説明している。

その中石和良氏の著書『サーキュラー・エコノミー』(ポプラ新書)からも引用させていただく。

日本では「循環型社会形成推進基本法」が2000年に公布されているが、これはReduce:排出の抑制、Reuse:再使用、Recycle:再生利用を核にした「3R」だ。

「廃棄物の発生を抑制し、廃棄物のうち有用なモノを循環資源として利用。適正な廃棄物の処理を行い天然資源の消費を抑制することで、環境への負荷をできる限り低減する」ことを目標にしたものである。

「サーキュラーエコノミー」は「3R」とは少し違う。違いは廃棄物の排出の有無にある。「3R」では抑制はしても、どうしても廃棄物は出てしまう前提だが、「サーキュラーエコノミー」はそもそも「廃棄物と汚染を発生させない」ことを前提とした仕組みである。

それでは、食品ロスや温室効果ガスの出ない「フードシステム」とはどのようなものだろうか。

「フードシステム」から食品ロスを出さないデザイン

フードデザインとは、原材料が生産され、収穫されてから、私たちの食卓に届くまでの一連の判断のこと。つまり、私たちが、何を食べるのか、どのように生産されたものを食べるのか、何が無駄になり、何が無駄にならないのかを決定することだ。食をデザインする過程で行われるこれらの決定は、「フードシステム」全体に影響を与えることになる。

エレン・マッカーサー財団では、「フードシステム」を見直す鍵として、「再生可能な食料生産」と「食品ロスをなくすこと」のふたつを挙げている。要点をまとめてみよう。

1.再生可能な食料生産

食は自然の一部で、自然は本質的に再生可能であり、自らを再生することができる。人類の活動が活発になるまでの何十億年もの間、地球上では、生命が生まれ、育ち、死に、そして新たな生命のサイクルをはじめる糧となってきた。

もう一度、この自然のサイクルをより忠実に反映させた「フードシステム」に設計し直すことが大切だ。

再生可能な食料生産は、化学肥料、農薬、化石燃料の使用量を減らし、有機物や微生物に富んだ健全な土壌を作ることで、食品生産に伴う温室効果ガスの排出を大幅に削減し、気候変動対策となりうる。

また、健全な土壌は、降雨による浸食に耐え、水を保持する能力が高いため、干ばつの影響を軽減し、大雨による洪水のリスクを軽減することができる。そして、化学肥料や農薬の使用を減らすことで、健全な生態系の維持に欠かせないミツバチや土壌中の微生物も繁栄できる(7)。

2.食品ロスをなくす

循環型「フードシステム」とは次のようなものである(8)。

•食品ロスは発生しない

•余剰食品は、それを必要とする人たちに再分配される

•食品の不可食部や人の排泄物は新しい商品のもとになる

「フードシステム」から食品ロスを発生させない方法については、別の事例でもう少し詳しく確認していく。

家庭ごみ集積場から出てきた、消費期限前、賞味期限前の、まだ食べられる食品(筆者撮影)
家庭ごみ集積場から出てきた、消費期限前、賞味期限前の、まだ食べられる食品(筆者撮影)

EUの食品ロス削減政策

欧州連合(EU)が、2020年3月に策定した「循環経済行動計画」は、2015年版に比べ、資源消費量の削減に加えて、脱炭素への貢献が強調されたものになっている。EUのサーキュラーエコノミー政策は、環境問題の枠内にとどまらず、経済の仕組み自体を変えようとする政策となっている。

では、EUの食品ロス削減政策とはどんなものか。

EUでは国連の持続可能な開発目標SDGs(エスディージーズ)の方針に沿って、食品ロスを半減させるために、各国でまちまちだった食品廃棄物の測定方法を統一させようとしている。また、食品のサプライチェーンを見直して食品ロスの発生を減らすとともに、消費期限と賞味期限の表記を明確化することを求めている。

川下で発生した食品ロスをどう循環させるかではなく、川上で食品ロスを未然に防ぎ、発生させないような仕組みを導入しようとしていることがよくわかる。

ミツバチのための「ハーモニープログラム」

LUの商品ラインナップ(出典:LU公式サイト)
LUの商品ラインナップ(出典:LU公式サイト)

フランスのビスケットメーカー「LU(リュー)」では、一部の農家や協同組合、製粉業者との間で「ハーモニー憲章」に基づいた小麦栽培「ハーモニープログラム(Le programme Harmony)」を導入している。

ハーモニー憲章

•小麦の品種を厳選し、輪作や土壌保護をすることで、農薬や肥料の使用を減らすこと

•作業記録を残すこと

•二酸化炭素排出量の削減(特に肥料の使用量を削減)すること

•水と土壌を保全すること

「ハーモニープログラム」とは、ビスケットの原材料の小麦を契約農家に農薬や肥料を減らして栽培してもらい、その小麦畑の3%をミツバチのために野の花が咲く野原にしてもらうというもの。契約農家が「ハーモニープログラム」で育てた小麦を、通常よりも高いプレミアム価格で購入することで、地域の自然保全に貢献している。

2008年に68軒の農家と始めたこのプログラムは、次第に同社のフランス国内の全工場と他のヨーロッパの工場にも広がり、契約農家の数は2021年現在、1,700軒になっている。

菜の花とミツバチ
菜の花とミツバチ写真:イメージマート

ハーモニープログラムの成果(2019年時点)

•小麦栽培における農薬使用量を20%削減

•689ヘクタール(東京ドーム146個分)の生物多様性のための土地を確保

•1,000万匹のミツバチと22種のチョウが観察されている

同社が「ビスケットには、人の体にやさしく、地域の生物多様性も大切にした原材料を使用する」と決めたことで、これまでにない新しい小麦のサプライチェーンが誕生することになった。このように、フードデザインは、農家がどんな作物をどのように栽培するかに大きく影響するのだ。

フードデザイナーに求められることは、時代とともに変化している。20年前だったら多くの人から愛されるおいしい商品を作ることが求められたかもしれない。が、いま求められているのは、栄養価が高く、おいしくて、人の体にやさしく、しかも、その商品が作られる前より、より豊かな自然を再生できる商品なのだ(9)。

21世紀のパスタ

包装されているときには平ら(2D)で、調理されるとさまざまな形(3D)のパスタになる「フラットパック・パスタ」が、イタリアのバリラ社の協力のもと、カーネギーメロン大学、シラキュース大学、浙江大学の研究者たちによって開発された。

「フラットパック・パスタ」によって、食品包装の削減、保管や輸送時の省スペース化(約62%)、さらには調理に必要な時間とエネルギーの削減ができる。しかも、調理されたパスタは、見た目も食感も味も従来のパスタと同じだという。

「フラットパック・パスタ」(出典:カーネギーメロン大学のYouTubeチャンネルより筆者スクリーンショット)
「フラットパック・パスタ」(出典:カーネギーメロン大学のYouTubeチャンネルより筆者スクリーンショット)

研究者たちはパスタの膨張率に着目し、セモリナ粉と水だけで作られた平らなパスタ生地に小さな溝を刻むことで、ゆでると筒状になったり、渦巻き状になったりするように工夫を施した。溝をどこにどのように配置するかによって、調理したときにどのような形のパスタになるかをデザインしたのだ。

「フラットパック・パスタ」(出典:Science MagazineのYouTubeチャンネルより筆者スクリーンショット)
「フラットパック・パスタ」(出典:Science MagazineのYouTubeチャンネルより筆者スクリーンショット)

デザインされたのはパスタの形状だけではない。包装のしやすさ、包装の削減、保管や輸送時の省スペース化(約62%)、さらには調理に必要な時間とエネルギーの削減など、21世紀のパスタはこうあるべきという概念をデザインしたのだ(10)。

食品包装のデザインで食品ロスを防ぐ

食品包装の役割は、流通・小売・消費の各段階で、中身の食品を酸化や湿気、腐敗から守り、食品を衛生的に保護することだ。

一般的に、食品メーカーは可能な限り賞味期限の長い製品を作ろうとしている。が、賞味期限を延ばそうとすると、食品包装に多くの原材料や、より複雑な構造が必要になり、リサイクルしにくくなる可能性がある(11)。

スウェーデンのカールスタッド大学のヘレン・ウィリアムズ(Helén Williams)准教授の研究によれば、食品包装のポーション(分量)を食べ切れる量にすると、より環境に負荷をかけない包装になることがわかった。

賞味期限の長い商品も、いったん開封してしまうと早めに消費する必要があるが、食品包装のポーション(分量)が大きいと、食べ切る前に廃棄されがちだ。

ヘレン准教授の研究によれば、捨てられた食品の21%は開封後に包装の中で傷んでしまったもので、包装のポーションが大きすぎたことが原因だと考えられる。8%は、包装のポーションが大きすぎ、消費者が食べ残したものだった。消費者の実際のニーズに合わせたポーションの食品包装が求められている(12)。

日本の生ごみ政策をデザインする

2021年5月よりパナソニック、南九州大学、宮崎県新富町が産学官共同で、新富町(人口1,666人)において生ごみ処理機とコンポストを使った生ごみの減量化の実証実験に取り組んでいる。

日本の一般ごみ排出量は4,272万トン。その処理と施設維持管理に年間2兆円以上の経費がかかり、各自治体にとって大きな負担になっている。また、自治体にごみ焼却施設があっても、高度成長期に建設された設備の老朽化が進み、人口減少のため設備の建て替えに踏み切れない自治体も多いと聞く。

ごみ処理の問題は新富町に限った話ではなく、多くの自治体にとって頭の痛い問題なのだ。日本ではごみの8割が焼却処理されている。世界を見渡しても、OECD加盟国の中で、日本ほど、ごみを焼却処理している国はない。

日本のごみ処理方法の割合(2021年3月30日に環境省が発表した令和元年度のデータを基にYahoo!Japan制作)
日本のごみ処理方法の割合(2021年3月30日に環境省が発表した令和元年度のデータを基にYahoo!Japan制作)

世界のごみ リサイクル+コンポスト率(OECDのデータを基にYahoo!Japan制作)
世界のごみ リサイクル+コンポスト率(OECDのデータを基にYahoo!Japan制作)

新富町には自前のごみ処理施設がなく、町内のごみを近くの市のごみ焼却施設まで運び処理している。新富町のごみの総量(平成25年度)は5,295トンで、そのうち「燃やせるごみ」は4,578トン(13)。

一般的に「燃やせるごみ」の約40%は生ごみである。しかも、生ごみの重量の80%は水分と言われているのだから、行政が「燃やせるごみ」と呼んでいても、実際は「燃やしにくいごみ」なのが現状だろう。その「燃やしにくいごみ」を燃やすために、せっかく分別回収した「プラスチックごみ」を燃料として加えている自治体もある。

前述の実証実験は、これまで新富町が焼却処理にまわしていた生ごみを、家庭で生ごみ処理機を使用して乾燥させ、分別回収後に公共コンポストで堆肥化し、肥料として市民農園やコミュニティーガーデンで野菜や園芸作物などの栽培につなげるというものだ。

生ごみ処理機をつかった食農循環システムのイメージ図(出典:新富町プレスリリース)
生ごみ処理機をつかった食農循環システムのイメージ図(出典:新富町プレスリリース)

生ごみの肥料で育った野菜を料理に使えば循環ができあがる。この小さな循環が日本中の地方自治体に広がれば、老朽化したごみ焼却施設の問題や温室効果ガス削減の一助になるかもしれない(14)。

ただし、家庭から出る生ごみを電気(火力発電の電力ならなおさら)の力で乾燥させることで、いくら生ごみを減量化しても、それは根本の食品ロスの削減にはつながらない恐れもある。筆者も2017年から自宅で生ごみ処理機を使い、生ごみを乾燥させているが、毎回、処理前後の重量を量るようにしている。計量することで、食品ロスが意識に上り、少しでも減らそうという動機につながるからだ。

お隣の韓国では、生ごみの分別回収が行われており、従量課金制を導入している。生ごみの重さに応じて住民が料金を負担するようにしたところ、生ごみを出す前に水を絞って重量を減らしたり、少しでも食品ロスを減らそうとしたり、住民の意識が変わってきたそうだ。

現在では食品廃棄物の95%が分別回収され、動物飼料(60%)、堆肥(30%)、バイオ燃料(10%)の3つにリサイクルされているという。食品廃棄物のリサイクル率95%という数字は、韓国がこの取り組みをはじめた1995年のリサイクル率が2%だったことを考えると脅威的である(15)。

ここで重要なのは、この行動変容の鍵となったのは、韓国の住民たちの「生ごみの処理はただではない」「生ごみの重量を減らせば安くなる」という気づきだったということだ。日本の地方自治体がサーキュラーエコノミーを活用して、生ごみの減量化に取り組むのはすばらしいことだが、自治体が一方的に費用を負担するようではあまり持続可能な取り組みにはならないかもしれない。

福井県池田町(人口2,628人)では、分別回収された生ごみを、牛ふん、もみ殻と混ぜて発酵させ、有機肥料「土魂壌(どこんじょう)」という商品にしている。農家や一般家庭に販売され、有機農産物を栽培する「ゆうき・げんき正直農業」に使用されている(16)。

サーキュラーエコノミーの循環をまわすための財源をどうするか、また、住民をどうやって動機づけるかは、今後の事業の持続可能性に深く関わる重要なデザインとなるに違いない。

福井県池田町の循環型農業(出典:池田町農業公社HP)
福井県池田町の循環型農業(出典:池田町農業公社HP)

上記の例はどちらも人口の少ない地方の自治体だから可能ということはあるかもしれない。人口の密集した都市部では難しいだろうか。

筆者も生ごみ処理機とコンポストを活用しているが、都市部の集合住宅のベランダでは育てられる野菜や植物は限られてしまう。生ごみは毎日発生するのに、熟成させたコンポストを使う機会はそれほどないのが頭痛の種だ。インプットに対して、アウトプットがはるかに少ないのだ。

公共コンポストを設置するように、集合住宅の管理組合や自治体に提案してみても、なかなかいい返事はもらえない。2022年夏にも、あるマンションの管理組合に公共コンポストを提案してみたが、理事会で「NO」の判断がくだされ、却下となった。緑地や街路樹はあるので、植え込みの中に熟成コンポストをまきたい誘惑に駆られるが、勝手にそんなことをしたら通報されてしまいそうなご時世だ。

食品通販業者・生ごみ処理機メーカー・消費者・農家による生ごみ循環

そこで考えたのが、食品通販業者と生ごみ処理機メーカーと農家のコラボだ。通販業者のドライバーが通い箱を回収しに来たときに、専用のバッグに入れた乾燥生ごみも回収してもらい、通販業者が提携する農家で乾燥生ごみをコンポスト化し野菜作りに活かしてもらうのだ。そして、育った野菜を通販業者が使う流れができれば、サーキュラーエコノミーになるのではないだろうか。これなら都市部の消費者にも気軽に参加できそうだ。

最後に

冒頭のジェーン・グドールの「森林再生プロジェクト」に話を戻そう。彼女は自分のいない未来のことまで考え、ゴンベ国立公園に暮らすチンパンジーと、その周辺に暮らす貧しい農民が共存できる未来をデザイン(設計)し、長い年月をかけて実現させた。

森林再生プロジェクトは、地域住民が主体となり、自分たちをとりまく環境をよくしようとする動きを「啓発」することに焦点を当てた。短期的な間に合わせのやり方ではなく、中長期的な視点で「何がよいか」を考えた

自然と共生するための持続可能なデザイン(設計)とは、サーキュラーエコノミーである。

ジェーン・グドールが偉人だからできたのだ、とは思わないでいただきたい。私たち一人ひとりが自分でできることをこつこつやって行くこと以外に、気候危機を乗り切る方法はないのだから。

参考資料

・『サーキュラーエコノミー実践』(安居昭博著、学芸出版社、2021/7/1)

・『サーキュラー・エコノミー』(サーキュラーエコノミー・ジャパン代表 中石和良著、ポプラ新書、2020/8/17)

・『サーキュラーエコノミー 循環経済がビジネスを変える』(梅田靖・21世紀制作研究所編著、勁勁草書房、2021/1/25)

・『ドローダウン 地球温暖化を逆転させる100の方法』(ポール・ホーケン編著、山と渓谷社、2021/1/5)

1)Public Awareness & Environmental Education - The Jane Goodall Institute

1-1)About Jane - The Jane Goodall Institute

1-2)Jane Goodall awarded the 2021 Templeton Prize(World Economic Forum、2021/5/20)

2)The unpalatable truth about food waste: it’s everywhere(WRAP、2021/3/17)

3)Food and Climate Change InfoGuide(columbia edu、2021/5/3)

4)A circular food system can withstand crises like COVID-19—and provide delicious meals(Phys.Org、2021/6/1)

5)Editorial: The pandemic let us imagine a world without waste(Los Angeles Times、2021/6/6)

6)Circular economy introduction(Ellen MacArthur Foundation)

7)Regenerative food production(Ellen MacArthur Foundation)

8)Eliminating food waste(Ellen MacArthur Foundation)

9)La Charte Harmony(LU)

9-1)Cultiver le blé selon la Charte Harmony(LU)

9-2)Vos questions(LU)

9-3)Design is one secret ingredient for thwarting food waste(GreenBiz、2021/4/29)

10)CMU's Lining Yao's Morphing Matters at SXSW(Carnegie Mellon University、2019/03/06)

10-1)A new twist on pasta dough could reshape food manufacturing(Science Magazine、2021/5/14)

10-2)Want to eat more sustainably? Try flat-pack pasta(World Economic Forum、2021/8/11)

11)Is a focus on shelf life masking other opportunities to reduce food waste?(Packaging Europe、2021/4/7)

12)Ny studie: Storpack ger matsvinn(Karlstads universitet、2020/4/29)

13)「広報しんとみ」(2015/6/25)

14)新富町、南九州大学、パナソニックが食品廃棄ロス削減と(パナソニック、2021/5/7)

15)How South Korea Is Composting Its Way to Sustainability(The New Yorker、2020/3/2)

16)生ごみ・牛ふん・もみ殻の「土魂壌(どこんじょう)」で有機米栽培 福井県池田町の取り組み(井出留美Yahoo!記事、2020/12/1)

食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)

奈良女子大学食物学科卒、博士(栄養学/女子栄養大学大学院)、修士(農学/東京大学大学院農学生命科学研究科)。ライオン、青年海外協力隊を経て日本ケロッグ広報室長等歴任。3.11食料支援で廃棄に衝撃を受け、誕生日を冠した(株)office3.11設立。食品ロス削減推進法成立に協力した。著書に『食料危機』『あるものでまかなう生活』『賞味期限のウソ』『捨てないパン屋の挑戦』他。食品ロスを全国的に注目させたとして食生活ジャーナリスト大賞食文化部門/Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2018/食品ロス削減推進大賞消費者庁長官賞受賞。https://iderumi.theletter.jp/about

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