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朝ドラ『カムカムエヴリバディ』 ドラマに出てきたさまざまな「三代の物語」 すべてを振り返る

堀井憲一郎コラムニスト
(写真:2018 TIFF/アフロ)

100年物語の怒濤の伏線回収の最終週

朝ドラ『カムカムエヴリバディ』は怒濤の最終話を迎えた。

100年の物語として、いろんな人たちのその後が描かれ、驚きをもって迎えられた。

ちょっとない朝ドラである。

三世代のヒロインが主演を交代していったのも珍しかった。

安子(上白石萌音―森山良子)、るい(深津絵里)、ひなた(川栄李奈)と三人入れ替わった。

長い時間を描いているから、ほかの家族も三世代、または四世代に渡って描かれている。

最終週に一挙に出そろった。

途中、紆余曲折あろうとも、少々停滞した時期があろうと、最後の最後に100年112話のいろんな流れをぐっとまとめるのを見せられると、ただただ、感心するしかない。

そういう点で成功した演出だったと言えるだろう。

紺野まひるが演じた「小川さん」との因縁

最終週に回収された意外な伏線をまず振り返る。

109話、ひなたはNHKからラジオで英会話教室を担当しないかと依頼される。

その依頼をしてきたのがNHKの小川未来というプロデューサー(だとおもわれる)。

紺野まひるが演じていた。

紺野まひるが出てくると、私はいまだに2003年の朝ドラ『てるてる家族』の一番上のお姉さん、とおもってしまう。

末妹が石原さとみ、三女が上野樹里、二女を上原多香子が演じ、長女役の紺野まひるを含めての四姉妹の物語であった。

紺野まひるは『カムカムエヴリバディ』でも印象深い役どころであった。

最初に出てきたのは、23話である。

昭和21年に出会った安子と小川さん

昭和21年当時、第一ヒロインの安子(上白石萌音)は娘のるい(2歳)と大阪で二人暮らし。芋飴を売って歩いてる帰途、ある家のラジオから「カムカム英会話」が流れてくるのを聞く。

そのまま毎日、夕方になって同じ塀の外に立って聞いていた。

そこが小川さんの家だった。

声をかけられ、一度は飴を渡して立ち去るが、再会して、親切にしてもらう。

家に上がってカムカム英語も聞かせてもらい、また仕事を世話してもらった。

安子は大阪にはほとんど知り合いがおらず、彼女に初めてできた心安まる知り合いが澄子さん(紺野まひるの二役)である。

幼児だった「るい」を見てくれていた小川家長男

家に上がったとき、幼い「るい」の面倒をその家の子たちが見てくれていた。

「るい」より少し年上の兄妹である。

その兄が、ひなたにラジオ依頼をした小川未来さんの父のようだ。

つまり、幼いころ少しだけふれ合ったことのある「るい」と小川家長男(敏夫くんと言うらしい)、それぞれの娘が、76年後、NHKラジオで番組をやることになったのだ。

安子によくしてくれた奥さん(小川澄子)−その息子(敏夫くん)―その孫娘のNHK職員(小川未来)と、三代続いて、安子、るい、ひなたと関わりを持つことになった。

このことについては番組内では説明されなかったので、23話あたりを見てる人だけわかるようになっていた。

ちょっとしたことながら、だからこそ、振り返ると感慨深い。

「ちょっとずつ商いを始めて、しっかりと生きていかれえよ」

もうひとつ、菓子司「たちばな」。

2003年の岡山のジャズフェスティバルを協賛していた和菓子会社であるが、安子が生まれ育った「たちばな」と関わりがあることがわかった。

最終話で、ジャズ喫茶の店長の健一さん(世良公則)が安子(アニー・ヒラカワ/森山良子)に事情を話してくれた。

終戦直後、昭和20年の秋、焼け跡の掘っ立て小屋で「たちばな」の幟を立て、父の金太(甲本雅裕)と娘の安子が菓子(おはぎのようなもの)を売っていた。

そのとき菓子を盗み食いした少年(おそらく戦争孤児)を捕まえた金太は、三十ほど入った菓子箱を少年に渡し、これを売ってこい、元値以上で売れたらおまえの取り分じゃ、それでいま盗み食ろうた菓子代を払え、と言い渡した。

走り去る少年をみて、まわりの大人たちはあほうじゃのお、戻ってくるわけなかろうと言う。

しかしその夜、少年はきちんと戻ってきた。

でもその場で父は倒れて帰らぬ人となってしまった。

金太が死んだあと、後日、あらためてやってきた少年は、店の始末をしていた安子に売上を渡した。

安子はそれをそのまま少年の手に返す。

「お腹いっぱい食べて、それからどげなことでもええ、ちょっとずつ商いを始めて……しっかりと生きていかれえよ」と送り出した(19話―20話)。

「たちばな」再興三代の物語

これはこれだけでおわっていい挿話だったようにおもっていた。

それが最終話で回収されたので驚いた。

2004年時点での「たちばな」は横須賀に本社のある店である。その由来は「なんでも岡山の闇市でおはぎを売りよった親父に、商いの楽しさを教えてもろうたんがきっかけ」と健一さんが話していた。

そのことを60年近く経ってから聞いた安子はしみじみと店の案内を読む。

この年、創業五十年になったという菓子司の社長は「高野信治」という人であり、逆算するなら1954年ころ、終戦から9年たったあたりで創業したことになる。

おそらく彼が二十歳になるかならずかのあたりからこの商売を始めたようだ。

何も説明せずに、黙って見つめる安子を見て胸迫るおもいであった。

生前の父が最後におこなったことが、まわりまわって、いまにつながっていた。

戦争で「たちばな」が焼けたあと、父の金太、そして兄の算太がたちばなを再興しようとしてうまくいかず、でも、たまたま出会った戦災孤児が、その魂を受け継いで、いまに菓子作りをつないでいた。

変形ではあるが、これもまた「再興の三代」の物語である。

ちょっと心打たれる三代である。

豆腐屋の「きぬちゃん」の三代

最終週で驚いたのは「きぬちゃん」である。

安子の幼馴染みで近所の豆腐屋の娘きぬ(小野花梨)は、子供のときから冷静で、落ち着いてまわりを見るタイプであった。勇が子供のころから安子のことを好きなのを彼女だけが気づいていた。(安子はまったく気づいてない)

きぬは、「安子篇」の最後まで、つまり38話まで出ていた。

38話で子供を出産して、そのあとは、ぱったり出なくなった。

それが最終週に孫が登場した。花菜ちゃん(小野花梨の二役)である。

安子の孫(るいの子)である桃太郎(青木柚)が、彼女を見るなり、付き合ってくださいといきなりの告白、そのまま翌年には結婚してしまった。

怒濤の展開である。

桃太郎と花菜に子供ができ、野球少年となり(父が子供のころから野球漬けにしたにちがいない)、どうやら甲子園にまで出場したようである。

結婚は2006年だから、おそらく2024年とか2025年の甲子園大会であろう

そのころは花菜が、回転焼き屋を継いでいる。

甲子園に出場した大月剣くんまで入れると「安子ときぬの昭和初年の仲良し」から四代続いたことになる。

「ケチ兵衛さん」の赤螺家の歴史

もうひとつ四代続いていたのは、町内会長の「赤螺」さん。

初代は岡山にいて、吉兵衛さん。あだ名はケチ兵衛。

彼は空襲で子供を守って亡くなる。

その子、吉右衛門ちゃんは京都へ移り、こんどはるいの回転焼き屋がある町内の会長さんであった。

吉右衛門の息子は吉之丞で、これはひなたの同級生。同じ同級生の小夜子と結婚し、小夜吉、伝吉が生まれた。

吉兵衛―吉右衛門―吉之丞―小夜吉の四代がしっかりとヒロインとからんでいる。

昭和8年(1933年)に安子の兄・算太がラジオを、平成5年(1993年)には安子の孫の桃太郎がCDプレイヤーを、「あかにし屋」から盗んでいる。60年の間隔を置いておこなわれた「盗み」であったが、すぐに返却したので、どちらも不問に付してくれている。そういう点では、あかにし屋さんは少しやさしい。

「こわもての田中」の60年

最終話でもう一つ別の意味で驚いたのは、ベリーさん(市川実日子)の旦那が徳井優が演じる「田中さん」であったことである。意味わからない。

ベリーの結婚相手は、62話で回転焼き200個を注文したときに話しており、それは「日本舞踊のお師匠さん」だったはずである。

徳井優が出ていたのは、まず7話、昭和15年、岡山の「たちばな」に借金取りに来る「こわもての田中」である。

次いで41話昭和37年、大阪の竹村クリーニングにほぼ難癖をつけにきていた「こわもての田中」。

この二回である。

最終話に出てきた「夫の田中」が彼らの血縁にあったとは考えにくい。

まったく連関のない制作側の遊びだったと考えたほうがいいのだろう。

あまりに情報の多い最終話のなかに、いきなり出てきたので、ひたすら混乱するばかりであった。おもしろいのだけれど。

(追記:66話に出てきた「アフロの田中」が抜けていました。1975年12月に、「およげたいやきくん」が流行し始め、回転焼きが売れなくなったとき、子門真人とそっくりの格好をした「アフロの田中」が店前を通ったので、るいが睨み付けたことがありました。セリフなく驚いて通り過ぎるだけの役。直後にベリーさんが「子門真人を恨んでもしゃあないやないの」と登場するので、この「アフロの田中」もまた「夫の田中」とは無関係だとおもわれます。

(ゆえに夫の田中の前に出ていた徳井優は三回)

ブン・イガラシの活躍

最終週には、いろいろ他の人の現在も示されていた。

ひなたのかつての恋人ブンちゃん五十嵐文四郎(本郷奏多)は、2022年ころにはハリウッドで活躍、「アクション監督ブン・イガラシさん。時代劇のワザで世界のアクションに挑む」と雑誌で特集されていた。

「サムライベースボール」から18年、あのときはまだ「アクション監督のアシスタント」と名乗っていたが、いまはもう立派なアクション監督であるらしい。(アクション監督は日本で言うなら殺陣師のようなものであって、映画監督ではない)

ジャズ喫茶「ディッパーマウスブルース」の80年

ジャズ喫茶・ディッパーマウスブルースもずっと続いている。

もともと昭和14年、14歳の安子が大学生の稔さん(松村北斗)と初めて二人で出かけた店である。そのときの店主が定一さん(世良公則の二役)。

その息子が健一さん(若いころが前野朋哉、年取って世良公則)で、彼は戦争に行って、終戦後もなかなか戻ってこなかった。

のちに店を継ぎ、そして孫の慎一(前野朋哉の二役)が店を手伝うことになる。

定一から健一、健一の子(登場せず)を挟んで慎一と一代飛んでいるが四代ぶんの歴史が描かれていた。

その店をなぜか、るいと錠一郎が継いだ。

かなり脈絡がないのだが、でもとてもすごくしっくりする、とおもった展開でもある。

桃剣の二代目襲名と大洋ホエールズの平松政次

桃山剣之介(尾上菊之助)も最終話で、美咲すみれ(安達祐実)と結婚した。

40年越しということになっていたので二人とも60歳前後、もしくはそれより少し上、ということだろう。

桃剣が二代目を襲名したのは、1965年の4月4日、大月ひなたが生まれた日であり、また、のちのホエールズのエース平松政次の岡山東商が甲子園で優勝した日でもある。

2025年60歳のヒロイン大月ひなたの今後

三代目ヒロインの大月ひなた(川栄李奈)は独り身のまま2025年を迎えているようであった。

2025年の4月で60歳なので、たぶんドラマの最後でぎりぎり59歳ではないかとおもわれる。

1976年(66話から67話)に映画村で会った少年ビリーが、じつはNHKラジオで一緒に出ているウィリアム・ローレンス(城田優)だと気づくのが、ドラマの最終シーンだった。

49年前、アメリカに帰る前に食べそこねた回転焼を、このあとビリーは49年ぶりに食べられるようである。(きぬちゃんの孫の花菜ちゃんが作ってくれるはず)

これが100年の物語のおしまいであった。

ひょっとしたらビリーとひなたは60歳になってからどんどん仲良くなっていくのかもしれないのだが、それはまた、べつのお話。

コラムニスト

1958年生まれ。京都市出身。1984年早稲田大学卒業後より文筆業に入る。落語、ディズニーランド、テレビ番組などのポップカルチャーから社会現象の分析を行う。著書に、1970年代の世相と現代のつながりを解く『1971年の悪霊』(2019年)、日本のクリスマスの詳細な歴史『愛と狂瀾のメリークリスマス』(2017年)、落語や江戸風俗について『落語の国からのぞいてみれば』(2009年)、『落語論』(2009年)、いろんな疑問を徹底的に調べた『ホリイのずんずん調査 誰も調べなかった100の謎』(2013年)、ディズニーランドカルチャーに関して『恋するディズニー、別れるディズニー』(2017年)など。

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