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『ハコヅメ』で永野芽郁はどうやって戸田恵梨香を圧倒したのか 朝ドラ主演女優二人の「たたかう」交番女子

堀井憲一郎コラムニスト
(写真:YUTAKA/アフロ)

夏ドラでもっとも印象的だった永野芽郁の警察官

2021年夏ドラマをおもいかえすとき、誰をおもいだすかというと、『ハコヅメ〜たたかう!交番女子〜』の永野芽郁である。

ドラマとして印象に残るのは『TOKYO MER〜走る救命救急室〜』や『#家族募集します』や『彼女はキレイだった』などもあったが、人としてなら圧倒的に永野芽郁の「川合巡査」だろう。

一見、戸田恵梨香を凌駕していた永野芽郁

『ハコヅメ〜たたかう!交番女子〜』は、戸田恵梨香と永野芽郁のダブル主演ドラマだった。

二人の主演だったのだが、印象としては永野芽郁のほうが圧倒的に強い。戸田恵梨香の存在感を凌駕していた。(あくまで表面上の印象の話)

交番で働く女性警察官ペアのドラマだった。

永野芽郁が新人の警察官、戸田恵梨香はキャリア10年の先輩警察官。

この二人のバディものかとおもいきや、「警察もの」(捜査もの)ではなかった。

ここが意外なところである。

『ハコヅメ』は「働く女子」のドラマだったのだ。

『ハコヅメ』では殺人が起こらない

「警察もの」でなかったというのはたとえば「殺人事件」が起こらないことを指している。考えてみれば、ほとんどの「警察ものドラマ」は殺人事件が起こる。人が殺されたところから始まる。

たまに「殺し」のないドラマもあるが、それでも何か事件は起こり、それを解決するのが見せどころになっている。

でも『ハコヅメ〜たたかう!交番女子〜』では殺人事件が起こらない。

事件を解決することもあるが、それが物語のメインには据えられていない。

ハコヅメ、つまり交番に勤める警官が処理するのは、もっと日常の茶飯事である。

交番の警察官は日常の雑事に追われている

ドラマ『ハコヅメ〜たたかう!交番女子〜』で川合巡査が1話から3話までに駆り出された仕事を列挙してみる。

・交通違反の取り締まり

・「忍者が出た」との通報で老人宅へ

・ひったくり犯を確保(川合巡査は追跡するも転倒)

・自殺するとの通報に駆けつける

・「東の空にUFOが見えた」通報に対応(空を見上げ目視できないことを確認)

・学校荒らしを確保

・覚醒剤使用のホストをラブホテルで確保

・寝たきり老人の死亡の検死に出向く

・スーパーでの万引きの対応

・コインランドリーの窃盗についての聴取

・痴漢被害に遭った女子高生の聴取

・おれおれ詐欺の受け子を確保

これで3話まで、である。

地味な作業が多い。

警察署はまた役所のひとつでもある

「忍者が出た」とか「UFOが見えた」というのはちょっとスリリングだが、どちらも通報があっただけで実物は確認できず、そのことをただひたすら書類に書き起こすばかりである。

このあたりはまったく役所の仕事と同じで、かなり煩雑そうだ。

犯人を逮捕することもあるが、それも日常業務の延長として描かれている。

その事件の解決だけに専念しているわけではない。

おそらく警察官の業務の実際はそういうものだろう。

一話のなかで複数の事件(通報)がある。

「警察でのお仕事ドラマ」であるのが『ハコヅメ』のおもしろさだった。

「たたかう!交番女子」のたたかう相手は、おそらく「どうでもいいようなことで忙しくなる日常」なのだ。

永野芽郁の巡査を見守るドラマ

永野芽郁が演じる川合巡査はまったくの新人である。

いっぽう戸田恵梨香演じる藤巡査部長は “ミスパーフェクト”と呼ばれるほど仕事を完璧にこなす。少々荒々しく「マウンテン メスゴリラ」とも呼ばれている。

どじっ子とミスパーフェクトのコンビドラマであった。

永野芽郁が演じた巡査は、失敗の多いどじっ子であるが、でもいつも一生懸命、それでいて愛敬たっぷり、でも言いたいことも言うという、キャラクターであった。あと、服装のセンスが絶望的にひどい。

最初はあまりにも頼りないが、やがてちょっとは仕事ができるようになり、最後は「彼女がいたからよかった」とおもわせる瞬間がある。

成長物語であった。

「成長するどじっ子」を演じさせると、ちょっといまの永野芽郁には誰もかなわない。

永野芽郁をかわいく見せたのは戸田恵梨香の存在

ただこれも戸田恵梨香とのコンビだから生き生きとしているという面がある。

戸田恵梨香が演じる巡査部長は、新人巡査の川合を可愛がり、ときに厳しく指導し、でも全体にやさしく見守っている。

ちょっと「可愛い小動物を手なずけている」という風情があって、戸田の演じる藤巡査部長の言うことを、とにかくきちんと聞く川合巡査がかわいらしくてしかたがない。

チェンソーを振り回す男が川合巡査の背後に近寄ったとき、藤巡査部長が「かわい!」と叫んで首を下げるだけで彼女はしゃがんだし、寮では「川合、あれ」と言うだけで彼女の望むものをすべて運んでくる。

基本ずっとやさしい気配がしているので、そういうところに嫌みがない。

これはやはり戸田恵梨香ならではの存在感である。

「泥棒というお仕事を選んだ理由は?」

永野芽郁の演じる新人巡査は、いろんなことが初体験で、でもすごく一生懸命なので、そこがとてもおもしろい。真剣だからズレていて、おもしろい。基本に忠実だ。

第1話では、伝説の空き巣犯(モロ師岡)が捕まり、時間があったので、川合巡査が初めて取り調べをする。必要がなかったが(このあと連行されて本格的に取り調べを受ける)、先輩が、何でも体験だからと、新人にやらせる。

第一声は「あ、じゃあ、泥棒というお仕事を選んだ理由は?」

うしろの戸田恵梨香に小声で「面接か」とツッコまれている。

つづいて「やっぱり泥棒するときってドキドキするんですか?」という質問をすると、泥棒が「……するよ、ドキドキするよー」と答えてくれ、「ですよねー、じゃあやり甲斐っていうか、泥棒やっててよかったなーってことありますか逆に」と畳みかけ、これによって気分がよくなった泥棒はぺらぺらと喋ってしまう。

ただこれがお手柄になったというような展開にはならない。

そこがドラマ『ハコヅメ』の味わいでもある。

「ストラップ状態の警察官」を自然に演じる永野芽郁

8話では、車両盗難犯を追い詰めたら銃を抜いたので、藤巡査部長(戸田恵梨香)も拳銃を構える。

うしろでミナモト巡査部長(三浦翔平)と隣合って川合巡査(永野芽郁)が伏せていたので、新人の彼女に銃は無理と見たミナモト巡査部長は、川合、おれに抜かせろと、彼女の腰につながれた拳銃を抜いて立ち上がって構えた。

ミナモト巡査部長の持つ拳銃は川合の腰とつながっているので、川合も仕方なく立ち上がり、腰を少し上げてくの字で静止している。

ミナモト巡査部長は「動くな!」と犯人に向かって叫ぶのだが、犯人ではなく川合巡査が「はい」と答えていた。

たしかに拳銃は紐で川合巡査の腰につながっているから動かないほうがいいのだが「はい」と答える永野芽郁がかわいらしくてしかたがない。

そのうしろで伏せていた山田巡査長(山田裕貴)は、心の中で「川合はストラップ状態だし」と絶望していた。

「ストラップ状態」を演じて、必死で、それでいて申し訳なさそうででも一生懸命、という永野芽郁のすがたが忘れられない。

すみまふぇーん、警察でーふ!

最終話では、このドラマの大きな鍵となる「戸田恵梨香たちの同期の女性警察官をひき逃げした犯人」の捜査をしていたのだが、大詰めのクライマックスなのに、永野芽郁が演じるととぼけた味わいになっていた。

みんなで追っていた容疑者と、永野芽郁の巡査が一人だけのときにばったり会ってしまう。

「どうしましょー」と先輩刑事に無線で連絡すると「自然にふるまって」と指示される。

意を決して容疑者と相対した川合巡査の第一声は

「すみまふぇーん、警察でーふ!」

であった。

腰が抜けそうである。

ドラマ一の名セリフは「あの、マウンテン、メスゴリラ!」

ドラマの最後に、彼女は警察署内で大声で叫ぶ。

「ちょっと、ここだけの話なんですけど、ペア長の藤さんの愚痴、聞いてくださいます? もうひどいんですよパワハラが」で始まる叫びは、最後「あの、マウンテン、メスゴリラ!」でおわる長いセリフで、これが当ドラマ一の名セリフだった。

マウンテンメスゴリラが名セリフというところが、ドラマ『ハコヅメ』らしいところである。

これで警察署内の空気ががらっと変わったのだ。

でかした川合、というシーンであった。

ご飯が何杯も食べられる「永野芽郁の巡査」

戸田恵梨香の巡査部長とのコンビを「ふたりは完璧なペアだな」と言われて「もう一度言ってくださーい、それだけでご飯何杯も食べられまーす」と答えた永野芽郁の巡査は、実際に焼肉の最中だったのでもう一度言ってもらって、ほんとうにご飯を食べ続けていた。(第6話)

繰り返し見れば見るほどおもしろい。

一回めにふつうにおもしろかったシーンが、二回、三回とみるほど、よけいに楽しくなってくる。

そういうふうに作られている。

ボケを引き出したのは戸田恵梨香のおとり捜査的策略か

「ボケ」役の永野芽郁が目立つドラマである。

ただ彼女の「ボケたかわいらしさ」は、それを引き出す戸田恵梨香があってこそ、というのが何度か見ているとわかってくる。

前に永野芽郁を押し出して目立たせ、うしろで戸田恵梨香がニマっと笑いながら物事を進めていく。

そういう構成になっていた。

このドラマ自体がある意味「おとり捜査」みたいになっているのだ。

なぜ永野芽郁が圧倒したように見えたのか

永野芽郁のかわいらしさがとにかく印象に残るドラマであった。

一見、それが戸田恵梨香を圧倒していたように見えた。初見ではそうであった。

それは、永野芽郁本人の真っ直ぐさと、ドラマの巡査役があまりにマッチしたからだろう。

『ハコヅメ』では彼女が圧倒的にお得な役だった。

戸田恵梨香は損な役まわりだとわかっていて演じていた。

一回見るだけだと、そこばかりがとても印象に残る。

だから永野芽郁が圧倒したようにも見える。

でも繰り返し見ると、もしくは丁寧に上司側から見るなら、戸田恵梨香の屹立した姿が心に刺さってくる。

戸田恵梨香の味わいが深い。

「永野芽郁のかわいさに圧倒される印象」を承知のうえで、戸田恵梨香がこの役を演じた気持ちもよくわかってくる。

どちらを重く見るかは趣味の問題だ。

ご飯が何杯もいけそうだ

ふたりの対決だと見るなら、永野芽郁のかわいらしさが勝っていた。

職場ドラマと見るなら、戸田恵梨香のような人になりたい。

きちんと両面性を持ったドラマであった。

続編があれば嬉しい。

もしなくても、この作品を繰り返し見てるだけでご飯が何杯もいけそうだから、それでもいい。

コラムニスト

1958年生まれ。京都市出身。1984年早稲田大学卒業後より文筆業に入る。落語、ディズニーランド、テレビ番組などのポップカルチャーから社会現象の分析を行う。著書に、1970年代の世相と現代のつながりを解く『1971年の悪霊』(2019年)、日本のクリスマスの詳細な歴史『愛と狂瀾のメリークリスマス』(2017年)、落語や江戸風俗について『落語の国からのぞいてみれば』(2009年)、『落語論』(2009年)、いろんな疑問を徹底的に調べた『ホリイのずんずん調査 誰も調べなかった100の謎』(2013年)、ディズニーランドカルチャーに関して『恋するディズニー、別れるディズニー』(2017年)など。

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