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浅草寺や比叡山も? お坊さんが日本最強のスポーツ「カバディ」とは

平野貴也スポーツライター
第30回全日本カバディ選手権で優勝した「BUDDHA」の半数は、僧侶【筆者撮影】

 大会のパンフレットをめくると、各チームの選手紹介が載っていた。あるチームの職業欄に目を通す。僧侶、僧侶、会社員、会社員、僧侶、専門学生、会社員、僧侶。8人中半分の4人が僧侶である。彼らは、11月2、3日に開催された第30回全日本カバディ選手権の優勝チームで、その名もBUDDHA(ブッダ)という。

 チームの主軸で、天台宗来迎山地蔵院延命寺(埼玉県さいたま市浦和区)の法嗣である河野雅亮は、カバディ日本代表の主将。2年ぶりの日本一を成し遂げて「ホッとしましたね。昨年も出場したのですが、大会2日目に参加できる人数が少なくて棄権という形で終わってしまったので。決まった日に人数を集めるのは、難しいです」と話し、タイトル奪還を喜んだ。

南アジアで盛ん、インドにはプロリーグも

 カバディは、インドやパキスタン、バングラデシュなど南アジアで盛んで、インドにはプロリーグもある。ドッジボールに似たコートを用い、攻撃側は1人(レイダーと呼ぶ)で敵陣に入り「カバディ、カバディ……」とつぶやきながら、相手にタッチして自陣に戻ればタッチした選手数分の得点を得られ、守備側(アンティと呼ぶ)は相手を戻らせずに捕まえれば1点を得るというのが、基本的な得点方法となる(詳細は、日本カバディ協会制作のプロモーション動画を参照)。

 攻守の接触後、レイダー(攻撃者)の体の一部(指先など)が敵陣との境目であるミッドラインを越えて自陣に戻るかどうかで、どちらの得点になるかが変わるため、最大7人がかりで1人を押さえつけたり、持ち上げたりして捕まえることもあり、迫力ある攻防が展開される。2006年にカタールのドーハで開催されたアジア大会では、会場に人が入り切らないほどの盛況を見せた競技だ。

発祥地インドから仏教系大学を経て普及

相手のタックルをかわしてレイド(攻撃)を成功させる河野(右)【筆者撮影】
相手のタックルをかわしてレイド(攻撃)を成功させる河野(右)【筆者撮影】

 しかし、日本ではマイナースポーツの領域を出ない。実業団等のバックアップ体制はなく、選手が各自で仕事と競技の両立を図っている。日本代表の主将である河野も普段は僧侶(つまり、お坊さん)として事務や法務を行っており、葬式などでお経をあげることもあるという。様々な職業の選手がいるが、日本のカバディ競技者は、僧侶の率が他競技に比べてかなり高い。インド発祥の競技カバディは、仏教系の大学である大正大学に(当時)国内唯一のカバディ部が創立されたところからスタートしたため、「僧侶の卵」である学生が競技者に多い状況になったのだ。

 大会実行委員で総務部長を務める清水谷尚順さんは、2006年にドーハで開催されたアジア大会に出場した元日本代表だが、現在は、観光地として知られる浅草寺の善龍院で住職を務めている。今大会で3位となったLapis Lazuli(ラピス・ラズリ)もBUDDHA(ブッダ)と同じく大正大学カバディ部のOBが中心のチーム。チーム名は、メンバーが務めている埼玉県富士見市の瑠璃光寺にちなんだもので「瑠璃」のラテン語読みとなっている。その瑠璃光寺で副住職を務めている櫛笥亮恵は、比叡山の天台宗務庁の元職員。現在は、日本代表のコーチも務めている。取材の際、選手を紹介してもらううちに「彼は真言宗で、向こうの彼は浄土宗の……」など、次々に僧侶を紹介されることになっていった。

宗派を超えて結束する僧侶軍団か、漫画「灼熱カバディ」熟読の学生軍団か

日本代表でコーチを務める櫛笥は、比叡山の天台宗務庁で務めていた経歴を持つ僧侶【筆者撮影】
日本代表でコーチを務める櫛笥は、比叡山の天台宗務庁で務めていた経歴を持つ僧侶【筆者撮影】

 ただし、現在のカバディ界は若い世代を中心に変化が生まれており、少しずつ一般学生の選手が増えている。櫛笥は「30代前半の我々の世代は、大学で競技を始めて5年くらいかけて日本代表に入るという流れでしたけど、今は、中学や高校から始める選手も出てきているので、競技キャリアが大きく変わって来ています。情報の伝達も早いので、我々が学生の時に比べると、今の学生は圧倒的に上手いです」と新世代の台頭を認める。

 近年は、人気漫画「灼熱カバディ」(小学館のスマホアプリ「マンガワン」、ウェブサイト「裏サンデー」で連載中)が普及の一助を担っている側面もあり、各大学で部活動やサークルの発足が目立つ流れになっている。若手チームの台頭は目覚ましく、今回の全日本カバディ選手権では、自由の森学園(埼玉県)の中学生、高校生のみで構成されたチーム「ジモディ」が3位と躍進(関連記事)。優勝したBUDDHA(ブッダ)の河野も「若い力の台頭、勢いを感じました。チームを作る人が増えていますし、東日本選手権で準優勝した大東ラビッツ(大東文化大のサークル)のように新興チームでも強くなってきているところがあり、勝ち進むにあたって、タフな相手が増えてきて、気が抜けないですね」と話したとおり、世代交代の風が吹き始めている。

 宗派を超えて結束する僧侶チームも健在だが、漫画をきっかけに浸透しつつある若い「灼熱カバディ」世代も台頭している。大正大学の学生と、そのOBである僧侶が日本代表の主力を担う時代から、今は若い一般学生が主体の時代に変わろうとする流れになっているのだ。日本代表の主将である河野は「まだ、数年は勝てると思っていますけど」とプライドをのぞかせて笑ったが、お坊さん最強時代は、いつまで続くのか。

■第30回全日本カバディ選手権大会 男子上位チーム

ライン際の攻防で白熱。攻撃者(レイダー)は、多人数に捕まえられる可能性があるが、多人数と接触しながら生還すれば、人数分の得点を得るビッグプレーとなる【筆者撮影】
ライン際の攻防で白熱。攻撃者(レイダー)は、多人数に捕まえられる可能性があるが、多人数と接触しながら生還すれば、人数分の得点を得るビッグプレーとなる【筆者撮影】

優勝:BUDDHA(大正大学OB主体)

準優勝:H.C.WASEDA(早稲田大学OB主体)

3位:Lapis Lazuli(大正大学OB主体)

3位:ジモディ(自由の森学園中学・高校)

<8強>

帝京リアライズ(帝京福祉・保育専門学校及び帝京大学OB主体)

WASEDA MONSTERS(早稲田大学非公認サークル)

JimO’b(自由の森学園OB主体)

Bullet ants(有志合同チーム)

スポーツライター

1979年生まれ。東京都出身。専修大学卒業後、スポーツ総合サイト「スポーツナビ」の編集記者を経て2008年からフリーライターとなる。サッカーを中心にバドミントン、バスケットボールなどスポーツ全般を取材。育成年代やマイナー大会の取材も多い。

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