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ケガを抱えた「フクヒロ」最後の挑戦、ライバルも認めた不屈の戦い

平野貴也スポーツライター
負傷を抱えながら、過酷な五輪レースを戦い抜いた「フクヒロ」ペア【筆者撮影】

 世界最強の守備力を誇る2人が、万全のコンディションで五輪の舞台に立つことは、かなわなかった。4月14日まで中国の寧波で行われたバドミントンのパリ五輪出場権獲得レースの最終戦、アジア選手権の女子ダブルス1回戦、福島由紀/廣田彩花(岐阜ブルヴィック)は、韓国ペアに0-2で敗戦。五輪出場権獲得の最低条件となっていた決勝進出は、果たせなかった。23年12月に、廣田が左ひざ前十字じん帯を断裂。大会前の発言から、ペアとして最後の挑戦になる可能性を示唆する中、苦戦を承知で戦い続けた五輪レースが幕を閉じた。

負傷の影響が明らかでも相手を脅かす善戦

 結果は、初戦敗退だ。しかし、強烈な爪痕を残す戦いだった。左ひざにプロテクターを装着し、その隙間から重厚なテーピングが見える廣田のプレーエリアは、極端に狭い。廣田は、自分が触れる範囲のシャトルを打つ。福島は、カバーする。それだけしかできない。相手の素早い返球に対し、廣田は移動が間に合わず、何度も「ごめん!」と福島にカバーを頼んだ。戦術の立てようもない。

 しかし、2018年から21年まで途切れながらも長く世界ランク1位に君臨したペアの底力は、尋常ではなかった。第1ゲームは、19-15とリード。攻めても攻めてもリードできない相手に焦りが見えた。終盤、相手がスピードを上げて猛攻を仕掛けてくると5連続失点で逆転を許したが、次の1点を奪って20オールと踏みとどまった。緊張感が高まる中、次の1点は、長いラリー。粘っていたが、福島のラケットのストリングが切れた。ラリー中にラケット交換を試みたが、廣田はカバーできず。福島がいた場所にシャトルを落とされて20-21。次の1点も失い、20-22でゲームを落とした。

会場に響いた、外国人ファンからの声援

倒れながら返球するなど粘りを見せたが、最後のラリーは笑顔もこぼれた【筆者撮影】
倒れながら返球するなど粘りを見せたが、最後のラリーは笑顔もこぼれた【筆者撮影】

 第2ゲームになると、相手のイ・ユリム/シン・スンチャン(韓国)が廣田を後方に下げて揺さぶりを狙うラリーを展開。負傷を抱えているとはいえ、油断できない相手と考えていることは、明らかだった。福島/廣田は、3月の欧州遠征で復帰。第1戦のフランスオープンでは、実戦でどこまでプレーできるか分からない不安の中で戦った。格下相手に敗戦寸前に追い込まれ、意地と根性で球を返す試合ぶりだった。ところが、第2戦の全英オープンになると、戦い方に慣れて準々決勝に進出。相手が「安全策」として廣田の手前に落として来るところを、廣田が狙い撃ち。相手が攻撃の合間につなぎ球を打ってくれば、福島が見逃さずに攻守逆転を仕掛け、世界ランク2位のペク・ハナ/イ・ソヒ(韓国)を慌てさせた。その戦いを知っているからだろう。イ/シンは、容赦なく廣田を揺さぶり、福島がカバーに近寄るとスペースへ配球。福島/廣田は、9-18と大きく突き放された。

 敗戦寸前。勝利が遠のく中、会場には、福島/廣田が長きにわたって見せて来た戦いの価値が、声となって響いた。「ガンバッテ」、「ジシン、モッテ」、「ユキ、サヤカ、ガンバレ」。日本人らしき観客の声援もあったが、ほとんどは、外国人と思われる声だった。安全圏に入った相手がひと息つく中、2人は声援を背に次々と得点。18-20と終盤で肉薄した。韓国ペアは、メディカルタイムアウトを要求し、流れを断ち切る徹底ぶり。最後は、高速ラリーで体勢を崩した福島が倒れながらも返球したが、押し切られた。最後の戦いをやり切れた思いもあったのか、福島はさすがに無理だと言わんばかりに笑っていた。

福島「国際大会に出るのは最後になる可能性もある」

福島は、ファンやスタッフに感謝を示した(左)【筆者撮影】
福島は、ファンやスタッフに感謝を示した(左)【筆者撮影】

 たくさんの声援に手を振り、コートを後にした。涙を見せた福島は「負けてしまいましたけど、最後までレースを戦い抜けて良かったのかなと思います」と言った。どれだけ劣勢になっても球を返し続ける鉄壁の守備と粘り強さ、挑戦を止めない姿勢は、苦しい試合になるほど強烈な存在感を放つ。連係面では、負傷の影響を隠せなかったが、ファンを魅了して来た芯の強さは、最後の戦いでも存分に輝いた。

 福島は「最後まで、いろいろな方が応援してくれて、声を出してくれたので、そのおかげで最後に何点か(追い上げて)積み重ねられたかなと思います。私たちが国際大会に出るのは最後になる可能性もあるので、そういう気持ちであいさつをしていました。12月にインドでケガをして、もうフクヒロの試合は見られない、みたいな雰囲気になっていましたけど、3、4月の3大会で見せられた。ファンの方にも見てもらえて良かったかなと思っています」とファンに感謝を示した。

 強い葛藤を抱えた、最後の挑戦だった。2人がパリを目指したのは、前回の東京五輪が背景にある。世界ランク1位だったが、大会直前に廣田が右足の前十字じん帯を断裂。準々決勝まで進んだが、本来の動きには程遠かった。今度こそ、万全の状態で五輪の舞台に立ちたい。その思いで進んで来た3年間の最後に、同じ苦しみを味わうことになった悔しさは、想像を絶する。廣田が辛かったのはもちろんのこと、福島も気持ちをどこに向けていいか分からない時期があった。福島は涙の理由を聞かれると「支えてくれたコーチとか、いろいろな人の顔が思い浮かんで……。負けたことが悔しいというより、本当にいろいろな方に支えられて、今までプレーして来れたと思っていたら、涙が出てきました」と話した。

世界1位のライバル、廣田の健闘に「涙が出るくらい感動」

左ひざを負傷した廣田(手前)。プレー範囲は狭まったが、シャトルに必死で食らいついた【筆者撮影】
左ひざを負傷した廣田(手前)。プレー範囲は狭まったが、シャトルに必死で食らいついた【筆者撮影】

 廣田は、不安と痛みの中を戦い抜いた。23年12月の負傷後、一度は手術を決断。五輪を諦める覚悟もした。しかし「後悔したくない」と翻意。手術をやめ、保存療法でリハビリとトレーニングを続けて来た。試合後は、目に涙を浮かべて「もっと試合がしたかったなという思いはありますし、ケガをして、迷惑をかけた部分がとても多かったけど、最後までサポートしてもらって、ここに立つことができて、福島先輩と最後までレースをやり抜くことができて、良かったなと思います」と思いを語った。福島という世界最高のレシーブ力を誇る選手のパートナーとして、あらゆる試合で狙い撃ちにされながら、耐え抜いてきた。そして、負傷して狙われてもなお、折れない強さを示した。

 世界ランク1位の陳清晨/賈一凡(チェン・チンチェン/ジァ・イーファン=中国)は、東京五輪の準々決勝で対戦したライバル。2人が最後まで挑戦を続けたことについて聞くと、賈は「廣田については、2人で何度も話したが、本当に信じられない。前回もそうだけど、今回も本当にすごい。涙が出るくらいに感動した」と話し、陳も真剣な眼差しで「ドゥイ、ドゥイ(そう、その通りだ)」と相づちを打った。

 廣田は、ひざを手術する予定。明言は避けたが、2人の挑戦は最後になる可能性が高い。五輪で、万全の福島/廣田を見ることがかなわなかったことは、残念としか言いようがない。ただ、ケガをしても、動けない中で追い込まれても、決して諦めない2人の戦いぶりは、見た者すべての脳裏に強く残り続けるはずだ。20年全英オープン優勝や3年連続の世界選手権準優勝など記録も素晴らしいが、それよりも、そのプレーぶりが記憶として残る。フクヒロ、敗れてなお強し。最後まで不屈のペアだった。

スポーツライター

1979年生まれ。東京都出身。専修大学卒業後、スポーツ総合サイト「スポーツナビ」の編集記者を経て2008年からフリーライターとなる。サッカーを中心にバドミントン、バスケットボールなどスポーツ全般を取材。育成年代やマイナー大会の取材も多い。

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