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経済成長率6.4%見通しのインドのアキレス腱

橋本淳司水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表
筆者撮影

人口の40%が安全な水を得られない

2023年、インドは人口世界一になった。国連人口基金の推計値では14億2860万人だ。2位中国は14億2570万人だが少子高齢化が進んでいるので、両国の人口の差は今後広がっていく。

国連の推計ではインドの人口は2060年頃までに約17億人に増えるとされ、人口ボーナスが続く。労働力豊富で個人消費が活発になり、その一方で高齢者が少なく社会保障費が抑えられるため経済が拡大しやすい。ここ数年の経済成長率の見通しでインドの成長期待は群を抜いていて、世界銀行の2024年度のインド経済成長率の見通しは6.4%と、世界全体の成長率2.4%を大きく上回る。

だが、インド経済のアキレス腱と見られているのが水だ。水は生活だけでなく農業生産、工業生産にも必要だ。合弁会社Vedanta Foxconn Semiconductors Limited(VFSL)が、「インド初の半導体製造事業」として注目を集めているが、半導体生産には清浄な水が大量に必要だ。

では、インドの水はどんな状況にあるのか。インド政府の政策立案機関「インド変革国家機関委員会」(NITI Aayog)の報告書(「COMPOSITE WATER MANAGEMENT INDEX」2019年)によると、約6億人が深刻な水不足に直面し、安全な水を利用できずに死亡する人が毎年20万人いる。さらに2030年までに人口増などから水需要が供給量の2倍になり、人口の40%が安全な水を得られなくなるという。具体的に見ていくことにしよう。

緑の革命と地下水の不足

インドの地下水使用量は世界一で(国際家畜研究所)、中国、米国2国の地下水使用量を上回り、すでに国内の52%の井戸の水位が低下している。

その理由として、気候変動の影響で乾期が長引き、雨の降り方が変わったことが指摘されるが、長期間にわたる無秩序なくみ上げも見逃してはならない。

第2次大戦後、開発途上国は経済を成長させるため、農業から工業へ転換した。農業生産が減少し、不足した食料を米国などからの輸入に頼るようになった。しかし、急激に人口が増えると食料が不足し、将来的に輸入だけでは賄いきれなくなるとわかった。

そこで開発途上国は再び農業に力を入れた。米国主導で開発途上国の穀物生産量を増やす「緑の革命」がはじまった。大量に水を汲みあげ、大量の肥料と農薬を使う農業のはじまりだ。

インド政府は灌漑ポンプに補助金を出した。インドには現在3000万以上の井戸があり、農家4戸に1つの井戸がある計算になる。近代的な農業技術によって穀物生産量は飛躍的に増加したが、水を使い過ぎた。インドでは地下水マネジメントが急務となっている。

水の汚染と健康被害

緑の革命での大量の農薬や肥料の使用は、米・小麦の収穫量を上げたが、一方で水を汚染した。水の無秩序な利用は汚染につながる。インドでは人口の8割が地下水を利用しているが、3分の1の地域でフッ素、鉄、塩分、ヒ素が基準値を超えて、飲用に適さない。


海沿いの複数の都市で井戸水が塩水化した。地下水を大量に汲み上げたことだけではなく、森林を伐採したことの影響も大きい。それまで地下に浸透していた雨が硬くなった山肌を流れていくようになると地下水は減る。海岸近くでは陸から流れていく地下水と海水とのバランスが崩れ、海水が井戸に入ってくる。

フッ化物で汚染された水を知らずに飲んで、フッ素症を発症した人もいた。フッ素症は歯のエナメル質、骨、消化器官や神経などに影響をおよぼす。歯に褐色の斑点ができたり、歩けなくなったりする。ガンジス川流域では地下水のヒ素汚染が広がっている。ビハール州の州都パトナにあるがん研究機関がブクサル県の多くの井戸で、有毒なレベルのヒ素と鉄が検出された。

テキスタイル産業と水の問題

テキスタイル産業を例に取って、工業化と水問題の関係を見ていこう。インドはテキスタイル産業で世界第2位の生産量を誇り、雇用創出や経済発展の柱となっている。しかし、大量の水を必要とし、また化学物質や汚水の排出により水環境に影響を与えている。

例えば、タミルナードゥ州のティルプールでは、縫製業が1980年代から発展した。縫製の染色工程には多くの水が必要であり、この地域は水が不足していたため、周辺の農村の地下水を利用した。しかし、これは違法な行為であり、地下水位の急激な低下や水資源の不均衡を引き起こした。

また、染色工程で排出される化学物質や汚水が地下水や川に流れ込み、環境汚染を引き起こした。これにより、地元の生活環境や農業にも影響が及び、さらに工業用水の調達が課題となった。問題に対応するため、2005年には遠隔地からの水の供給が行われるなどの対策が講じられた。しかし、汚染問題は依然として深刻で、2011年には厳しい規制が実施され、多くの工場が閉鎖を余儀なくされた。

水の枯渇や汚染という課題は依然として残っている。持続可能な水資源管理や環境保護に取り組む必要がある。

水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表

水問題やその解決方法を調査し、情報発信を行う。また、学校、自治体、企業などと連携し、水をテーマにした探究的な学びを行う。社会課題の解決に貢献した書き手として「Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2019」受賞。現在、武蔵野大学客員教授、東京財団政策研究所「未来の水ビジョン」プログラム研究主幹、NPO法人地域水道支援センター理事。著書に『水辺のワンダー〜世界を歩いて未来を考えた』(文研出版)、『水道民営化で水はどうなる』(岩波書店)、『67億人の水』(日本経済新聞出版社)、『日本の地下水が危ない』(幻冬舎新書)、『100年後の水を守る〜水ジャーナリストの20年』(文研出版)などがある。

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