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3月22日は「世界水の日」。「驚くほど軌道から外れたまま」のSDGs6。私たちはハチドリになれるか。

橋本淳司水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表
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「安全な水とトイレを世界中に」を達成するには、これまでの4倍の成果が必要

 「世界水の日」である3月22日からUN 2023 Water Conference(世界水会議)が国連本部で開かれる。水問題をアジェンダにした大きな会議の開催は50年ぶりのことだ。

 2015年、世界は「2030アジェンダ」の一環として、持続可能な開発目標(SDGs)6にコミットした。SDGs6には「安全な水とトイレを世界中に」という目標が掲げられているが、進捗は遅れている。

 ユニセフとWHOによってまとめられた報告書(『家庭の水と衛生の前進2000-2020』)によれば、世界では約20億人が、安全に管理された飲み水を使用できておらず、このうち約1億2,200万人は、湖や河川、用水路などの未処理の水を飲んでいる。

 また、およそ36億人が安全に管理された衛生施設(トイレ)を使用できない状況にあり、このうち約4億9,400万人は道ばたや草むらなど、屋外で排泄を行っている。

 開発途上国では長時間かけて水汲みにいくこともある。こうした生活の中では、当然ながら満足な教育を受けることができず、やがて大人になっても貧困から抜け出せないという悪循環に陥る。

 また、清潔なトイレの不足が、若い女性たちが学校に通いにくい原因ともなっている。国や地域によっては、夜間に用を足すために外出することで誘拐等の被害に遭うケースもある。

 このようにSDGs6の進捗は遅れており、UN 2023 Water ConferenceのWebサイトには「驚くほど軌道から外れたまま」と表現されている。2030年までに「安全な水とトイレを世界中に」を達成するには「これまでの4倍の成果を上げなくてはならない」とされる。

先進国でも広がる水への懸念

 水問題が起きるのは開発途上国ばかりではない。

 干ばつの続く米国ではセクター間の水の争奪戦が懸念されている。コロラド川流域ではここ数年、水の供給量が減り続け、都市と農村、企業と農場、環境保護団体と土地所有者などのあいだで水をめぐる争いが発生している。

 また、水不足を補うため、目には見えない地下水の利用が急増している。コロラド川流域の帯水層はすでに深刻な状況に陥っている。地下水の枯渇の約半分は灌漑が原因だ。農業は最も多くの水を使う産業で、全世界で利用できる淡水の7割以上が灌漑によって消費されている。

 昨年は記録的な高温と干ばつが欧州でも発生した。ノルウェーのバナクでは北極圏としては異例の32.5度を記録。フランス、スペイン、ドイツ、オランダなどで気温が40度近くになり、47度を記録したポルトガルでは1000人以上の死者が出た。欧州委員会は8月、「過去500年で最悪の干ばつに直面している」と指摘している。

 7月の欧州の熱波に関する記者会見では、WMOのペッテリ・ターラス事務局長が「われわれは大気に大量の温室効果ガスを送り込んだ。まるで運動選手の能力を高めるドーピングのようだ」と述べ、地球温暖化が熱波の強度や頻度の増加につながっていることを警告した。

 地球温暖化で気温が上昇すると、蒸発する水の量、空気中や地表に含まれる水の量が変わり、雨や雪の降り方が変わる。これが気候変動であり、干ばつや洪水という形で私たちの生活に影響を与えるのだ。

「いままでどおり」では持続は難しい

「世界水の日」には毎年テーマが掲げられるが、今年のテーマは"Be the Change You Want to See in the World."。

 直訳すると「見たいと思う世界の変化にあなた自身がなりなさい」。

 冒頭に置かれたBeには「なる」とか「ある」という意味があるから、一時的なアクションに止まるのではなく、「変化を自ら体現する存在になろう」と呼びかけているのだろう。

「世の中に変化を求めるなら、あなた自身がその変化そのものになるのですよ」という意味だろう。

「すべての人が安全な水を得られる世界を望むなら、あなた自身がそうした存在になるのですよ」

「豪雨災害で命を落とす人のいない世界を望むなら、あなた自身がそうした存在になるのですよ」

 一人ひとりが自分の問題として考え、自分のふるまいを変えていく必要があるというメッセージなのだろう。

ハチドリのひとしずく

 今回の会議のシンボルにはハチドリが採用されている。このハチドリは、ペルーのケチュア族に端を発する物語「ハチドリのひとしずく」に登場する。この物語は、国連のWebサイトで以下のように紹介されている。

https://www.unwater.org/bethechange/
https://www.unwater.org/bethechange/

 訳してみると以下のようになるだろうか。

 ある日のこと、森で火事が発生しました。

 動物たちはみんな命からがら逃げ出しました。動物たちは火のそばで、恐怖と悲しみを感じながら炎を見ていました。

 そんな彼らの頭上で、一羽のハチドリが何度も何度も火のそばを飛んでいました。

 大きな動物たちは、ハチドリに「いったい何をしているの?」とたずねました。

「火を消すための水をとりに、湖まで飛んでいくんだよ」

 動物たちはハチドリを笑い、「この火は消せないよ!」と言いました。

 ハチドリは「私は自分にできることをしているんだよ」と答えました。

 火事の森は温暖化した地球と考えることもできるだろう。

 危機のなかで、私たちは多くの動物になるか、それともハチドリになるか。

 恐怖と悲しみを感じながら眺めているだけなのか。

 行動する人たちを笑うだけなのか。

 3月22日の「世界水の日」に向け考えてみたい。

水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表

水問題やその解決方法を調査し、情報発信を行う。また、学校、自治体、企業などと連携し、水をテーマにした探究的な学びを行う。社会課題の解決に貢献した書き手として「Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2019」受賞。現在、武蔵野大学客員教授、東京財団政策研究所「未来の水ビジョン」プログラム研究主幹、NPO法人地域水道支援センター理事。著書に『水辺のワンダー〜世界を歩いて未来を考えた』(文研出版)、『水道民営化で水はどうなる』(岩波書店)、『67億人の水』(日本経済新聞出版社)、『日本の地下水が危ない』(幻冬舎新書)、『100年後の水を守る〜水ジャーナリストの20年』(文研出版)などがある。

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