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アジアの水問題。各国首脳は何を語ったか。日本における低炭素エネルギーとしての水

橋本淳司水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表
筆者撮影

気候変動への適応策、緩和策と水

 4月23日、24日に熊本市で開催された「アジア・太平洋水サミット」では参加国の首脳がそれぞれの「水問題」を語った。この機会に、あらためて水問題について考えてみたい。

 日本の岸田文雄首相は、集中豪雨の発生件数は30年前と比べ、日本で約1.4倍、アジア・太平洋地域で約3倍というデータを示しながら、「気候変動への対応に向け、既存ダムなどのインフラを最大限活用するため、デジタル化や技術開発を進める」とした。

 具体的には、国内に1500あるダムのデータ連携、AI(人工知能)によるダムへの流入量の予測や操作の最適化、下水道や農業施設などインフラの最適運用、土地利用の工夫、水田・ため池の持つ貯水機能の活用などをあげ、そのためには、気象衛星やスーパーコンピュータ富岳を活用した雨量や洪水の予測精度の向上が必要、とした。同時に「気象予測技術を活用した柔軟な水利用により、水力発電の活用を拡大し、カーボンニュートラルの実現にも貢献していく」。

 同時に、こうしたノウハウや技術をアジア・太平洋地域に供与する。

 1つ目はダムの有効活用。アジア太平洋地域に3万基以上ある既存ダムによる治水・利水能力の向上(気候変動適応策)と、水力エネルギーの増強(気候変動緩和策)を実現する。

 2つ目はインフラの最適運用。農業施設の整備、水田の雨水貯留機能の活用促進、小水力発電の推進、下水道整備による浸水被害軽減とバイオマスエネルギーの創出などの技術を提供する。

 3つ目は水道の整備。水道施設拡大・更新等の施設整備を支援する。

日本における低炭素エネルギーとしての水

 岸田首相の発言を首脳級会議で決まった「熊本宣言」と比較すると、宣言では気候変動緩和策として「低炭素エネルギーの活用」としているところが、首相の言葉では「水力発電」「小水力発電」となっており、水のエネルギー分野への活用への意欲を感じる。

 自然界で水を動かすのは太陽と地球だ。蒸発は太陽熱エネルギーにより、高所から低所への移動は地球の重力による。

 1898年、電話の実験を成功させたグラハム・ベルが日本の帝国ホテルで講演をし、こんな話をした。

「日本を訪れて気がついたのは、川が多く、水資源に恵まれているということだ。この豊富な水資源を利用して、電気をエネルギー源とした経済発展が可能だろう。電気で自動車を動かす、蒸気機関を電気で置き換え、生産活動を電気で行うことも可能かもしれない。日本は恵まれた環境を利用して、将来さらに大きな成長を遂げる可能性がある」

 日本は雨の多いアジア・モンスーン帯に位置し、その日本列島には雨を集める装置の脊梁山脈で覆われている。ベルは、米国ナショナル・ジオグラフィック(地理学)協会の会長でもあり、日本列島の気象と地形を見て、水力エネルギーの宝庫であることを見抜いた。そんなことを思い出した。

カンボジア、ツバル、ラオス、ウズベキスタンの水問題

 熊本には4か国の首脳が訪れ、登壇した。各国首脳のスピーチの要旨は以下のとおりだ。

カンボジア フン・セン首相

 気候変動による水資源の枯渇、水害を懸念している。水を持続可能な方法で管理するために生態系の保全、デジタル技術を活用した流域単位での水管理を実施し、水の安全保障を確保する必要がある。

ツバル ナタノ首相

 近年、水災害、渇水、海面上昇などに悩まされている。水資源を求めて海水淡水化を行っているが十分な水量は得られていない。旱魃も頻発している。雨水をいかに収集し活用するかが重要な課題となっている。また、未処理の生活排水によって河川等の富栄養化が進み、魚類が減少している。衛生的なトイレが必要だ。気候変動の適応策、緩和策と土木を統合的に行っていく。

ラオス パンカム首相

 気候変動により水の状態が変わっており、あらゆる国が水資源の最適な管理法を模索すべきだ。ラオスは水資源に恵まれ、60の流域をもち、メコン川に流入する水の40%を生み出す。水を経済資源として、水外交を重視する。国家戦略として水管理を行う。

ウズベキスタン ウムルザーコフ副首相兼投資・対外貿易大臣

 1960年代の当時、ソ連が灌漑用水路を整備し綿花栽培を行った。アラル海に注ぎ込むシルダリア川とアムダリア川から農業につかう水を採取した。2つの川から水をとった結果、アラル海に流れ込む水の量が極端に減り、アラル海が縮小した。

現在、露出したアラル海の湖底に植林を進めており、緑で覆われた土地の範囲が拡大しつつある。2018年には、大統領直轄の「アラル海沿岸地域国際イノベーションセンター」が設立され、2020年から2023年までを目標とした「カラカルパクスタン共和国の包括的社会・経済発展計画」を打ち出している。

社会の根底にある水問題

 水事情は各国違うが、共通しているのは、気候変動の水への影響を懸念し、具体的な対策に動き始めていることだ。国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、地球温暖化の原因は「人間が出した温室効果ガスで間違いない」という見解を示した。そして、「今後20年以内に、産業革命以前からの気温上昇が1.5度に達する可能性がある」と発表した。

 気温が上がると、もともと水の少ない場所では水が蒸発しやすくなり、乾燥が進み干ばつになる。干ばつになれば、農作物が作れなくなったり、人や生きものが住めなくなる。水の多い場所で気温が上がると、空気中の水蒸気の量が増え、湿度が高くなる。雲ができやすくなるので強い雨がひんぱんに降り、洪水が増える。洪水はゴミやふん尿などの汚染物質とともに、人々の住む場所や水源を襲う。そのため不衛生になり、水に困る。水道やトイレのない国や地域ほど、気候変動の影響を大きく受け、洪水や渇水に苦しむ。海面上昇などにより、住む場所を失う人もいる。

 家畜や農作物を育てるには水が必要だ。干ばつなどで水不足になると食べものがつくれなくなる。安全な水は健康に直結する。汚れた水を飲むと栄養不足の人はたちまち病気になってしまう。開発途上国では貧困のために水道や下水道が整備できず、安全な水を利用できない。先進国でも貧困のために安全な水を手に入れられない人がいる。水は貧困、飢餓、健康に関係する。トイレが整備されていないと、人前で容易に用を足せない少女たちは、学校へ行きたくても行けない。生きるための水汲みに時間を取られ、学校へ行くことも働くこともできない女性たちが大勢いる。

 水は社会のあらゆる問題につながっており、不足、汚染、災害によって私たちの生活は危機に瀕するが、気候変動によって、危機の発生確率は増している。

水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表

水問題やその解決方法を調査し、情報発信を行う。また、学校、自治体、企業などと連携し、水をテーマにした探究的な学びを行う。社会課題の解決に貢献した書き手として「Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2019」受賞。現在、武蔵野大学客員教授、東京財団政策研究所「未来の水ビジョン」プログラム研究主幹、NPO法人地域水道支援センター理事。著書に『水辺のワンダー〜世界を歩いて未来を考えた』(文研出版)、『水道民営化で水はどうなる』(岩波書店)、『67億人の水』(日本経済新聞出版社)、『日本の地下水が危ない』(幻冬舎新書)、『100年後の水を守る〜水ジャーナリストの20年』(文研出版)などがある。

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