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東日本大震災、福島第一原発事故後に起きた飲み水の異変を覚えているか

橋本淳司水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表
著者撮影

210ベクレルの放射性ヨウ素が検出

 2011年3月11日の東日本大震災から12日後の3月23日、東京都金町浄水場など首都圏の水道水から、厚生労働省が通知した乳児向けの暫定基準値(1キログラム当たり100ベクレル)を上回る210ベクレルの放射性ヨウ素が検出された。

 都は金町浄水場の給水範囲となる東京23区、武蔵野市、町田市、多摩市、稲城市、三鷹市で乳児(約8万人)のいる家庭に、550ミリリットル入りのペットボトルを1人あたり3本配布することを決めた。

 なぜ、東京都の水道から放射性物質が検出されたのか。

 出元は福島第一原発だった。崩壊した建屋から、放射性物質の一部が大気中に放出された。放射性物質は雨に混じったり、川を流れたりして浄水場に集まった。また、事故後の風の影響で関東一円にも広がった。

 当初、東京水道局は利根川水系に放射性物質が入ったと説明してた。利根川水系を形成する流域界(河川の水源の境界線)のほとんどが、福島第一原発から200キロメートル圏内で、大気中の放射性物質が3月21~22日の雨で河川に流れ込んだという見解だった。

 利根川の汚染された水が利根大堰(群馬・埼玉県境)から始まる武蔵水路を通じ、直接的な汚染から免れていた荒川にも流れ込んだ。

 しかし、金町浄水場の数値の高さは、それだけが理由ではなかった。金町の北側には放射能のホットスポットが多いことから、浄水場周辺に降った放射性物質を含んだ雨が直接影響したと考えられる。

 また、同じ自治体でも、川の水を原水とする浄水場の水からは放射性物質が検出されたものの、地下水を水源とする浄水場の水からは検出されないケースもあった。一般的に、地下水は放射性物質の影響を受けにくい。地表に積もった放射性物質は雨によってしみ込むものの、地表から数センチの粘土層に付着するので、深くから染み上げた井戸水は問題なかった。

 厚生労働省は3月27日までに、全国の水道事業者に対し、水道水への放射性物質流入を防ぐため、降雨後の取水を中断したり、貯水池をビニールシートで覆うよう要請した。一般的に浄水場は雨ざらしになっているので、ビニールシートによって放射性物質を含んだ雨が入るのを防いだ。

 6月13日、厚生労働省の検討会は「新たな大量放出がなければ、今後も摂取制限が必要になる可能性は低い」との見解をまとめた。半減期の長い放射性セシウムの影響が懸念されていたが、既存の浄水処理で除去可能とする実験結果などから「安全宣言」を出した。検討会の報告では、半減期が8日の放射性ヨウ素は4月以降、水道水の検査でほとんど検出されていないことから「問題なし」とされ、また、放射性セシウムは、大雨で土壌などから湖や川に流れ込んでも、大部分が土砂に吸着した状態で存在していることがわかった。その土砂が水中を流れ、水道水用に取水されても、浄水処理過程で土砂とともにセシウムも除去できるため、浄水管理を徹底していれば「問題なし」との結論に至った。

ペットボトル水の価格が急騰2リットルで1200円

 そもそも被災地に重点的に配送され品薄だったペットボトル水だが、東京都の浄水場から放射性物質が検出されると、スーパーやコンビニから完全に姿を消した。買えても1人1と制限された。通販サイトでもペットボトル水は売り切れた。

 すると売り手側に変化が表れた。これまで見かけなかったペットボトル水メーカーがテレビCMを打つ。オークションサイトでは、西日本や九州の人が自宅の水道水や井戸水を出品し、10リットル200円(送料別!)でも買い手がついた。東京都の水道水は10リットル二2.5円だから80倍の価格で売られた。

 高額なペットボトル水もスーパーの棚に並んだ。2リットルで500円〜1200円したが、それでも買う人がいた。通常売られている商品は2リットル99円((務省「小売物価統計調査」/2018年)なので、5〜12倍の価格で取引された。

 私はこれが「水が市場にのる」ということかと感じた。水が不足すると需要と供給のバランスが崩れ、水価格が上昇する。水不足が深刻になると価格はさらに上昇し、安全な水は金持ちだけのものになる可能性がある。

 世界で水問題を抱える国や地域では「水は高いところから低いところへ向かって流れるのではない。金のあるところに向かって流れるのだ」と懸念されているが、その一端を垣間見る思いだった。

不安に便乗した悪徳商法、国民生活センターへの相談は、事故発生から2カ月で1400件

 東北・関東地方の一部の市町村において、水道水から基準値を超える放射性物質が検出されると、不安に便乗した悪徳商法が横行した。国民生活センターへの相談は、事故発生から2カ月余りで1400件を突破した。その内訳は、不必要な住宅リフォーム工事の高額契約、電力工事を装った電気修理の高額請求、災害義援金の募集を装った詐欺、放射性物質の除去や被ばくの低減をうたった浄水器の高額販売などだ。

 悪質な浄水器販売業者は、「99%放射性物質が取り除ける」などと、不安を逆手にとった売り文句で近づいてきた。たとえば、「このまま水道水を使っていたら子どもがガンになってしまう」などと不安を煽り、「関東地方の人はみんな買っている人気商品だから、いますぐ決めないと買えない」などと焦らせた。

 放射性物質の危険性をネット上で繰り返し叫んでいた人物が、じつは浄水器を販売していたケースもあった。浄水器の点検を装って家に上がり、商品を不当に高い値段で売りつける「点検商法」は高齢者をねらった。被害に遭ったにもかかわらず、そのことに気づいていない人もいた。

 業者は浄水器を購入した人のリスト(業者間でリストが出回っている)を元に、「前に浄水器を売った営業所が閉鎖されたので代わりに点検します」などと嘘をついて訪問した。

 浄水器を点検した後に「ひどく汚れているけれど、カートリッジの型が古くて製造中止になっている」「放射性物質がたまっていてこのまま使い続けると病気になる」などと不安をあおり、高額で新しい浄水器を売りつけた。

 さらには飲料水業者を装って、架空の未公開株や社債を売りつける悪質商法もあった。東北地方の水源地を所有する会社を名乗る男が「震災で水が不足しているので年6~8%の高配当が得られる」と勧誘したり、「安全な水の需要が高まっている」と社債の購入をすすめした。

 水は飲まなくて生きていけない。その水がなくなったり、汚染したりしたのだから、慌てるのも無理はない。しかし、そこに商機を見出している人々がいたことも記憶にとどめておきたい。

水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表

水問題やその解決方法を調査し、情報発信を行う。また、学校、自治体、企業などと連携し、水をテーマにした探究的な学びを行う。社会課題の解決に貢献した書き手として「Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2019」受賞。現在、武蔵野大学客員教授、東京財団政策研究所「未来の水ビジョン」プログラム研究主幹、NPO法人地域水道支援センター理事。著書に『水辺のワンダー〜世界を歩いて未来を考えた』(文研出版)、『水道民営化で水はどうなる』(岩波書店)、『67億人の水』(日本経済新聞出版社)、『日本の地下水が危ない』(幻冬舎新書)、『100年後の水を守る〜水ジャーナリストの20年』(文研出版)などがある。

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