オリンピック水泳会場に砂を投入。「トイレのような臭さ」は解消されるのか
ヘドロを砂で覆う
東京都は2月8日から、五輪トライアスロン会場の水質改善のため、お台場海浜公園に砂を入れ始めた。工事は3月末まで続き、砂代は約6千万円かかる。
昨年のテスト大会では、ここで泳いだ選手から「トイレのような臭さ」との声が上がり、パラトライアスロンではスイムが中止になった。
はたして、砂を入れることで「トイレのような臭さ」はなくなるだろうか。
今回選択された手法は「覆砂(ふくさ)」という。閉鎖水域の水底に砂を敷き詰め、水質や底質の改善を図るねらいがある。今回の事業では、伊豆諸島の神津島の漁港浚渫(しゅんせつ)工事で出たものが活用される。
事業のイメージを以下の写真で説明する。現在のお台場海浜公園の水底には以下のようにヘドロなどがたまっている。
そこを厚さ15センチ程度の砂で覆う。
期待される効果が発揮されるまでのメカニズムをまとめると以下のようになる。
覆砂(ふくさ)は、博多湾(福岡県)、三河湾(愛知県)、津田湾(香川県)、米子湾(鳥取県)などで行われ、効果も検証されている。
2019年8月、国土交通省出雲河川事務所が、中海最奥部の米子湾で実施している覆砂事業の調査結果を発表した。
米子湾の事業は2013年度に始まり、現在も継続中。水深2~4メートルの湖底に、砂や石炭灰造粒物を20センチ厚でかぶせている。調査では14年度の覆砂実施地点の効果について、水中の栄養塩の値を測定・比較した。
・A)覆砂実施地点(4箇所) 実施前(13年度測定)
・B)同箇所 実施後(18年度測定)
・C)同箇所近くの未実施地点 (18年度測定)
その結果、BとCを比較すると、Bのほうが窒素が8分の1、リンが7分の1に減少したことがわかった。
AとBの比較でも、おおむねBの値が低下していた(実施後の窒素の数値が高い数値を示した箇所があったが、出雲河川事務所は、堆積物の植物が分解中だったことが影響した可能性が高いと説明している)。
また、香川県東部に位置する津田湾においては、覆砂による底質の改善、栄養塩類溶出量の削減、生物相の回復等の効果が明確にみられ、かつ、その効果は17年間維持されていることが確認されている。(「津田湾における覆砂事業の環境改善効果の検証について」(西本朋弘/四国地方整備局 高松港湾・空港整備事務所 海洋環境課)
また、以下の写真は前述のモデルを上から見たものだが、仮に水質に変化がなくても、印象はよくなる。
「下からの汚染」と「上からの汚染」
このように一定の効果は見込めるものの、覆砂は対症療法と考えられている。浚渫などによってヘドロが取り払われているわけではないので、微量とはいえ、底層から汚染物質は出てくる。砂の働きが時間とともに弱くなると水質や底質の改善効果も失われる。
また、そもそも覆砂のねらいは、ヘドロ化した底泥を砂で覆い、栄養塩などの溶出を低減すること。底泥からの水質悪化という「下からの汚染」に対する効果は見込める。
その一方で、閉鎖水域に生活排水が継続的に流れ込むなどの「上からの汚染」の問題は残っている。ここを改善しなければ、結局は新たなヘドロが堆積していってしまう。
2019年3月、鳥取市の湖山池の環境保全を議論する「湖山池環境モニタリング委員会」が鳥取県庁で開かれ、水質改善策として実施する覆砂計画の見直しについての報告があった。池内のヘドロを厚さ30センチの砂の層で覆い、水質悪化を抑えるのが目的だが、試験施工の結果、深い場所では浮遊物の沈降などで再堆積があり、水質改善効果が年々弱まることが判明している。
覆砂によって「下からの汚染」に対するある程度の応急処置はできたとして、東京湾に注ぐ生活排水という「上からの汚染」にはどのように対応するか。
未処理の汚水が流れ込むという課題
下水道には合流式と分流式という2つの方法がある。
合流式の特徴
・下水道が1本ですむので建設費・維持管理費が少なく、他の地下埋設物との競合が少ない
・管径が大きく勾配が小さいため汚物が管内に堆積しやすい
・大雨などで対応できる流量を超えると、未処理のまま河川などに放流される。そのため水質汚濁を招く可能性がある
分流式の特徴
・下水道が2本必要で建設費・維持管理費が高く、他の地下埋設物と競合する
・汚水は下水処理場で処理されるので、河川や海への流出はない
・道路などが汚れていた場合は、雨水はその汚れとともに河川や海に放流される
東京23区の下水道は合流式である。そのため豪雨により一度に大量の雨水が下水管に入った場合、下水処理施設の処理能力を超え、汚水が処理されないまま川へ流れる。生活排水だから当然トイレの水も含まれる。こうした水が東京湾へと流れ込む。これが「上からの汚染」だ。
下水道を合流式から分流式に変えるには、30年以上かかるともいわれ、オリンピックには到底間に合わない(長期的に考えても工事やコスト面で難しい)。
そこでこちらも対症療法が採用される。
「上からの汚染」にスクリーンは対応できるか
東京都は「上からの汚染」への対策として、競技会場周辺の海に汚水の浸入を抑制する水中スクリーンを設置している。
水中スクリーンは、1枚が長さ約20メートル、深さ3メートルで、ポリエステル製。約400メートルにおよぶポリエステル製の巨大なカーテンが、豪雨時に海に出てくる汚水と汚物を堰き止めるとされる。
図でわかるようにスクリーンは上下があいている。これは浄水場の沈殿池のように、水が流れるうちに汚れを下に落とそうという工夫だ。ただ、ウイルスや菌は水と密度が同じなので水と一緒に動いてしまう。
また、カーテンは潮位の高さ、潮流の激しさに完全には対応できない。
すなわち「上からの汚染」をシャットアウトしているわけではない。これまでの実験では、3重スクリーン内では大腸菌類の抑制効果は認められた。しかし、他の水質項目については超過する日があった。つまり、「トイレのような臭さ」になる可能性は残っている。
対症療法と原因療法
いまとなってはしかたないことだが、オリンピックをきっかけとして、お台場の海をきれいにするために原因療法を実施することはできたはずだ。それこそがオリンピックのレガシーとなったはずである。
下からの汚れに対し、ヘドロの浚渫を行ったり、マイクロナノバブルなどによりヘドロを減らしていく。上からの汚れに対し、下水処理方法を改善するなどである。
今後も対症療法を積み重ね、オリンピック期間中に「トイレのような臭さ」にしないことは可能だ。
だが、お金の使い方としては疑問が残る。オリンピックのための投資は、その後のまちづくりに活かせるものでなくてはならない(すでにそうではないお金の使い方がされていることは遺憾だ)。
オリンピックはあくまできっかけであるべきだ。
これから実施して、将来に役立つこととなると、雨水貯留の促進と生活排水に関するキャンペーンではないか。
まず、雨水貯留の促進。お台場海浜公園はオリンピック開催期間である8月頃にいちばん汚れる。それは前述のとおり、雨量が多くなり、下水処理されない水が海に流れ込むことと関係する。雨水は貯留すれば、個人宅や地域で活用することができ、水不足に対応することもできる。
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東京湾に注ぐ河川流域で雨水の貯留を促進することは、これからできる方法で、なおかつ将来のまちづくりに役立つ。
もう1つは生活排水に関するキャンペーン。トイレの水を流すことを止めるのはさすがに無理だが、台所から油などを流すのを止めることはできる。ミツカン水の文化センターの調査によると、1995年~2009年までの平均値に比べ、2017年の「下水道への環境配慮」が大きく低下していることがわかった。なかでも「油を流しから流さない」人は49.9%と少なかった。
排水口は海への入り口。一人ひとりが協力できることはある。こうしたことで、「上からの汚染」を軽減していくことはできる。