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水道「コンセッション」方式、国内1号が年内誕生か

橋本淳司水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表
イメージ(著者撮影)

契約が重要なコンセッション

 宮城県で、上下水道事業の運営権を民間に委ねる「コンセッション方式」導入に向けた条例改正案が県議会に提出されている。

 閉会日の12月17日に採決される予定だ。

 可決されれば、業者選定を経て、2022年4月に動きだすというロードマップが描かれており、水道コンセッション方式の誕生が年内に決定づけられることになる。

 上水道へのコンセッション方式導入は、10月施行の改正水道法に基づき可能となった。

 村井宮城県知事は、東日本大震災後、沿岸漁業権を民間に開放する水産業復興特区、仙台空港(名取市、岩沼市)のコンセッションなど、国内初の試みを打ち出し、実現させてきた。それゆえ県内では「民間導入と『初物』は知事の得意技」と言われる。

 一方で、参入のしやすさ、スピードを重んじる制度設計や議論の進め方は、民間導入のリスクを過小評価しているとの批判もある。

 ここで、あらためてコンセッション方式について考えてみたい。

 コンセッション方式は、行政が公共施設などを保有したまま、民間企業に運営権を売却・委託する民営化手法の1つだ。平成23年の民間資金活用による社会資本整備(PFI)法改正で導入された。

 完全民営化、業務委託、コンセッションを比較すると以下のようにまとめることができる。

事業形態の比較(著者作成)
事業形態の比較(著者作成)

 表のなかの、仕様書発注と自由裁量という点について補足する。

 仕様書発注とは、水の作り方や方法、水質など各種基準を詳細に設定している。加えて、仕様書作成の段階で受注企業の役員報酬、従業員給与、税金負担分、株主配当金などは一般管理費として工事原価とは別に積算基準に明示される。

 一方の自由裁量とは、「仕上がり」を基本にした「性能発注」のこと。水の作り方などは民間事業者の自由裁量に任される。民間の創意工夫によって業務の効率化が図られると期待される一方で、自治体の監督は難しくなる。

 だが、上記は一般論であって、注意して欲しい点は、コンセッションというのは「しくみの大枠」であること。詳細は自治体と企業(企業コンソーシアム)との個別契約によって決まる。

 したがって、コンセッションは契約が要である。

 たとえば、水道事業のどの部分を企業がどう行うか、どちらがどのような責任を負うかなどを詳細に契約する。

もう1つの要がモニタリングと情報公開

 そして、契約事項がきちんと遂行されているか、企業は情報を公開し、自治体はモニタリングを行う。

 もともとの契約に不備があったり、企業の情報公開が十分ではなかったり、自治体にモニタリング能力がないと、金の流れや業務の質が見えにくくなる。

 契約やモニタリング体制に不備があると、料金が上昇したり、サービスが悪化する可能性がある。

 これを防ごうとすると、さまざまな費用が上乗せされる。コンセッションにともない加算されると予測されるコストは以下のとおりである。

<企業側に発生するコスト>

・調査・手続き費用…事業の調査、官民対話(競争的対話)を行ったのちに応札・応募する時に、コンサルタント報酬が発生

・契約・手続き費用……落札後、公共と「基本協定書」、「PFI事業契約書」、参加企業間の「基本契約書」、金融機関と「資金調達に関する契約書」などを締結する時に、コンサルタント・弁護士報酬が発生

・資金調達の金利……SPCが金融機関から調達する資金は公債と比較して金利高。公債とプロジェクトファイナンスの信用力の差

・役員報酬……SPCの取締役等へ役員報酬、SPC株主への配当金

<自治体側に発生するコスト>

・調査費用……事業の調査、官民対話(競争的対話)を行ったのちに応札・応募する時にコンサルタント報酬が発生

・契約・手続き費用……参加企業と「基本協定書」、「PFI事業契約書」、金融機関と「直接協定/ダイレクト・アグリーメント」などを締結する時にコンサルタント・弁護士報酬が発生

・モニタリング費用……事業の実施状況について適切な監督(モニタリング)を行う必要がある。内部でモニタリングできない場合、専門家に委託

 宮城県が強調するコスト削減の中に、上記の要素は入っているのだろうか。

20年間、20年後というスパンで考えたときの不安要素

 コンセッションは契約期間が長い(20年程度)のが、特徴である。

 そのメリットは、自治体の財政負担が軽くなり、民間の経営は安定するとされる。

 一方、デメリットは、競争原理が働かず公共サービスの質が低下する、自治体側のノウハウが喪失するなどとされる。

 もう1つ特筆したいのは、変化に柔軟に対応できるかという点である。

 20年というスパンで社会を見たとき、今後どのような変化があるだろう。たとえば、気候変動、人口減少、IoTやAIなど技術革新があげられる。それを見込んだ契約をすることができるのだろうか。

 コンセッション導入から数年は能力のある職員がいて、企業の業務が適正かを監督できるし、災害時には現場で対応することもできる。

 だが、コンセッション導入から一定の年月が経過すると水道事業に精通した職員は減る。一方でIoTやAIなど技術革新は進む、環境変化も進む。管理監督する立場にある水道職員の、知見の不足、災害対応能力の減少が起きる可能性がある。

20年間で起きること(著者作成)
20年間で起きること(著者作成)

 コンセッション契約の終了する20年後には、水道事業を経験している職員の多数が退職している。コンセッション契約を更新せざるを得ない状況になり、民間企業に有利な契約内容になる可能性もある。

 人口も大きく減る。宮城県の人口は、平成29年10月から30年10月までの1年間に8800人減少した。それが20年間続くとすると17万6000人減少することになる。1人当たりの水使用量を250リットルとすると4万4000トンの水使用量減になる。水道施設のダウンサイジングをしなければ、料金は上昇しているだろう。

 海外でコンセッションした水道が再公営化した事例がある。そして、「その割合は少ない」と指摘される。しかし、普通に考えれば、よほど自治体に資金と人材がなければ難しいということがわかるだろう。

 大切なのは、コンセッション契約が終了する20年後のビジョンをもつことだ。おそらく村井知事の頭には2040年の水道事業のビジョンはないのではないか。将来ビジョンを見定めてから、経営手法を選択してもまったく遅くはない。

水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表

水問題やその解決方法を調査し、情報発信を行う。また、学校、自治体、企業などと連携し、水をテーマにした探究的な学びを行う。社会課題の解決に貢献した書き手として「Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2019」受賞。現在、武蔵野大学客員教授、東京財団政策研究所「未来の水ビジョン」プログラム研究主幹、NPO法人地域水道支援センター理事。著書に『水辺のワンダー〜世界を歩いて未来を考えた』(文研出版)、『水道民営化で水はどうなる』(岩波書店)、『67億人の水』(日本経済新聞出版社)、『日本の地下水が危ない』(幻冬舎新書)、『100年後の水を守る〜水ジャーナリストの20年』(文研出版)などがある。

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