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国有林を伐採する権利が民間企業に。土砂災害が多発しないか

橋本淳司水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表
豪雨によって崩れた山(著者撮影)

豪雨が頻発する時代に皆伐を進めて大丈夫か

 日本の森林の有り様を変える法改正が進んでいる。

 4月25日の衆院本会議で審議入りした「国有林野管理経営法改正案」はまもなく衆議院を通過し、参議院へと向かうが、この法案の注目度は著しく低い。著者が調べる限り、2019年1月1日から5月14日までに「国有林野管理経営法」が新聞に取り上げられたのは26件で、専門紙と地方紙が中心である。大手メディアでは取り上げられていない。

 この法案は「林業の成長産業化」をめざすものだが課題が多い。

 企業に長期間、森林を伐採する権利(樹木採取権)を与えるが、植林は義務付けていない。土砂災害を引き起こす危険をはらむ。持続可能な森林経営という点でも疑問が残る。

 この点をもっと慎重に議論する必要がある。

 折しも沖縄県与那国町を豪雨が襲った。5月13日午前9時50分までの1時間に約100ミリの猛烈な雨が降り、1日3度の「記録的短時間大雨情報」が発表された。いまだに「異常」気象と報道するメディアもあるが、ここ数年の度重なる豪雨災害を振り返れば、もはや「通常」と理解したほうが対策が進むだろう。

 気温が上昇すれば水循環は変わる。

 海水の温度が上がり、海面から水の蒸発が活発になる。

 また、海上の大気の温度が上がると、空気中に含むことのできる水蒸気の量が増え、湿度が高くなる。湿度が高くなると雨が降りやすくなる。日本周辺の水蒸気量は増加傾向にあり、そこに冷たい空気が吹き込むと激しい雨が降ってくる。

 森林には保水力がある。しかし、皆伐(一定の区域をすべて伐ること)されていればその力は弱まり、環境によっては土砂災害を引きおこす可能性がある。

バイオマス発電のために皆伐される森林

 「国有林野管理経営法改正案」は、国民の共有の財産である国有林を民間企業などに開放するもの。国有林の一定区域で、一定期間(最長50年)、林業経営者に樹木を採取する権利(樹木採取権)を創設する。

 国会で公明党の稲津久氏は「法案が林業の成長産業化にどのような役割を果たすのか」と政府に説明を求めた。

 吉川貴盛農相は、成長産業化へ林業経営者の育成を重視し、「経営者を育成するには安定的な事業量の確保が必要」と、国有林から長期的に樹木を採取できるようにする法案の意義を強調した。

 ここから読み取れる法改正のねらいは、大型国産材産業・バイオマス発電事業に木材を安価で大量に供給すること。それによって林業を成長産業にしようというものだ。

 地域の供給力を超える大規模なバイオマス発電の燃料用材の需要は大幅に増えている。東日本大震災以降、「放置人工林を間伐し、間伐材をバイオマス発電して、地域振興に利用」という理想的な絵が描かれたが、バイオマス発電事業は大きくなり、間伐材だけではなく、良質のA材や外国からの輸入材も利用している。

 法案では「樹木採取権」に関して一定の制限・制約を課しているが、前述したように伐採後の植林と森林の再生が「義務」ではなく「申し入れ」に止められている。対象の国有林が皆伐後に放置される可能性もある。また、放置された場合は、植林にかかる費用は税金によってまかなわれる。

 災害の多発も懸念される。世界的には持続可能な森林経営や気候変動に対応するための森林保全が進む中、逆行する政策といえる。

 NPO法人自伐型林業推進協会の調査によると、2017年、福岡県朝倉の豪雨災害地域では、調査した皆伐地全箇所で崩壊が確認された。2016年の岩手県岩泉の豪雨災害においても皆伐地の近くで土砂災害が起こっていることがわかる。

 また、川下での都市用水、農業用水の深刻な不足と質の低下も予測される。

 すなわち、一部の事業者の短期的な利益のみを満足させるもので、多くの林業者、国有林近くにすむ住民、将来をになう子供たち、地球環境、地域環境に大きな不都合をもたらす可能性がある。

高級品のA材を活かす道を

 林野庁は「新たな森林管理システム」によって、川下の大型木材産業へ安価で大量の木材を供給するために国有林の伐採を強化しようとしている。それによって収益を上げようとしている。しかし、用いられる手法である欧米型の大型高性能林業はそもそも日本には向いていない。欧米は一般的に、寒帯で少雨、緩勾配の山が多いが、日本は温帯で雨が多く、急峻で入り組んでいる。

 本当に林業を成長産業にしたいなら、日本の特徴を生かした成長戦略がある。日本は国土の7割を森林が占め、高品質のA材が多い。世界的に木材資源が減少し、A材が高級品となっている。50年税金をつかって育ててきた森林を皆伐して燃やしてしまう(バイオマスエネルギー)というのはあまりにももったいないし、持続的とは言えない。

 間伐をしながら良質の木材を育てて輸出すれば世界のA材市場を独占することも可能だし、高付加価値の木材加工品を創造する道もある。持続可能な地域社会をつくりながら、林業を成長産業にすることは可能なはずだ。

 さらに言えば、森林は林業のためだけにあるわけではない。「社会的共通資産」なのだ。

 宇沢弘文著『社会的共通資本』によると、

「社会的共通資本は、一つの国ないし特定の地域に住むすべての人々が、ゆたかな経済生活を営み、すぐれた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を持続的に、安定的に維持することを可能にするような社会的装置を意味する。社会的共通資本は、一人一人の人間的尊厳を守り、魂の自立を支え、市民の基本的権利を最大限に維持するために、不可欠な役割をするものである。社会的共通資本は、たとえ私有ないし私的管理が認められているような希少資源から構成されていたとしても、社会全体にとって共通の財産として、社会的な基準にしたがって管理・運営される」

 とあり、その管理方法について、

「それぞれの分野における職業的な専門家によって、専門的知見にもとづき、職業的規律にしたがって管理、運営されるものである。社会的共通資本の管理、運営は決して政府によって規定された基準ないしはルール、あるいは市場的基準にしたがっておこなわれるものではない」

 としている。

水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表

水問題やその解決方法を調査し、情報発信を行う。また、学校、自治体、企業などと連携し、水をテーマにした探究的な学びを行う。社会課題の解決に貢献した書き手として「Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2019」受賞。現在、武蔵野大学客員教授、東京財団政策研究所「未来の水ビジョン」プログラム研究主幹、NPO法人地域水道支援センター理事。著書に『水辺のワンダー〜世界を歩いて未来を考えた』(文研出版)、『水道民営化で水はどうなる』(岩波書店)、『67億人の水』(日本経済新聞出版社)、『日本の地下水が危ない』(幻冬舎新書)、『100年後の水を守る〜水ジャーナリストの20年』(文研出版)などがある。

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