2022年2月2日追記

 岸田総理が出席した2月1日の総合科学技術・イノベーション会議において、案通り決定しました。

総合科学技術・イノベーション会議(第58回)議事次第

岸田総理は第58回総合科学技術・イノベーション会議を開催しました

政府、大学ファンドの制度設計決定 10兆円規模、24年度支援開始(毎日新聞)

大学ファンド案 年3%の成長要求(Yahoo!トピックス)

 岸田総理は以下のように語っています。

第3に、人材育成・教育・研究力を一体として捉え、イノベーションの源泉となる人の力を最大限引き出すための施策パッケージを取りまとめます。トップ研究大学を作るための法案を、今通常国会に提出するとともに、地域の核となる意欲的な大学の力を引き出します。

首相官邸ホームページより。

 今後議論は国会の場に移ります。今後もしっかりとウォッチし続けていきたいと思います。

大学の10兆円ファンド案出るが…

 2022年1月19日、話題の「10兆円大学ファンド」の最終まとめ案が、内閣府から発表された。

総合科学技術・イノベーション会議 第12回 世界と伍する研究大学専門調査会

 この会議のなかで、以下が公表された。

世界と伍する研究大学の在り方について最終まとめ(案)

地域中核・特色ある研究大学総合振興パッケージ案  2

 2004年の法人化以来、運営交付金削減が続く国立大学。ジリ貧状態の起死回生策として期待の声が大きかった10兆円ファンドであり、研究者の間からは期待の声があがっていた。

 だが、まとめ案を見ると、残念ながらごく一部の限られた大学を手厚く支援する、いわゆる「選択と集中」の路線の変更はないようだ。

 さらに、支援を受けられる場合も「お金が欲しければ改革をしなさい」という、近年政府がよく用いるいわゆる「毒まんじゅう」方式となるようだ。

 SNS上では、研究者の落胆の声が漏れ聞こえる。

最終案を見てみると…

 公表された最終案をみてみたいが、ここでは読売新聞が要点をとらえた報道をしているので、それを引用したい。なお私は読売新聞の千人計画報道を強く批判しているが、読売新聞自体を否定しているわけではないので、その点ご理解いただきたい。

最終案は、まず数校を選んで2024年度から配分し、段階的に対象校を増やしていく方針を示した。

選定条件として、外部収入などで「年3%」の事業成長を図ること

対象に選ばれた国立大には、構成員の多くを学外者で占める合議体「法人総合戦略会議」の設置を求め、大学の経営方針や監督に外部の意見を反映できる体制整備を義務付けた。

出典:「国際卓越研究大学」に年数百億円支援・大胆なガバナンス改革も義務付け…ファンド最終案(読売新聞)

 大学ファンドが「選択と集中」「毒まんじゅう」となる懸念については、私も昨年の9月に記事を執筆しているが、残念ながらその懸念が的中する形となってしまった。

「稼げる大学」改革とノーベル賞候補の中国移籍(9月6日追記あり)

 今回の記事では、大学ファンドにおける「選択と集中」「毒まんじゅう」の問題点に加え、それにもかかわらずそういった方針が策定され続ける背景にある「誤解」について述べたい。

「選択と集中」と「毒まんじゅう」により疲弊する日本の大学現場

 2004年の国立大学法人化以来、各大学に配分される教育や研究を含めた大学運営の予算である運営交付金の削減が続いている。

 その背景には法人化した大学が自ら研究資金を取りに行くべきという政府の方針があったわけだが、それと並行して日本の大学の研究力、世界大学ランキングが低下し続けていることは、ここ数年大手メディアでも広く取り上げられるようになってきている。

日本の注目論文は過去最低10位 国際的地位低下 (産経新聞)

東大36位、京大54位、中国の大学は世界トップ20入り 日中格差のなぜ (ダイヤモンドオンライン)

 民間からの研究資金等が、運営費交付金の減額を埋められるほど獲得できる大学は残念ながら多くはない。財政基盤の弱い地方大学を中心とした大学現場の悲惨な状況も伝えられている。

「プリンター印刷費用と研究室の電気代だけで校費がなくなる」「校費が足りず、研究関連の出張が自腹となってしまっている」

「卒研生が実験するための消耗品代が捻出できず、卒業研究をまともに行うことができない」

出典:東大が中国勢より下位に…上海の研究者が見た、大学ランキング・日本「一人負け」の原因 (文春オンライン)

 これでは世界と戦う以前の問題だ。

 こうした状況を打破するために期待されたのが、この10兆円の大学ファンドだ。しかし、大学ファンドの支援対象がわずか数校となるようでは、日本の多くの大学で起きているこのような「惨状」を解決することはできないのではないだろうか。

 もちろん、地方大学には「地域中核・特色ある研究大学総合振興パッケージ」で支援が行われるわけで、決して政府が無視しているわけではないが、このパッケージも、政府が中核、特色あると認定しなければ支援されないので、結局は選択と集中だ。

 そして、支援対象となる大学も、前述のとおりこれと引き換えに大学の運営に様々な「改革」を求められる「毒まんじゅう」方式となるという。

 こうした「毒まんじゅう」方式は、長年行われてきた。正直現場では、終わらない改革要求に対応せざるを得ないという状況になっている。改革するために時間を費やさざるを得ず、学生・院生に対する教育指導と研究活動という本来もっとも大切なものを犠牲とするという本末転倒な結果となっているのが大学現場の実感であろう。

書類作成の作業には、当然、かなりの時間と労力が必要とされます。それによって犠牲にされがちなのが、学生・院生に対する教育指導と研究活動です。つまり、本来は大学にとって最も大切なはずの業務や活動に向けられるべき時間と労力が「改革」のために費やされてきたのです。そして、このような事情を背景にして生じる「改革疲れ」は確実に大学の組織としての体力を奪っています。事実、上からの改革に対応するだけで手一杯になっていることもあって、大学人が現場発の改革案を打ち出していくことは非常に難しくなっています。

出典:大学をあの手この手で改革しようとした末路 佐藤郁哉『大学改革の迷走』(じんぶん堂)

 こうした「改革疲れ」の影響は、実際に研究時間の減少という形で統計にも表れている。法人化前の2002年に46.5%あった大学教員の研究時間は2018年には32.9%まで減少している。研究時間が減れば研究力は当然下がる。それでもまだ「改革が足りない」となるのであろうか。

教員の研究時間割合 02年度より13.6ポイント減(東大新聞オンライン)

「大学の収入源の多様化」は不可欠か?

 大学現場が疲弊する中、それでも「選択と集中」と「毒まんじゅう」が続くのはなぜだろうか。

 これを知るには政策を策定する側の声が参考になる。

 今回の大学ファンドの提唱者と目される甘利明議員はTwitterで以下のように述べた。

 また、インタビューで以下のように語っている。

――世界大学ランキングは気にならないか。

甘利 知識産業体になれるよう改革が進めば、自然と上がる。世界ランキングを発表しているある出版元から日本の大学に対して助言がきたそうだ。「資金調達源を多様化してください」と。

出典:自民党税調会長 甘利 明 氏 国立大学は「知識産業体」の自覚を (教育新社)

 この発言に対応するように、大学ファンド支援の条件として、大学収入源の多様化、特に企業からの収入が重視されている。また、あわせて「年3%の事業収入増」も条件となっている。

 だが、事業収入の多様化が世界大学ランキングにおいて重要であるというのは大きな誤解だ。

 影響力が大きいQS世界大学ランキング、THE世界大学ランキングともに、採点評価対象となる項目とその割合を公表している。そのうち、大学収入の多様化に対応する項目はQS版ランキングにはそもそも存在しない。また、THE版のランキングにおいてもそれに対応すると思われる「Industry income」が評価に占める割合はわずか2.5%だ。いずれのランキングも研究と教育およびそれに伴う評価項目がほとんどを占めている。

 実際、QS社の担当者自身も、事業収入の多様化が必要といったコメントではなく「主要大学だけでなくすべての大学に対し、資金を最適に配分することが不可欠」と「選択と集中」路線と正反対のコメントをしている。

QS社の担当者は、「日本の高等教育機関(大学)は、アジア、特に中国の高等教育機関と比べて、勢いが減退している。日本の大学の競争条件を公平にし、十分な研究予算を確保し、主要大学だけでなくすべての大学に対し、資金を最適に配分することが不可欠」とコメントしている。

アジア大学ランキング 上位は中国、韓国が席巻 日本は競争力減退「十分な予算を」(高校生新聞)

 甘利議員が世界ランキングの出版元から聞いたとして紹介している話とは対照的だ。

「選択と集中」では人材流出は防げない

 また、上述の甘利議員のツイートでは、10兆円ファンドは海外への人材流出対策、特に最近話題の中国への人材流出対策を意識したものであることが示唆されている。

 しかし「選択と集中」方針の路線でそれは防げるのだろうか。答えは否と言わざるを得ない。主に二つの理由からだ。

 まず「ほとんどの大学が支援対象となっていない」という単純な事実だ。

 そして、中国に渡る日本人研究者は、中国のほうが日本より給与が良いからといったような理由で異動している訳ではないということだ。若手からベテランの研究者に至るまで、日本に安定した職がないという切実な実態が背景にある。

 だとすると、「選択と集中」によりごく一部の研究者を高待遇化したとしても、それにあてはまらない大多数の研究者には関係がない。

若手中堅については、そもそも引き抜きというより、日本の大学が厳しい状況にあり、日本に職がなかったというパターンが多く、給与も「相場は「年収450万~750万円」」と決して高額ではないようだ。

 また、シニアについても、かなり有名な研究者ですら「日本の大学で勤務時と同額を保証」だという。そしてそれらシニアについても、日本の国立大学を定年後、日本に職がなく、やむをえず定年後中国で研究というパターンが多いようである。

また研究分野も、読売新聞が心配しているような応用研究者より、天文といったような「日本で支援が得られず職がなくなっている基礎分野」の研究者が多い。さらには、そもそも日本から「流出」させるどころか、科学技術の多くの分野で日本よりも中国のほうが大きくリードしているという事実もある。

出典:読売新聞「千人計画」特集が覆い隠す日本の基礎科学の危機 (榎木英介)

 だが、大学ファンドの提唱者である甘利明議員も、中国の日本人研究者に関して「高額な年棒で招聘」などとブログに記しており、中国へと日本人研究者が渡るのは給与が高額だからと考えているようだ。

「売国奴」「スパイ」千人計画でバッシングに。日本人研究者たちが鳴らす警鐘とは? (BuzzFeed Japan)

 政治家だけではなく、一部メディアもこのような風潮を煽っている。

朝日新聞エース記者発言「中国の大学で日本人研究者に数億円の給料」は本当か?(榎木英介)

 こういった「中国へ研究者が渡るのは高待遇だから」という先入観、実態と異なる認識は、的外れな研究者バッシングにつながるだけではなく、「中国からの高待遇引き抜きに対応するためにはさらなる選択と集中を」といった的外れな対策にもつながる。百害あって一利なしだ。

「選択と集中」「毒まんじゅう」方式の支援からの脱却を

 運営交付金が一貫して削減され続けてきた国立大学にとって、「大学ファンド」は「最後の希望」ともいえるものであった。それだけにそれを最大限活かすことが難しい「選択と集中」「毒まんじゅう」方式となるのは非常に残念なものである。

 既に最終まとめが提出された後ではあるが、今後支援対象が拡大される際には、より幅広い大学が支援対象となることを、また、支援にあたっては「改革疲れ」を大学側に引き起こさないような配慮がなされることを願っている。

 今の大学に問題がないとは言わないが、「より幅広い支援」「改革疲れからの解放」、この2点が日本の大学再生への鍵であると信じているからだ。