中国人研究者からの技術流出 ~その背景にある「日本の問題」朝日新聞が経済安全保障関連記事

 「LINEの個人情報管理問題」の報道等で朝日新聞のエース記者として知られる峯村健司記者(編集委員)が、ニッポン放送のラジオ番組に出演し、語った内容がウェブの記事として公開されていた。

中国人研究者からの技術流出 ~その背景にある「日本の問題」

 このインタビューは、最近朝日新聞が経済安全保障に関する特集記事を掲載したことを受けてのものだ。

 これらの朝日新聞の特集記事は、これまで中国の大学の日本人研究者、それも安全保障関連の機微技術の研究者ではなく基礎研究者ばかりをなぜかバッシングの対象にしてきた読売新聞の千人計画関連記事とは異なり、「中国人研究者」「安全保障関連の機微技術」に着目しており、その点で大きく評価できる内容だ。

 私はこれまで読売新聞の千人計画関連記事について厳しい指摘をしてきた。例えば中国で軍事関連の研究には中国籍が必要であること、安全保障関連の機微技術と基礎研究の線引きが重要ではないかと問うた。

「日本からの応募が増えました」読売「千人計画」バッシングが加速させる「人財」の中国流出

 朝日新聞の記事はその点を踏まえている。その点で評価ができるのだ。

 しかし…。

中国の大学で日本人研究者に数億円の給料?

 インタビューの中で1つ非常に気になる発言があった。

峯村)実際に中国がどのように人材確保しているかというところで言うと、浙江省などは何億円という形で給料を出し、日本人のリタイアした科学者の方々をリクルートしています。家付き、秘書付き、車付きで、お仕事も「適当にやっておいてください」というような待遇です。学者からすると天国のような状況をつくっているのです。

中国人研究者からの技術流出 ~その背景にある「日本の問題」

 これは本当だろうか?

 中国の大学の待遇について、朝日新聞の記事は以下のように指摘する。

A級のランクを受けた場合、給料は120万元(約2100万円)以上で上限はない。350万元(約6200万円)の住居購入費、110万元(約2千万円)の赴任手当、毎年200万~1千万元(約3600万~1億8千万円)の研究費など計780万~1580万元(約1億4千万~2億8千万円)以上がもらえる。

厚遇で人材引きつける中国 報酬は1億円超、学者人脈も活用

 記事には確かに「計780万~1580万元(約1億4千万~2億8千万円)」という記載がある。だが、これをもって「何億円という形で給料を出し」とするのは無理がある。

 理由は以下のようなものだ

1. A級ランクの人材とされているのは、院士(米国科学アカデミー会員に相当)をはじめとするノーベル賞級の人材であり、単に「日本人のリタイアした科学者の方々」ではない。実際、記事中で説明されているのはそういった待遇が制度上可能であるという話であり、「日本人のリタイアした科学者の方々」が実際にそういった給料をもらっているという具体的なケースは一切紹介されていない。

2. また、中国の大学の日本人研究者らに確認したところ「住居購入費と赴任手当については、その支給対象となる研究者の場合でもその額が毎年もらえるものではなく、着任の際の一度限りのもの。また多くの場合、5年から10年にかけての分割払い。」ということであり、給与と並列に毎年その額がもらえる前提としてそれぞれ足し算するのはおかしいとのことである。

3. 上記の足し算には研究費も含まれているが、研究費は個人的に自由に使えるお金ではなく給料ではない

 つまり、朝日新聞の記事の記述そのものに厳密には嘘はないが、「毎年もらえる給料」と「着任時の一度限りかつ分割支給が基本の住居購入費と赴任手当」「毎年もらえるが個人的に使えるわけではない研究費」をそれぞれ足して「計780万~1580万元(約1億4千万~2億8千万円)」とし、それをもとにした「厚遇で人材引きつける中国 報酬は1億円超」とした見出しはやや「盛っている」と言わざるを得ない。

 厳密にいえば、ノーベル賞級の人材が中国の大学に着任した場合、数千万円の年収となるというのは確かだろう。だが、「何億」ではないし、それが「日本人のリタイアした科学者の方々」という話には元記事ではなっていない。

 以上をまとめると、峯村記者の発言は、(ノーベル賞級の人材の場合、複数年分の収入として)「報酬は1億円超」というやや見出しが既にオーバーなところに、「何億円という形で給料を出し、日本人のリタイアした科学者の方々をリクルート」という形で、見出しをさらに膨らませている。

 つまり、元記事そのものにはそこまで大きな問題はなかったものの、元記事→記事見出し→ラジオ出演と人の手を経るにつれ、伝言ゲームのようにどんどん話が膨らんでいっている。レバレッジをかけているようなものだ。

 私は過去の記事で、中国に渡る若手研究者やシニアの実態を以下のように書いた。

 若手中堅については、そもそも引き抜きというより、日本の大学が厳しい状況にあり、日本に職がなかったというパターンが多く、給与も「相場は「年収450万~750万円」」と決して高額ではないようだ。

 また、シニアについても、かなり有名な研究者ですら「日本の大学で勤務時と同額を保証」だという。そしてそれらシニアについても、日本の国立大学を定年後、日本に職がなく、やむをえず定年後中国で研究というパターンが多いようである。

読売新聞「千人計画」特集が覆い隠す日本の基礎科学の危機

 峯村記者のインタビュー記事でも、日本の科学の厳しい支援環境について言及されており、それ自体は取材に基づいた妥当な記載だ。

 だが、日本の大学研究者が中国に渡る現状は「給与が何億」だからではない。それ以前に日本の大学に職がないという厳しい現状がある。研究分野も、安全保障関連の機微技術の研究者ではなく、天文学のような基礎研究者が多いのが実態である。

 冒頭のラジオ番組出演のインタビュー記事のヤフーコメントでは、お金につられて技術を売った売国奴といった論調の研究者バッシングがみられたが、それは実態と異なる。非常に残念だ。

千人計画に関するアメリカの最新の動向紹介も

 苦言を呈する形になったが、冒頭で述べたとおり、評価できる点も多い特集であり、続報に期待したい。

 例えば、読売新聞をはじめとする日本のメディアは、千人計画に関連したアメリカの動きのうちなぜか数年前の逮捕事例ばかりを紹介しており、日本の最近の経済安全保障対策やそれを紹介するメディアの論調もそれに沿ったものとなっているが、ほとんどの日本のメディアはその後のアメリカの現状を報道していない。

 そもそも機密を持たない大学研究者を無理やりスパイとして立件しようと虚偽申告をするなどFBIによる無理筋の立件がアメリカでは問題となっており、裁判が途中で取り下げになるケースも既に出てきている。つまり、千人計画=スパイという流れに疑問符がつきはじめているのだ。

 アメリカの現状はアメリカの主要メディア以外に加え、NatureやScienceといった科学誌でも報道されているが、今回の朝日新聞の経済安全保障特集はそれらの現状を日本の大手メディアとしてほぼ初めての言及となる。

摘発された学術関係者の中に「スパイ目的だった例はほぼ見当たらない」

この手法では優秀な中国系人材が米国から流出し、中国を利するだけではないか

スパイと疑われ…有名大でも逮捕者 人材流出し「むしろ中国に利」?

 また、日本でも東大先端研の玉井克哉教授が同様の主旨を含む文章を発表している。

「千人計画」とわが国のとるべき対応――米国の経験に照らして

 中国に対する警戒は怠るべきではない。だが、だからこそ不正確な情報に基づく的外れな形であっては意味がなく、中国を利し、日本の国益を損なうものとなる。

 今後の各紙の動向に期待するばかりである。