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文科省の独法が中国政府のプロパガンダ拡散?

榎木英介病理専門医&科学・医療ジャーナリスト
文科省関連独法が中国政府の主張を代弁?(写真:イメージマート)

科学技術振興機構(JST)は文科省傘下の国立研究開発法人(主に研究開発を行う独立行政法人、以下独法と記す)で、研究費を配分するなど日本の研究にとって重要な機関だ。私も様々な事業に関わり、ながらく関係をもってきた。

 その中にアジア・太平洋総合研究センターという組織がある。中国総合研究交流センター(旧中国センター)を前身とし、センターにより運営されているポータルサイトには、中国を中心にアジア、オセアニア各国の科学技術に関する有用な情報が多く掲載されており、私も情報源として活用させてもらっている。

 だが、公的機関による科学技術のポータルサイトに掲載するには、適切なものか疑問を感じざるを得ない記事がある。

中国政府のプロパガンダか?香港・新彊の人権問題記事

 それがこの記事だ。

「国家安全法」香港導入への異論~「その手に乗るな」~ (サイエンスポータルチャイナ)

 2019年の香港デモを発端として、香港国家安全法が翌年導入された。国家安全法は香港の自由を大幅に後退させ、香港返還時に約束された一国二制度を侵害させるものであるとして、世界各国から批判が強い。だが、上記の記事では「国家安全法の香港導入は必要だと考え、敢えて異論を唱える」とし、「国家安全法は一国二制度と対立しない」「香港には米国人権団体や米国学生が入り込み活動を支援している。人権団体と米国政府との深い関係も噂される。」という中国政府の主張にほぼ忠実に沿った論旨を展開している。

 問題の記事はこれだけではない。新彊の問題でも中国政府の主張を肯定する記事が掲載されている。

中国は覇権主義国なのか?(その2)(サイエンスポータルチャイナ)

 ウイグル族に対する深刻な人権侵害が世界的に批判されているにもかかわらず、「怪しげな新疆の強制収容報道」、「新疆の強制収容問題も中国の台頭への米国の苛立ちによる中国叩きの一環である」、「中国では少数民族の文化、言語、習慣は尊重されている」と書くなど、中国の政府系メディアのような主張が展開されている。

 上記2つの記事以外にも、別の著者による中国政府の主張に沿ったような記事が掲載されている。

フェイクニュース (サイエンスポータルチャイナ)

 なお、こちらの著者については、近年急激に中国政府寄りの主張を展開しはじめたとの指摘がある。

「親中日本人」の言い分を聞いてみた (文藝春秋)

 これらの記事の著者の方々がどのような考えを持ち、どのような主張を展開するかはもちろん自由であり、その点は尊重されるべきだ。だが、世界各国から人権侵害との声が強いセンシティブな問題に対し、中国政府を肯定する文章を自らの運営するサイトに掲載することを判断した科学技術振興機構には疑問を感じざるを得ない。

 こういった記事の執筆依頼及び掲載の可否を判断しているのは科学技術振興機構の側なのだ。「あくまで著者の見解」などという言い訳は通用しない。

 これでは科学技術振興機構が中国政府による人権侵害を支持していると誤解を招く可能性がある。また、科学技術の情報を掲載するポータルサイトの本来の趣旨からずれているのではないか。

発端は前身の組織

 こうした科学技術と関係のない中国政府寄りの記事が掲載される背景には、アジア・太平洋総合研究センターの前身が「中国総合研究交流センター」(旧中国センター)であり、中国支援を主眼に設立されたためだと言われている。

「旧科技庁のドン」が血税ばらまく「中国詣で」(FACTA)

 上記の記事は内容、主張としてはやや誇張があるようであり、私もすべてには同意しないが、旧中国センター時代には中国出身の職員がかなりおり、ポータルサイトの運営に関わっているケースもあったようだ。主張や仕事への姿勢があまりに中国政府寄り過ぎて、距離を置くようにしていたという声もある。

 出身国や人種でステレオタイプで人を判断するようなことはあってはならない。しかし、日本の準公務員である独立行政法人の職員が、日本ではなく特定の国家の側ばかりを向いていたとすれば、問題だと言わざるを得ない。それは職員の国籍等とは関係ない。

 旧中国センターの姿勢に対しては私も以前から違和感があった。

 2020年ごろ、自民党甘利明議員のブログ記事を発端として、千人計画を通して在中日本人研究者が中国に軍事協力をしているというデマにより、在中日本人研究者が激しくバッシングされた際に、旧中国センターの反応はなかった。この問題がデマであることを最もよく知る部署ではないのかと疑問に思ったのだ。

 旧中国センターは、千人計画を含め中国の科学技術事情を詳しく紹介していた。当時バッシングされていた在中日本人研究者らとも交流があり、彼らを自身のポータルサイトで積極的に紹介してさえいた。千人計画が外国人を軍事研究のための高報酬で引き抜く極秘のプロジェクトなどではないことは、日本国内で最も良く知っていたはずだ。

海外人材呼び戻し政策 「千人計画」(サイエンスポータルチャイナ)

中国の日本人研究者便り (サイエンスポータルチャイナ)

 だが、まったく反応はなかった。中国人へのバッシングであればともかく、在中日本人研究者へのバッシングには関心がないということか。

 これではらちがあかないと、私が千人計画関係の記事を書くきっかけになった。

「日本からの応募が増えました」読売「千人計画」バッシングが加速させる「人財」の中国流出 (Yahoo!ニュース エキスパート)

 旧中国センターはその後アジア・太平洋総合研究センターとして改組され、中国色は薄くなった。職員の異動もその後かなりあったと聞く。「中国政府寄り」の姿勢は改善しつつあるといってよいだろう。

 だが、私が紹介した香港問題や新彊問題の記事は今も掲載され続けている。改組は「臭いものに蓋」だったのだろうか。

 日本の税金が、それも文科省傘下の独法のお墨付きという形で、科学技術と関係のない中国のプロパガンダ拡散に利用された経緯について、詳細な検証が必要であろう。

病理専門医&科学・医療ジャーナリスト

1971年横浜生まれ。神奈川県立柏陽高校出身。東京大学理学部生物学科動物学専攻卒業後、大学院博士課程まで進学したが、研究者としての将来に不安を感じ、一念発起し神戸大学医学部に学士編入学。卒業後病理医になる。一般社団法人科学・政策と社会研究室(カセイケン)代表理事。フリーの病理医として働くと同時に、フリーの科学・医療ジャーナリストとして若手研究者のキャリア問題や研究不正、科学技術政策に関する記事の執筆等を行っている。「博士漂流時代」(ディスカヴァー)にて科学ジャーナリスト賞2011受賞。日本科学技術ジャーナリスト会議会員。近著は「病理医が明かす 死因のホント」(日経プレミアシリーズ)。

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