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国連 気候変動スピーチで注目のグレタ・トゥーンベリさんについて知ってほしい5つのこと

江守正多東京大学未来ビジョン研究センター教授/国立環境研究所
(写真:REX/アフロ)

 気候変動。大人たちが子供の将来に危機をもたらしていること。世界のCO2排出量をあと10年で半分にすべきこと。牛肉の生産が大きな環境負荷をもたらすこと。日本の石炭火力発電の新設が世界から批判されていること。

これまで一部の関心がある人たちの話題でしかなかったこれらのことが、今週、一気に日本全国の「お茶の間」に届いたことに、筆者は興奮を隠せない。

9月23日にニューヨークで行われた国連の気候行動サミットは、小泉環境大臣効果により、日本のメディアから例外的な注目を浴びた。そして、日本のお茶の間に映し出されたのは、16歳のスウェーデン人少女の怒りのスピーチだった。

ほとんどの日本人にとって目の前に唐突に現れたこの少女、グレタ・トゥーンベリさんに対して、共感と反感の両面から、多くの反響が寄せられている。

今回初めてグレタさんを知った多くの人たちに対して、昨年からグレタさんに注目していた筆者が知ってほしいと思うことを5点述べたい。

1.本人の意思で行動を始めた

 グレタさんを見て、親や左翼の活動家に操られていると思う人がいるようだが、筆者が知る限り、それは違う。

彼女が去年の8月に、学校を休んで議会前での座り込みを一人で始めたとき、両親は心配して止めたそうだ。飛行機に乗らず、肉を食べないことを決めたのも彼女自身だ。両親は結果的にそれに付き合うことになり、オペラ歌手である母親は、海外での公演活動を休止することになった。

彼女の「ストライキ」が世界に広まり始めるとき、影響力のある環境メディアの起業家イングマール・レンツホグが彼女に手を貸した。しかし、レンツホグがグレタさんの名前を使って資金集めをしていることを知ると、彼女はレンツホグと縁を切った。

現在、これだけ有名になったグレタさんが、多くの大人から支援やアドバイスを受けていることは想像に難くない。しかし、大人の影響を受けることのリスクに対して彼女が敏感であろうことも、この例から、想像に難くないのだ。

2.感じ方、表現の仕方が、「ふつう」と少し違う

 グレタさんは、アスペルガー症候群などの診断を受けていることを自ら公表している。ものの感じ方や表現の仕方が、「ふつう」の人と少し違うのだ。

筆者はこのことを知って、ネットを調べているうちに、「ニューロ・ダイバーシティ」という言葉に出会った。彼女がふつうと違うのは、いわゆる「障がい」というよりも、「脳の多様性」だとみることができる。

筆者は次のように解釈している。

我々のように「ふつう」の脳の持ち主(ニューロ・ティピカル)は、地球の危機の話を聞いて、そのときはとても心配になったとしても、日常生活を送るうちに気をまぎらすことができる。おそらく人間の脳はそのように進化してきたのではないか。人がみな抽象的な危機を心配し続けていたら、社会が成り立たなくなるからだ。

しかし、グレタさんは違う。彼女には地球の危機を心配し続けることができる「才能」がある。11歳のときに彼女は地球環境について心配するあまり、2か月もの間、ほとんど会話も食事もできなかったそうだ。

社会の中に、このような特別な脳を持った人が少数いて、ふつうの脳を持つ大多数の人たちに対して危機に際して警告を発することは、人類種の進化の過程で遺伝的な多様性として埋め込まれた、種の存続のためのメカニズムではないかと筆者には思えるのである。

(ただし、筆者はこの分野にはまったくの素人なので、ぜひ専門の方に教えて頂きたい)

3.特定政策ではなく、科学者の声を聞くことを訴えている

 グレタさんが具体的にどういう対策を求めているかわからないという人がいるようだが、そんなのは当たり前だ。彼女はまだ16歳なのだから、問題解決の処方箋を彼女に求めるのは無理筋である。

その代わりに彼女が主張しているのは、科学者の声を聞くことだ。とりわけ、昨年10月に発表された、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の「1.5℃の温暖化についての特別報告書」は彼女の持っていた危機感と共鳴した。

加えて、彼女がニューヨークのスピーチで強調したのは、気温上昇がある臨界点を超えると、フィードバックの連鎖反応が起きて、人間がどんなに対策をしても、気温上昇が止まらなくなる可能性についてだ。

ただし、この点について、今回の彼女のスピーチは誤解を招くと筆者には思われたので、補足しておきたい。筆者の理解する限り、「1.5℃」を超えると必ずその連鎖反応が起きるとはいえない。現在の科学では、そのような連鎖反応が本当に起きるかも十分に理解されていないし、起きるとしても、何℃でそれが始まるかはわかっていない。

しかし、「最悪の場合」それが1.5℃付近で始まってもおかしくはないし、彼女が「最悪の場合」を心配するのであれば、それはよく理解できる。

それに、彼女がスピーチで指摘したように、あと10年で世界のCO2排出量を半減できたとしても、気温上昇を「1.5℃」で抑えられる可能性は五分五分なのだ。「五分五分の賭け」に彼女が安心できないことは、極めてよく理解できる。

このようにみて、グレタさんの主張する危機感は、大筋において最新の科学を踏まえたものだといえるだろう。

日本の科学者コミュニティーとしても、9月19日に、日本学術会議の会長談話として、同様な趣旨の緊急メッセージを発信している。

なお、「そもそも気候変動は本当に人間活動のせいなの?」という方もまだいらっしゃると思うので、これこれこれをご一読頂きたい。

4.個人の変化だけでなく社会システムの変化を求めている

 グレタさんが飛行機に乗らず、肉を食べないことから、他人にもそれを要求していると思う人がいたら、それは違う。

彼女は、個人の変化だけでなく、社会システムの変化が大事だと主張している。人々に「我慢」や「不便」を強いることは、彼女が特に求めていることではないと思われる。

飛行機に乗らないことなどは、彼女自身のこだわりの面が強いと想像される。もちろん、気候の危機を認識するならば、グレタさんほど徹底しなくても、飛行機には必要最小限しか乗らない、肉はほどほどに食べる、くらいの意識の変化は個々人にあってしかるべきだろう。

筆者の解釈になるが、たとえば、飛行機がすべてバイオジェット燃料水素燃料で飛ぶようになれば(そしてそれらの燃料をCO2を出さずに作るならば)、人々は気兼ねなく必要な飛行機旅行をすることができる。あるいはテレプレゼンス技術によって、実際に移動せずとも海外に「居る」のと同じ感覚を味わえるようになるかもしれない。

肉にしても、代替肉はすでにできているし、みんなが食べるようになれば、安く、おいしく改良されていくだろう。

「技術でなんとかなる」という楽観論をグレタさんが喜ぶはずはないが、筆者の考えでは、彼女が求める社会システムの変化のための行動には、こうしたイノベーションを含めた社会や常識の大転換や、それを促進するための制度整備や投資を急速に進めることが含まれると思う。

5.大人に怒っているが、大人を憎んではいない(たぶん、まだ)

 ニューヨークでのグレタさんのスピーチが怒りに満ちていたことに、面食らった方も多いだろう。実は、筆者もその一人だ。

今回初めてグレタさんを知った人は、ぜひ、以前のスピーチも見てみてほしい。たとえばこれ。

これまでの彼女のスピーチは、冷静で、淡々としており、そのトーンから繰り出される辛辣な表現が胸に刺さる、というのが筆者の印象だった。しかし、今回のスピーチは違った。用意した原稿にも、話し方にも、怒りがむき出しだった。

今回のスピーチが違った理由は筆者にはわからない。しかし、スピーチをよく聞くと、気になる表現があった。

「もしあなたたちが状況を理解していながら行動を起こしていないのであれば、それはあなたたちが邪悪な人間ということになる。私はそれを信じたくはない」という意味のくだりだ。

グレタさんはこれまで、人々が行動を起こさないのは、危機が訪れていることを理解していないからだろう、と言っていた。だから、若者の学校ストライキで意識を喚起し、人々が目を覚ます、つまり、危機を本当に危機として理解することを求めていたのだ。そして、人々が目を覚ませば行動(つまり、本当に気候変動を止めるための対策)が起きると考えていた。

しかし、今回、彼女の中に、この考え方に対する疑念が生じたのではないか。サミットに集まっている首脳たちは、「理解しているのに行動していない人たち」、つまり、若者の未来を奪いながら、そのことをはっきりと自覚して平気でいる「邪悪な」人たちではないか、という疑念だ。

この疑念が確信に変わるとき、グレタさんの大人への怒りは、大人への憎しみに変わるのかもしれない。

彼女は現時点ではまだ「そう信じたくはない」と言っている。筆者には、彼女が疑念と確信の間を揺れているようにみえた。これが、今回のグレタさんの怒りと関係しているように筆者には思えてならない。

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以上が、グレタさんについて筆者が知っていることや、考えてきたことだ。

グレタさんや、彼女と共に立ち上がった世界中の若者たちは、大人が上から目線で褒めたり貶したりしていい対象であるようには、筆者には思えない。

筆者は、今後も彼らを尊敬し、見守り、機会があれば支援し、操らず、邪魔をせず、そして彼らと共に考え、共に行動したい。

東京大学未来ビジョン研究センター教授/国立環境研究所

1970年神奈川県生まれ。1997年に東京大学大学院 総合文化研究科 博士課程にて博士号(学術)を取得後、国立環境研究所に勤務。2022年より東京大学 未来ビジョン研究センター 教授(総合文化研究科 客員教授)/国立環境研究所 地球システム領域 上級主席研究員(社会対話・協働推進室長)。専門は気候科学。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)第5次および第6次評価報告書 主執筆者。著書に「異常気象と人類の選択」「地球温暖化の予測は『正しい』か?」、共著書に「地球温暖化はどれくらい『怖い』か?」「温暖化論のホンネ」等。記事やコメントは個人の見解であり、所属組織を代表するものではありません。

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