地球温暖化対策 なぜ1.5℃未満を目指すのか -IPCC特別報告書を読む

(写真:アフロ)

10月8日に、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)による、「1.5℃目標」に関する特別報告書が発表された。新聞やニュースで報じられたのをご覧になった方も多いかと思う(報告書はこちら、環境省による概要の仮訳はこちら)。この報告書の受け止めが欧米では盛んに議論されているが、例によって日本国内での反応は薄い。

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経緯を簡単に述べると、2015年に国連で採択された気候変動対策の国際枠組である「パリ協定」において、「世界平均気温の上昇を産業化以前と比較して2℃より十分低く抑え、さらに1.5℃未満に抑える努力を追求する」という長期目標が合意された。「1.5℃」の言及には特に発展途上国の意向が反映されたと聞く。しかし、1.5℃でどれくらいの影響が出るのか、1.5℃で温暖化を止めるためにはどれだけ対策が必要なのかについて知見が不足していたため、その評価がIPCCに依頼され、今回の報告書が作成された。

報告書に書かれている「1.5℃目標」の評価はごく簡単には以下のとおりだ。

  • 世界平均気温は産業化以前に比べて現時点で1.0℃上昇しており、このままのペースで気温上昇が続けば、2040年前後には1.5℃に達してしまう。
  • 気候変動による悪影響のリスクは、1.5℃温暖化した世界では現時点よりも顕著に大きくなり、2℃温暖化すればさらに大きくなる。
  • 温暖化を1.5℃で止めるには、2050年前後には世界全体のCO2排出量を正味でゼロにし、メタンなどCO2以外の温室効果ガスの排出も大幅に削減する必要がある。
世界平均気温の変化と1.5℃目標の関係(IPCC SR1.5 FAQ1.2に基づく)
世界平均気温の変化と1.5℃目標の関係(IPCC SR1.5 FAQ1.2に基づく)

しかし、これだけを聞いても、多くの人は「温暖化を1.5℃で止めないと何が本当にまずいのか」がよくわからないだろうし、「2050年前後に世界のCO2排出量をゼロにするなんて、もちろん無理でしょ」というところで思考が止まるのではないだろうか。

そこで本稿では、この報告書をどう受け止めたらよいのかについて、筆者なりの考えを書いてみる。筆者はこの報告書の執筆に参加していないし、仮に執筆者であってもIPCCの見解を代表することはできない。本稿はあくまで一専門家の立場からの解説である。

1.5℃を超えると何がまずいのか

報告書には、異常気象、海面上昇、生態系、健康、食料、水資源といった各側面において、1.5℃温暖化すれば今よりリスクが大きくなり、2℃温暖化すればさらに大きくなることが包括的に述べられている。しかし、それだけならば「そりゃそうでしょ」と思うだけであり、問題はそのリスクをどの時点で受け入れられなくなるか(How dangerous is too dangerous?)だろう。

ここで注目してほしいのは、仮にあなたが平気だったとしても、現時点の(1℃の)温暖化でも、既に受け入れられない悪影響が出ていると感じている人がいるであろうことだ。つまり、1.5℃なら平気で2℃だとたいへんだということではなく、現時点で既にたいへんで、1.5℃だともっと、2℃だともっともっとたいへんなので、せめて1.5℃で止めてほしい、という願いがあるということだ。

日本国内においても、この夏に豪雨による被害や熱波による健康被害に見舞われた方は、このような状況がさらに悪化するのは勘弁してほしいと願っていることだろう。

さらに深刻な悪影響を被るのは、発展途上国の貧しい人々である。干ばつの増加、生態系変化、海面上昇、嵐の激化などで生活基盤を失い、生命の危機に直面する、乾燥地域、北極域、沿岸域、小さい島国などに住む貧しい人々や先住民族などだ(しかも彼らは問題の原因である温室効果ガスを先進国の人々に比べてほんの少ししか排出していない)。そのような被害は彼らの貧困をさらに悪化させる。報告書によれば、温暖化を1.5℃で止めれば、2℃の場合と比べて、そのような影響に直面する人口を2050年時点で数億人減らすことができる。

海面上昇は、2℃に比べて1.5℃だと2100年時点で10cmほど抑えられると評価されている。たった10cmという気もするが、危機に直面している人たちにとっては、少しでも猶予があることで、危機に対処する時間が生まれる。

また、1.5℃温暖化すれば、グリーンランドの氷床が不安定化する臨界点を超える可能性があり、2℃ならばその可能性はさらに高くなる。これが起きると数百年~数千年かけて、海面は数m上昇する。(直近の研究なので報告書の評価には含まれていないが、同様な臨界点現象の連鎖によって気温上昇が4~5℃上昇する引き金を引いてしまう「ホットハウス・アース」の可能性も、2℃に近づくほど高まる)

他にも、生態系の一部にはすでに大きな被害が出ており、1.5℃、2℃と行くにつれてさらに深刻化する。温水域のサンゴ礁は、1.5℃で今よりさらに70~90%が失われ、2℃で99%以上が失われると評価されている。一度失ってしまうと元に戻せないような生態系の損失が温暖化により進行し、生態系の恩恵が失われることで、人間社会にも予期せぬ影響が跳ね返ってくるかもしれない。

このように見ていくと、「そりゃあ、できることなら、なるべく低いところで温暖化を止められるに越したことはないだろう」と思う方は多いのではないか。

2050年にCO2排出ゼロは可能か

すると、次に問題になるのは、2050年ごろまでに世界のCO2排出量をゼロまで減らし、1.5℃で温暖化を止めるなんていうことが、本当にあり得るのか、また、そのために深刻な経済的な損失や副作用は発生しないのか、ということである。

報告書には、1.5℃未満を実現するためのシナリオが複数描かれている。シナリオが描けるということは、それは「原理的には」可能ということだ。「絵に描いた餅」という言葉があるが、いってみれば「餅の絵」を描くことは少なくとも可能なのである。

シナリオによれば、今後10年程度が勝負だ。2030年までに世界のCO2排出量を2010年に比べて45%前後減らす必要がある。広く認識されているように、パリ協定で各国が宣言している排出削減目標ではまったく足りていない(すべて達成できても3℃程度温暖化するペースである)。

一番大きいのはエネルギーシステムの転換だ。省エネ技術やシェアリングエコノミー等でエネルギー需要を抑え、電化率を上げるとともに、2050年には電力における再生可能エネルギーの割合を70-85%に増やし、石炭火力はほぼゼロまで減らすといったシナリオである。

そのようなエネルギーシステムの転換に必要な投資は、年間2.4兆ドル程度とされ、世界のGDPの約2.5%である。膨大な額に聞こえるが、1.5℃を目指さずに現状ペースで投資した場合に比べて、2割程度の増加でしかない。再生可能エネルギーへの投資が増加する一方で、化石燃料への投資が減少するためだ。

また、大気からCO2を吸収する技術を多かれ少なかれ使う必要があると書いてある。大規模に行うには、BECCS(Bio-Energy with CO2 Capture and Storage)とよばれる、バイオ燃料を使って出てきたCO2を地中に封じ込める技術を大量に使う手があるが、これにはエネルギー作物の栽培用地が大量に必要で、食料生産や生態系保全と競合するため、おいそれとはできない。しかし、小規模であれば、植林や農地の炭素管理などの穏当な方法でなんとかなるかもしれない。

エネルギーの他にも、土地利用、都市、インフラ、産業等の分野でシステムの急速な大転換が同様に必要とされている。

持続可能性とのシナジーとトレードオフ

さて、パリ協定と同じ2015年に国連で採択された「持続可能な開発目標」(SDGs)をご存じの方は多いだろう。気候変動は17の目標のうちの一つ(目標13)だが、もしもそれだけが追求されて、貧困・飢餓の撲滅などSDGsの他の目標に悪影響が出たのでは本末転倒である。そこで、「1.5℃目標」とSDGsの関係がどうなるかを見てみよう。

報告書によれば、「1.5℃目標」を追求するための温室効果ガスの排出削減の徹底は、下手をすると他のSDGs目標とのトレードオフ(二律背反)がある。いわば対策の悪い副作用だ。たとえば、エネルギーシステムへの投資のために社会保障が削減されたり、バイオ燃料の生産のために食料生産が減少したりすれば、貧困や飢餓の撲滅にはマイナスである。このようなトレードオフは、再配分政策などをうまく使って緩和する必要がある。

また、化石燃料産業はそのままでは存続できないので、総合エネルギー産業などの形に移行する必要がある(ちょうど、「デジカメ革命」に伴って写真フィルム産業が総合精密化学産業などに移行し、移行に失敗した企業は退場したのと同様だ)。また、化石燃料資源の輸出に歳入を依存している国は、より多角的な経済に移行する必要がある。こういった移行に伴って失業や貧困が生じることも重要なトレードオフだ。この点に配慮して、国や国際社会が移行を支援する必要があるだろう。

一方で、「1.5℃目標」が達成されれば、2℃やそれ以上に温暖化が進んだ場合と比較して、貧困・飢餓の撲滅、健康、生態系、産業活動や経済成長などの様々な面において、温暖化の悪影響が緩和されることによるSDGsへのプラスの効果があることは自明だ。つまり、この側面においては、1.5℃未満を目指すこととSDGsを目指すことはシナジー(相乗効果)があるといえる。

さらに、「1.5℃目標」を追求するのは、社会が持続可能であった方がやりやすい。たとえば、大量生産・大量消費・大量廃棄が前提で、格差が大きく、国家間がいがみ合ったような状態でCO2の排出を削減するのに比べれば、シェアリングや資源循環で経済がまわり、格差が小さく、国際協調がうまくいった状態で削減する方が、ずっとやりやすいのである。したがって、「1.5℃目標」を目指すためには、単にCO2排出削減技術をたくさん導入するだけでなく、社会全体を持続可能な方向に導くような(SDGsを多く達成するような)政策を追求した方がよい。この側面でも「1.5℃目標」とSDGsはシナジーの関係にある。

1.5℃目標とSDGsの関係(IPCC SR1.5 FAQ5.2に基づく)
1.5℃目標とSDGsの関係(IPCC SR1.5 FAQ5.2に基づく)

以上から、持続可能性とのトレードオフをうまく緩和する政策をとることができれば(この条件は極めて重要だが)、「1.5℃目標」を目指すことと、SDGsを目指すこととは、Win-Winの関係にあるといえるだろう。

ではどうしたらよいのか

報告書では、「1.5℃目標」を実現するために必要なこととして、投資の増加、政策、イノベーションの加速、行動変容、すべてのアクター(自治体、ビジネス、市民社会など)の参加、国際協力等を挙げている。現状の世界にはこれらが足りていないが、これらを追求することにより、1.5℃のシナリオという「餅の絵」を「食える餅」にすることは可能かもしれない。

ここからは完全に筆者個人の意見になるが、どうせならこの報告書のメッセージを前向きにとらえた方がよいと思う。つまり、「1.5℃を超えたらひどいことになるらしい」「いろいろ犠牲を払って温暖化を止めなくてはならないらしい」「何を我慢させられるのだろう、いくら支払わせられるのだろう」「どうせもうだめだ」という感じで、後ろ向きにこの問題を捉えても、何もいいことは起きないと思うのである。

そうではなくて、どのみち世界はSDGsの達成を目指しているのだから(平たくいえば、どのみちみんな「社会を良くする」ことを目指しているのだから)、「1.5℃目標」は世界の持続可能性に向けた取り組みを加速する「機会(opportunity)」だと思ったらよいのではないだろうか。

その取り組みを具体的に論じることは筆者の能力を超えるが、たとえばビジネスであれば、持続可能な社会に寄与するシステムの構築やサービスの提供が、投資家から評価され、顧客からも喜ばれ、利益も生む、といった方向性が主流になり、そういうビジネスが競争すればするほど社会が良くなり、同時に「1.5℃目標」の達成にも近づいていく、ということが起こればよいと思っている。

個人レベルでは、「行動変容」という項目があるように、ライフスタイルの変化ということがよく言われるが、これも、不便で面倒で質素な生活を強要されていると捉えるべきではないだろう。例えば、肉ばかり大量に食べて、しかも大量に捨てて、車だけで移動し、運動不足で病気になるようなライフスタイルよりも、バランスの良い適量の食事をとり、適度に歩いて健康に過ごした方が、自分にとっても社会にとっても良いというのだから、それを目指して損はないのではないか。

最後に、仮にも専門家が書いた解説にしてはあまりにも能天気な結論になったと思われているかもしれないので、筆者の学術的な問題意識を簡単に書いておく。実は、気候変動とその影響の科学的な予測には未だ大きな不確実性があり、それによって生じる予測の幅は、1.5℃と2℃の違いよりも大きい場合もある(たとえば、2100年までの海面上昇は1.5℃温暖化の場合で26~77cmと予測されており、1.5℃と2℃の違いが10cm程度なのに比べてずっと幅が大きい)。したがって、この不確かさを狭める研究と同時に、不確かさに対処する方法の検討が必要である(たとえば、予測の上振れが現実化してしまったときに何をなしうるか)。

しかし、これを考慮したとしても、本稿の結論は変わらない。1.5℃を全力で目指しても大きな影響が出てしまう場合にどうするかといったことは、走りながら考えることにして、差し当たって、社会は「1.5℃目標」を全力で、前向きに、かつ賢明に(つまり持続可能性とのトレードオフをうまく制御しながら)目指せばよいのではないか。

なにせ、温暖化を1.5℃未満に抑える「努力を追求する」ことに、国際社会はすでに合意しているのだから。