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地球温暖化はもう手遅れか?(はたまたミニ氷河期到来か)

江守正多東京大学 未来ビジョン研究センター 教授
(ペイレスイメージズ/アフロ)

8月6日に米国科学アカデミー紀要(PNAS)に発表された1本の科学論文が、海外のメディアで衝撃をもって伝えられた(日本での報道がほとんどなかったのは、単にプレスリリースが日本の記者の目に留まらなかったためと想像する。日本でもSNS上ではある程度話題になっている)。

論文が示唆しているのは、たとえ人類がCO2排出を減らしていったとしても、世界平均気温が産業革命前よりも4~5℃高い「ホットハウス・アース」の状態へ地球が移行を始めるスイッチが入ってしまう可能性があるということだ。

そもそも、世界平均気温は産業革命前からすでに1℃上昇しており、その主な原因は人間活動(特に、化石燃料の燃焼に伴うCO2などの温室効果ガスの排出)である可能性が極めて高い。人類はこの気温上昇を2℃よりも十分低いところで止めるため、今世紀後半に世界全体で人間活動による温室効果ガスの排出を正味ゼロにすることを目指す「パリ協定」に2015年に合意したところだ。

ところが、この論文では、世界平均気温上昇を2℃前後に抑えたとしても、ホットハウス・アースへの移行が始まってしまう可能性があるというのだ。パリ協定の目標を達成したとしても温暖化が止められないのだとしたら、人類にとって温暖化は手遅れだということではないか。これは破滅的な予言といえるかもしれない。

ホットハウス・アースの根拠と信憑性

論文の著者はオーストラリアのWill Steffen教授を筆頭とする国際的なメンバーで、世界の持続可能性研究をリードしている専門家たちだ。また、この論文のカテゴリは"Perspective"であり、個別的な新知見が書いてあるというよりは、ある分野の研究の大きな見通しを示したものである(審査は通常の論文と同様)。

2℃前後の気温上昇でホットハウス・アースへの移行が始まる可能性の根拠となっているのは、筆者のみたところ、(1)過去の地球の状態との比較、(2)温暖化を増幅する様々なフィードバックの評価、(3)フィードバックの連鎖の可能性の指摘、といえる。順にみていこう。(この節の解説は、論文本文だけでなく、論文の付録であるSupporting Informationにもよっている)

まず前提となるのは、現在の地球が、「人類世」(または人新世、Anthropocene)と呼びうる、人類という特定の生物種が気候形成に顕著な影響をもたらすようになった、地球史上の新たな地質時代に入っているという認識だ。論文では、この人類世の行く末を、過去の地球が経験してきた状態との比較により考察している。現在の高いCO2濃度と、それが人間活動の慣性によりさらに増加中であること、気候変化のスピードが過去に例がないほど速いことなどから、現在の温暖化がある臨界点を超えると、中新世中期(Mid-Miocene、15~17百万年前)に近い状態に移行するまで安定化しないだろうと結論している。中新世中期は、CO2濃度が300-500ppm(現在のCO2濃度は400ppm)、世界平均気温は産業革命前と比べて4~5℃高く、海面水位は10~60m高かったと考えられている。これがホットハウス・アースのモデルとなる。

次に、温暖化を増幅する様々な生物地球物理学的フィードバックとして、永久凍土の融解によるメタンやCO2の放出、海底のメタンハイドレートからのメタン放出、陸上と海洋の生態系によるCO2吸収の減少、アマゾン熱帯雨林の大規模な枯死、北方林の大規模な枯死などを評価している。これらのうち、永久凍土とメタンハイドレートは、筆者の知る限りでは、気候変動予測のシミュレーションモデルで現時点では考慮できておらず、その他についても、十分に現実的に表現できているかわからない。さらに、海面上昇をもたらすフィードバックとして、グリーンランドと南極の氷床の消失を評価している。氷床の消失は、海洋循環の変化を通じて、気温にもフィードバックしうる。

そして、おそらくこの論文の肝となるのは、ドミノ倒しのように、これらのフィードバックのスイッチが連鎖的に入る可能性を指摘した点だろう。これらのフィードバックの多くは、気温上昇(あるいはその速さ)がある大きさ(臨界点=ティッピングポイント)を超えると、不連続的に進行する、もしくは進行が止まらなくなる性質を持った「ティッピング要素」であると考えられる。臨界点の低い(1~3℃の)フィードバックのスイッチが入り、温暖化が増幅されることにより、臨界点が高め(3~5℃)のフィードバックのスイッチが入ってしまう、という連鎖が次々に起きることにより、比較的低い臨界点を超えることで、ホットハウス・アースへの移行が止められなくなる可能性があるということだ。ただし、これらのフィードバックの多くはゆっくりと進行するため、この移行は数百年以上の時間をかけて起こるだろう。

以上が、筆者の理解したホットハウス・アースの根拠だ。論文では、ホットハウス・アースに至るフィードバックの連鎖を、具体的、定量的に分析した結果を示しているわけではなく、連鎖の可能性を指摘し、例示しているだけである。しかし、実際に中新世中期には現在に近いCO2濃度でホットハウス・アースが実現していたこと、地球史の中での異なる気候状態の間の遷移においては、ここに挙げたようなフィードバックの連鎖が実際に起きていたと考えられることなどから、筆者たちは、この議論は説得力がある(credible)と主張している。

ミニ氷河期はどうなのか

ここで、少し脇道にそれるが、この論文では触れられていない、太陽活動変動の影響について簡単に見ておこう。

現在、太陽活動は弱まる傾向にあり、太陽活動が今世紀中に長期的な不活発期に入るという予測がある。300年ほど前の同様な不活発期(マウンダー極小期)に英国のテムズ川が凍ったなどの記録があることから、温暖化を打ち消して寒冷化をもたらすような「ミニ氷河期」が来ると考える人たちがいるようだ。

しかし、300年前のミニ氷河期は、世界平均ではそれほど大きな気温低下をもたらしておらず、かつ原因の一部には火山噴火の影響も含まれることから、太陽活動低下の影響は世界平均気温でせいぜい0.3℃程度と評価されている。太陽活動の影響には「宇宙線」と雲の変化等を通じた未解明の増幅効果があることも指摘されているが、300年前を参考にするならば、それらの増幅効果を含めた大きさが高々0.3℃ということになる。

また、近年、英国天文学会で太陽活動低下の予測を発表して、ミニ氷河期支持派からの期待を集めている英国ノーザンブリア大学のZharkova教授自身が、「地球温暖化を無視すべきでない。太陽活動の低下は、私たちが炭素排出を止めるための時間を稼いでくれるだけだ」と発言していることにも注目してほしい。

そうは言ったものの、太陽活動は地球の気候にとって本質的な外部条件であり、その変動は不確かなのだから、「時間稼ぎ」が本当にあるのかどうかを含め、一つのファクターとして注視しておくべきだろう。大規模な火山噴火についても同様だ。

ホットハウス・アースの予言をどう受け止めるか

さて、太陽活動を含めて将来には多くの不確かさがある中で、われわれは今回の論文の示唆するホットハウス・アースの可能性をどう受け止めたらよいのだろうか。

まず、パリ協定の目標との関係を考えてみる。論文では「2℃前後の気温上昇が臨界点の可能性がある」と同時に「パリ協定の目標を達成しても臨界点を超える可能性がある」としている。パリ協定の目標が「2℃より十分低い」であることを考えると、「2℃前後で臨界点」の「前後」は、かなり大きな幅(±0.5℃くらい?)ということになるだろう。ここからもわかるように、この論文の「2℃」は、かなり大雑把な数字だと思う必要がある。

この論文で、「2℃」の気温上昇で臨界点を超えるという定量的な分析は示されていない。そんな不確かな話ならば、話半分に聞いておきたいという誘惑にかられるかもしれない。しかし、一方で、たとえば1.5℃の気温上昇で臨界点を「超えない」ことも、現時点で分析的に示すことはできないのだ。つまり、「パリ協定の目標を達成しても臨界点を超える」ことは、極めて不確かだが、可能性として排除できない、といえるだろう。

東日本大震災と、引き続く津波、原発事故の教訓を思い出せば、こういった可能性を「想定外」に置くのは、まずそうではないか。

また、筆者はこれまで、「パリ協定の目標は、なぜ2℃未満なのか?」と質問されると、「2℃」は科学的に決まったわけではなく、科学を参考にした社会的、政治的な判断だと答えてきた。「2℃」を超えると何かが起こるので避けるべきというよりは、気温上昇に伴い様々な影響が深刻化するので、特に、温暖化の原因に責任がないにもかかわらず深刻な被害を受ける途上国の人々や将来世代のことなども考えて、「2℃未満」が合意されたと理解していたのだ。

しかし、今回の論文には、パリ協定の「2℃」という数字に、(不確かさは依然大きいものの)より科学的な意味付けを与える効果があるように感じられる。社会の価値判断や政治判断によらず「2℃」を超えてはまずいということ、また、「2℃より十分低くするのが難しそうなら、2℃ぎりぎりでも、2℃を少し超えてもしょうがないのではないか」というような妥協を考えるのはまずいということを、この論文が主張しているように思われるのだ。

では、そんなことを言われたって、一体どうすればよいというのだろうか。

論文とその付録では、化石燃料からゼロ排出エネルギーへの転換を進めること(脱炭素化)、農業などからの温室効果ガスの排出もできる限り減らすこと、CO2を吸収する生態系を保全すること、災害等に対する社会の強靭性を高めること、といった当然の対策の他に、大気中のCO2を工学的に吸収することや、地球が吸収する太陽光を工学的に減らすことといった「気候工学」にも触れられている。また、人口増加の抑制(途上国の経済成長や教育を通じて)や、価値観やガバナンスなど社会の大転換の必要性も述べられている。

「気候工学」には副作用などの懸念があることにも触れられているため、それらをすぐに実行すべきだという主張ではないだろう。脱炭素化などの当然の対策と、社会の変化を最大限に進めながら、ホットハウス・アースの臨界点をより精度よく見極めるための研究が進められなければならない。その上で、もしも本当に他の方法では臨界点を超えることが避けられないことがわかったときのために、気候工学のオプションも用意しておくべきということだろうと、筆者は解釈した。

最後に、このように対策オプションを並べられると、科学者が検討をして、こうすべきだ、ああすべきだと、社会に「上から」指示を出そうとしているように思われるかもしれない。しかし、この論文の著者らが重要な役割を果たしている国際研究プラットフォームである「Future Earth」では、地球の課題をいかに解決するかはもちろんのこと、そのためにどんな研究が必要かさえも、科学者は社会の様々な立場の人たちと一緒に考え、一緒に研究を進めていこうという姿勢が強調されている。

未来の地球は不確かさで満ちている。地球システムの様々なフィードバックも、太陽活動の変動も、そして我々人類の社会がどのように変化していくかも不確かな中で、人類は持続可能な未来を切り開いていかねばならない。そのためには、今回の論文が提示するような問題を、科学者だけでなく、社会全体で考えていくことが求められているのだ。

東京大学 未来ビジョン研究センター 教授

1970年神奈川県生まれ。1997年に東京大学大学院 総合文化研究科 博士課程にて博士号(学術)を取得後、国立環境研究所に勤務。同研究所 気候変動リスク評価研究室長、地球システム領域 副領域長等を経て、2022年より現職。東京大学大学院 総合文化研究科で学生指導も行う。専門は気候科学。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)第5次および第6次評価報告書 主執筆者。著書に「異常気象と人類の選択」「地球温暖化の予測は『正しい』か?」、共著書に「地球温暖化はどれくらい『怖い』か?」、監修に「最近、地球が暑くてクマってます。」等。記事やコメントは個人の見解であり、所属組織を代表するものではありません。

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