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「俺もプロになる!」と誓ったあの日の決意を実現する―富山(日本海リーグ)の日渡柊太

土井麻由実フリーアナウンサー、フリーライター
富山GRNサンダーバーズ・日渡柊太(写真提供:富山GRNサンダーバーズ)

日渡柊太の前回記事⇒圧巻デビューの日渡柊太、あいみょんに刺激を受けて再び夢を追う

■日渡柊太、2度目の登板

 三者連続三振で衝撃のデビューを飾った富山GRNサンダーバーズ日渡柊太ひわたし しゅうた)投手だが、2度目の登板(5月5日・石川ミリオンスターズ戦)では一転、1回3失点してしまった。

 5―3と2点ビハインドの七回だ。先頭の高木海選手にフルカウントから死球を与えたあと、阿部大樹選手の右前打で一、三塁にされ、大谷和輝選手のサード強襲安打で2人とも還された。さらにボークもあり、2死からルーキー・森本耕志郎選手に初球を弾かれ、初タイムリーを許した。

 最速149キロで空振りを取る場面もあったが、全体的にストレートは抜け気味だった。

 試合後、日渡投手は「まっすぐが浮いていて、カウントを取りにいった球が全部真ん中で当てられてしまった。浮いているから、低めを狙って投げたまっすぐが、真ん中低めにいってしまっていた」と振り返った。初めて上がった金沢市民野球場のマウンドが思った以上に硬く、それに対応できなかったことも敗因だったようだ。

 しかしそれでも、最後は変化球で空振り三振を取り、意地を見せた。

日渡柊太(写真提供:富山GRNサンダーバーズ)
日渡柊太(写真提供:富山GRNサンダーバーズ)

■変化球

 この日も、本人が言うところの「カットボール」は曲がりが大きかった。「求めているんですけど、まだしっかり自分の思ったカットにはなってないですね」と言い、カーブのような大きな変化を見せた球が「スライダーです」とのことだ。精度を上げて、速さ、曲がりの違う3種類を投げ分けていきたいと話す。

 また、持ち球であるチェンジアップは、この日も投げなかった。「2アウト取って余裕があるときに一度投げて、バッターの様子を見ようと大上真人捕手)さんとも話してたんですけど、あの状況だったので投げられなかったです」と、そこまで自信をもって投げられる球ではないようで、今後磨きをかけていく。

 ランナーを背負ったとき微妙に間を変えているが、ボークを取られたことは学習として次に生かすつもりだ。

日渡柊太と大上真人(写真提供:富山GRNサンダーバーズ)
日渡柊太と大上真人(写真提供:富山GRNサンダーバーズ)

■ショートアームがしっくりハマッた

 日渡投手の投球フォームは、「力をためるというイメージ」と上半身をややひねる“プチトルネード”で、テイクバックの小さいショートアームだ。

 高校生のころに肩に痛みを発症したことは前回紹介した。そのころ、痛みで肩が上がらなくなり、痛みのない位置を探しながら投げていた。もともと監督からはサイドで投げることを勧められていたが、スリークォーターだったのが最後の夏の大会のころには自然とサイドの位置になった。

 「そこでしか投げられなかった」と逆に、その高さならなんとか痛みが少なく投げられた。体の使い方が横回転の日渡投手には、合っていたようだ。

 高校野球を引退後、ノースローの間に痛みがなくなり、大学1年時は再びスリークォーターで投げていた。1年生のシーズン後に痛みが再発し、大学2年春にガングリオン除去などの手術を受け、1年後に再び投げ始めたころはまだ痛みが残っていた。

 そこで自分で研究し、試行錯誤した。もともと好きだったダルビッシュ有投手(サンディエゴ・パドレス)の動画などを見て投げ方を真似てみると、しっくりハマッた。それまで後ろに大きく入っていたテイクバックをコンパクトにし、ショートアームに変えたのだ。すると、痛みもまったくなくなった。

 さらに球速も上がった。手術3日前のブルペンでは142キロだった球速が、手術後の復帰試合での登板で148キロ、その後153キロを計測するまでにスピードアップした。現時点での最速だ。自身の体の使い方に合うフォームになっていったようだ。

 富山に入団してからの公式戦では149キロがマックスだが、気温の上昇とともに球速も上がるだろう。NPBスカウトへのアピールとして、大台にはぜひ乗せたいところだ。

日渡柊太(写真提供:富山GRNサンダーバーズ)
日渡柊太(写真提供:富山GRNサンダーバーズ)

■中継ぎに活路を見出す

 ここまで中継ぎとして3試合(3回)に登板し、2試合(2回)は無失点だったが、冒頭に記した1試合3失点が響いて防御率は9.00。しかし奪三振率は18.00と高い数字を記録している。(数字は5月16日現在)

 高校時代は先発、大学ではけがから復帰して中継ぎをしていたが、4年の春にプロ入りを目指してアピールするために先発になった。

 「先発として1試合ちゃんと投げられる体力とかいろいろ考えて投げていたら、崩れてしまって…。球種も増やそうと、カーブとか覚えようとやっていたら球速も出なくなってしまった。自分の持ち味もわからなくなったんで、一番よかったときはと考えたら中継ぎの短いイニングで全力を出しきることだなと思った。学生時代とはまったくタイプも違うので、ショートイニングのほうが自分の持てる力を出しきれると思います」。

 吉岡雄二監督とも相談し、現在は中継ぎとしてブルペンで待機し、1イニングにすべてを懸ける。

「俺もプロになる」とグラブにも刻んでいる(撮影:筆者)
「俺もプロになる」とグラブにも刻んでいる(撮影:筆者)

■1年でNPBに行く

 大学からNPBドラフトで指名されるという夢はかなわなかったが、再び独立リーグからNPB入りを目指している。

 高校3年時、チームメイトの中神拓都選手が広島東洋カープに指名され、“プロ入り”を目の当たりにした(2019~2022)。中神選手がグラブに「プロになる」との文字を入れていたのを見て、自身も続こうと「俺もプロになる」とグラブに入れ、現在も使用している。

 さらに中神選手が紙にも書いて部屋に貼っているのを見て、自身もこの言葉を紙に記し、大学時代は部屋の扉の横に貼った。なんとしても友人に追いつくつもりだった。

 そして富山に移るときも大切に荷造りの中に忍ばせてきており、現在も家を出るときと帰宅したときに目に入るようにと、玄関すぐ横の壁に貼ってある。

 「行くやつは1年で行くと思うので、2年目とかいっさい考えずにやる。1年間、とにかく先を見ずに“今年”っていうことだけ思って、やっていきます」。

 今秋のNPBドラフト会議に向け、全力で挑んでいる。

今も玄関わきの壁に貼っている誓い(写真提供:日渡柊太本人)
今も玄関わきの壁に貼っている誓い(写真提供:日渡柊太本人)

【日渡柊太(ひわたし しゅうた)】

2000年10月16日/岐阜県

175cm・72kg/右・右

市立岐阜商業高校―中部大学

最速153キロ

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フリーアナウンサー、フリーライター

CS放送「GAORA」「スカイA」の阪神タイガース野球中継番組「Tigersーai」で、ベンチリポーターとして携わったゲームは1000試合近く。2005年の阪神優勝時にはビールかけインタビューも!イベントやパーティーでのプロ野球選手、OBとのトークショーは数100本。サンケイスポーツで阪神タイガース関連のコラム「SMILE♡TIGERS」を連載中。かつては阪神タイガースの公式ホームページや公式携帯サイト、阪神電鉄の機関紙でも執筆。マイクでペンで、硬軟織り交ぜた熱い熱い情報を伝えています!!

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