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ローリング・ストーンズ新作が「半世紀ぶり」の傑作と呼ばれた理由=バンドマンならではの「奇跡」とは?

10月19日、NYでのリリース・パーティーで演奏するローリング・ストーンズ(写真:ロイター/アフロ)

大ヴェテランが、大絶賛される

こんなことがあるなんて。少なくとも僕は、想像したことすらなかった。去る10月20日にローリング・ストーンズが発表した最新アルバム『ハックニー・ダイアモンズ』が、世界各地のロック・ファンのあいだで、まさに絶賛の声にて受け止められているのだ。失礼千万を承知で言うと、ストーンズのアルバムが「これほどまでの」賞賛を集めるのは、いったいいつ以来の出来事なのか? しかも「あんなこと」のあとに……

平均年齢78.3歳(ミック・ジャガー80歳、キース・リチャーズ79歳、ロン・ウッド76歳)。言うまでもなく――とくに、ことポップ音楽業界においては――「超高齢」と言っても差し支えない、ヴェテランすぎるロック・バンドの新作が、ストリーミング時代に「耳が肥えた」音楽ファンを、世界各地で次から次にノックアウトしていくなんて! これは、ちょっとした事件だ。いくら彼らがスーパースターだとはいえ、60年代からずーっと活動し続けている、シンプルなロックンロール・バンドなのだ。そんな面々が、この21世紀にもなって……というわけで「なにが起こっているのか」について、概略をレポートしてみたい。彼らの偉大なる達成を寿ぐつもりで「今作がいかに世に受けているか」、ここまでのところを、ざっとまとめてみたい。

原宿は竹下通りに開店したユニバーサルミュージックのショップが、期間限定でストーンズ専門店になった。2階は常設の「RS No.9」として存続(撮影:堀口麻由美)
原宿は竹下通りに開店したユニバーサルミュージックのショップが、期間限定でストーンズ専門店になった。2階は常設の「RS No.9」として存続(撮影:堀口麻由美)

「半世紀ぶりの傑作」との声

本作『ハックニー・ダイアモンズ』の成功については、マーケティング戦略がいつになく強力だったことも、勝因のひとつとして挙げられるだろう。SNSも機動的に駆使されたし、この東京でも、原宿は竹下通りにストーンズ・グッズをあつかうショップが期間限定でオープンするわ、最寄りの明治神宮前駅の通路から構内まで、そのポスターが貼りまくられているわ……といった動きも、作品のプロモーションにつながったことは間違いない。しかし当たり前だが、なによりも大きかったのは「アルバムの内容が、素晴らしかった」――この一点につきる。「こんなストーンズは、ひさしぶりだ!」との声どころか、「半世紀ぶりの傑作」なんて意見まであった(米ローリング・ストーンより)。

50年ぶりかどうかはわからないが、ともあれこれが、すさまじく強力なロック・アルバムであることは、一聴した瞬間、僕にもわかった。ストーンズ史上、まさに「屈指の」一作であることは、よくわかった。78年の『サム・ガールズ』から、リアルタイムで新作を聴き続けてきた我が身としても、いや本当に「いまさら、ここで」こんな充実作が完成するとは、正直想像の外だった。今作『ハックニー・ダイアモンズ』とは、ストーンズにとってイギリスにおける24枚目のスタジオ・アルバムとなる(アメリカ盤だと、26枚目になる)。2016年リリースの前作『ブルー・アンド・ロンサム』はブルースのカヴァー・アルバムだったから、オリジナル楽曲を主軸としたアルバムとしては、なんと、05年の『ア・ビガー・バン』以来。つまり「18年ぶり」となる。

言うまでもないが「18年」というのは、長い。バンドによっては、結成してデビューして解散し、再結成してまた解散してしまうぐらいのインターバル――だった、と言っていいだろう。ストーンズとしても「こんなに長い」インターバルは、初めてだった。

ストーンズの「全アルバムのグレイテスト順ランキング」では……

では、そんな期間を経て制作されたアルバムが「どのように評価されたのか」観察してみたい。ひとつ、とてもわかりやすいところから引いてみよう。英NMEが組み上げたリストが、10月10日に発表された。題して「ザ・ローリング・ストーンズ:全アルバムのグレイテスト順ランキング(The Rolling Stones: every album ranked in order of greatness)」という一覧だ。このランキングのなかで、つまり全24アルバム中、いったい『ハックニー・ダイアモンズ』は何位なのか!?

というと、これがなんと「11位」にランクされている!のだ。「なんだ、真ん中よりちょい上ぐらいかよ」など、言ってはいけない。なぜならば、これは「ものすごい成果」なのだから! なんせ、ひとつ上の10位にあるのが『アウト・オブ・アワ・ヘッズ』(65年)であり、12位は『ブラック・アンド・ブルー』(76年)と書けば、ストーンズ・ファンならば「そこまで上か!」と血が騒ぐに違いない。さらにちなみに、9位にあるのは必殺『タトゥー・ユー』(81年)で――つまり『ハックニー・ダイアモンズ』は、ストーンズの長い長い歴史において、60年代から70年代、そのあとの「全部」を引っくるめても「上から11番目」という、栄誉ある位置付けを勝ち取った1枚だということなのだ。

80年代以降のストーンズ・アルバムのなかで「最強」の称号

ちなみに『タトゥー・ユー』(81年)以降のストーンズ・アルバムは、今作に至るまでのあいだに計7枚あるのだが、それらはすべて、きっぱりと「『ハックニー・ダイアモンズ』より下」のランキングとなっている点もすごい。さらにちなみに『タトゥー・ユー』は70年代の諸アルバム制作時に未発表だった楽曲を掘り起こし、手を加えてまとめ直したものだった。だから実質的な「80年代以降に制作されたストーンズ作品」というと、次のアルバム『アンダーカヴァー』(83年、同リストでは堂々の……23位!)が最初の一発となる。だから今作が「50年ぶり」の一大充実作というのは、じつは、かなり本当なのかもしれない。「73年(つまり、あの『エグザイル・オン・メイン・ストリート』)以降のストーンズ」の最強部類アルバム、なのかもしれない……言うまでもなく、これはかなり「すごいこと」だ。50年も経ってから、なんでそんな離れ業が可能になったのか?(逆に言うと、いままで50年間、なにをやっていたのか? しかもさらに「その状態」でもなお、世界最高峰のライヴ・バンドであり続けたなんて……)。とにもかくにも、この「ひさしぶり」感に僕は、たしかに奇跡的なものを感じざるを得ない。

というNMEの「ストーンズの名盤度数ランキング」、まあ全体的には、僕としては首肯できない点もあったのだが(いくらなんでも『ブルー・アンド・ロンサム』のあの位置はない。あと『イッツ・オンリー・ロックンロール』がランク高すぎ)、しかし今作に対しての、ストーンズ・ファンの快哉の声の内実が、ひとつよくわかる指標となっていたことはたしかだろう。ちなみにレビュー欄では、NMEは今作に星5つのうちの4つを与えていた。あらゆる音楽メディア、一般紙などの評価も、だいたいこのNMEに準じていると言っていいものだと僕には見えた。つまり、かなりの大成功だ。

チャーリー・ワッツの他界が、バンドを「本気」にさせた

では、彼らのこの達成は、いかにして起こり得たのか? なにかのきっかけが――と考えたとき、誰の脳裏にも浮かぶのは、稀代の名ドラマーであるチャーリー・ワッツの死去だろう。2021年8月、彼は世を去った。このときに僕は、ひとつ記事を書いた。

そのなかには書かなかった(書けなかった)のだが、じつはこのとき僕は「ローリング・ストーンズの新録音アルバムは、もう二度と世に出ないに違いない」と、覚悟していた。ストーンズのレコーディング作品において、ワッツ以外のドラムが鳴っている状態がほとんど想像できなかったし、キース・リチャーズを「自由に活躍させる」ためには、ワッツのドラムは絶対的に必要な要素だった、からだ。だから彼らにとってのラスト・アルバムがブルース・カヴァーの『ブルー・アンド・ロンサム』となるのだ、と思い込んでいた。それでいいじゃないか、とも。なぜならば、64年に発表された彼らのデビュー・アルバムは、オリジナルの1曲(「テル・ミー」)を除き、全曲ブルースやR&B、ロックンロールのカヴァーで占められていたからだ。ゆえに僕は、ひそかに思っていたのだ。「母なるブルースの地に、彼らは還っていったのだ」と。最後の最後に、長い長い旅路の果てに、心休まる故郷へと戻っていって、そのまま静かに瞑するのだろう……と。

しかしそれが、これほどまでに見事に裏切られるとは!――嬉しい驚きだった。僕の予想とは大きく違い、ワッツの死によって、逆に気合が入ったという意味のことを、キース・リチャーズは語っている「亡くなったことに衝撃を受けて、アルバムを作らなきゃいけないと思うようになったんだ」と。どうやらこれが「成功要因」の第1だったようだ。

こうした例は、たしかに世にある。フレディ・マーキュリーを失ったあとのクイーンの、映画『ボヘミアン・ラプソディ』大ヒットに至るまでの奮闘は、多くの人が知るところだ。あるいは僕自身の身近なところで言うと、日本のフィッシュマンズの地道かつ誠実なライヴ活動に「このままで、終われるかよ」というバンドマン魂ゆえの気概を感じる。これと同質のものが、『ハックニー・ダイアモンズ』が惹起する奥深い感動の源泉となっているに違いない。これは、昨日や今日に始まった話ではないのだ。ロックンロールの、いやブルースの始原から連綿と続く、「意志を引き継いでいく」というストーリーの新章なのだ。音楽を、文化を「バンドメイトの、あのいかした感じ」を、ここから先も鳴らしていかねばならない――という、逆境においてこそ発揮される土壇場のなんとやらが、「残された者たち」の結束を高める効果を発揮したのだ、と僕は信じる。このローリング・ストーンズにおいてすら。

アルバム制作の土台となったのが、彼らがここ10年前後のあいだに録り溜めてあったデモや演奏の断片だった、という。そこにあった2019年あたりのワッツの演奏が、今回2曲で採用されている。「メス・イット・アップ」「リヴ・バイ・ザ・ソード」の連続――やはりこれは、出色だ。残りのトラックでは、1曲を除いてスティーヴ・ジョーダンが叩いている。ワッツの代役として、彼の不在後のツアーでずっとドラムを担当していたジョーダンの「爆発するような」パワフルなドラミングが、ストーンズの楽曲に新たなフレッシュさを加えている。ちなみに、ワッツもジョーダンも叩いていない1曲とは、ドラムレスにしてベースレスの最終曲。ミック・ジャガーとリチャーズの2人だけで演奏した、マディ・ウォーターズ「ローリング・ストーン」――つまりバンド名の元となったナンバーのカヴァー(「ローリング・ストーン・ブルース」)が、それだ。

あまりにも贅沢な、ゲスト陣の「起用法」

そのほか、聴きどころ満載。全12曲(日本盤CDのみボーナス・トラック1曲収録)、どれも個性的で、いわゆる「捨て曲」などなく、まるで青年期のバンドのように、ただただひたむきに「ロック音楽のなかで、天衣無縫に暴れまわっている」様が、清々しい。1曲目の「アングリー」の、ギター・リフの「鳴り出し」だけでもう、ぶっ飛ぶしかない。「スタート・ミー・アップ」と比較する声も多い、一度聴いたら「一日中こだまし続ける」すさまじくシンプルで、そしてマッシヴなリフだ(僕は「ソウル・サヴァイヴァー」の遠い反響をここに見る)。初めて正式にレコーディング参加したポール・マッカートニーは、たとえばマイケル・ジャクソンと共演した「セイ・セイ・セイ」みたいなマッカートニー節で歌ったりするわけではなく、キースいわく「パンク・チューン」である「バイト・マイ・ヘッド・オフ」で、おそらくはピック弾きと思われる、ブリブリしたベースを炸裂させる!――だけというのは、なんと贅沢な「使われかた」だろうか。

楽器で語り合う、リズムのなかで会話する、これぞ「ロッカーの流儀」というものなのか。この「マナー」は、ほかのゲスト陣にも共通だったようで、エルトン・ジョンは、まるでセッション・プレイヤーのピアノ弾きのように、塊になった音のなかに埋れつつ、嬉々としてロックンロールに身を捧げている(「ゲット・クロース」「リヴ・バイ・ザ・ソード」の2曲に参加)。そしてピアノにオルガンと八面六臂の大活躍のスティーヴィー・ワンダーレディー・ガガが参加したゴスペル・タッチの大作「スウィート・サウンズ・オブ・ヘヴン」もある。旧メンバーのビル・ワイマンもやって来た。「リヴ・バイ・ザ・ソード」で、ワッツのドラムと共演し、いくらタイムラグがあろうが「これぞストーンズのリズム隊原型」の見事なる再現をおこなった……のに、そのときスタジオにはメンバーの誰ひとりおらず、プロデューサーのアンドリュー・ワットしかいなった!そうなのだが(なぜだ?)。

歳の差プロデューサー、大活躍?

僕は個人的に、このアンドリュー・ワットの手腕が、彼とバンドとの「化学反応」が、成功要因の「第2」だったと思っている。アメリカ人プロデューサー兼ミュージシャンであるワットは、ジャスティン・ビーバーやマイリー・サイラス、オジー・オズボーンら多数をプロデュース、プロデューサーとして21年にはグラミー賞まで獲っている俊英にして、とにかく若い、90年生まれの33歳。ミック・ジャガーとの年齢差、なんと47歳! さしものストーンズも、これほど年が離れた相手をプロデューサーに迎えたことは、なかった(近年よく組んでいたドン・ウォズは52年生まれなので、ジャガーとは9歳しか違わない)。だからワットはストーンズの面々にとって、子供というよりも、ちょっと微妙に「孫」が入ってきているかもしれない……ような世代の代表として、すごくいい刺激になったのではないか。ワットの「助言」が、すごく役に立ったのではないか。「現代的なマーケティングの視点」とでも言おうか。

なんでもワットは「スタジオに毎日違うストーンズTシャツを着ていった」ほどの、じつは熱心なファンだったのだという。彼のその視点、(ストーンズから見ると)年若いファンの立場からの「こうするといいっすよ!」というのを、今回バンド側は、かなり鷹揚に受け入れたのではないか、というのが僕の見立てだ。それが一種の「歴史集大成」的な効果、「いい時代のいい部分のみ、ここに召喚!」したかのような、つまりは自己を再構成するかのような効果を生んだ、のではないか。ちょうど「アングリー」MVでの仕掛けのように。動画やスチルなど「過去の自分たち」のヴィジュアルが、次から次へと動き始めるように。さらにそれが「いまの、3人になったストーンズ」と並んでも、一切なんの遜色も「どちら側にもない」なんていう、離れ業の構築にまでつながったような――あの感じが、アルバムの全編にわたってみなぎっているように、僕には思える。

近い例としては、やはり重度のボウイ・マニアでもあるブレット・モーゲン監督が手がけた「特殊な」ドキュメンタリー映画『デヴィッド・ボウイ ムーンエイジ・デイドリーム』(22年)かもしれない。ある種あの映画のなかで起こっていたことを、こっちは音楽アルバムでやってのけた、のかもしれない。しかもボウイとは違って、本人たちが稼働して――。

そしてキース、今回の「名言」は……

最後に、いつになく露出してプロモーションに励んでいるストーンズの面々のなかで、やはりこの人、名言製造マシーンでもあるキース・リチャーズが、ジミー・ファロン『ザ・トゥナイト・ショウ』出演時に、一発決めてくれていた(以下の映像の39秒あたりから)。

「らしいことをやってるからさ、バンドってのは続くんだよ(A band exists on what it does)」

そう、まさに。いまもって全然、ローリング・ストーンズは大車輪で「らしく存在」し続けている。その事実のこれ以上ない証明が『ハックニー・ダイアモンズ』であり、ゆえに至るところで、歓喜の声で迎えられたのだ。だからどうやら僕らは「まだよくわかっていない」若造だったのだろう。ロックンロールし続ける人生の先には、まだまだ前人未到の領域というものが、このように残されていたのだから。

前述のストーンズ専門店、店内の模様(撮影:堀口麻由美)
前述のストーンズ専門店、店内の模様(撮影:堀口麻由美)

作家。小説執筆および米英のポップ/ロック音楽に連動する文化やライフスタイルを研究。近著に長篇小説『素浪人刑事 東京のふたつの城』、音楽書『教養としてのパンク・ロック』など。88年、ロック雑誌〈ロッキング・オン〉にてデビュー。93年、インディー・マガジン〈米国音楽〉を創刊。レコード・プロデュース作品も多数。2010年より、ビームスが発行する文芸誌〈インザシティ〉に参加。そのほかの著書に長篇小説『東京フールズゴールド』、『僕と魚のブルーズ 評伝フィッシュマンズ』、教養シリーズ『ロック名盤ベスト100』『名曲ベスト100』、『日本のロック名盤ベスト100』など。

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