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ソムリエ方式で患者さんの価値を共有することが大事

大塚篤司近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授
(写真:アフロ)
佐藤恵子先生 京都大学医学部附属病院 医療安全管理部 特任准教授。 東京薬科大薬学部卒、同大大学院博士前期課程修了、 東京大学大学院健康科学看護学博士後期課程修了。 薬剤師、保健学博士。
佐藤恵子先生 京都大学医学部附属病院 医療安全管理部 特任准教授。 東京薬科大薬学部卒、同大大学院博士前期課程修了、 東京大学大学院健康科学看護学博士後期課程修了。 薬剤師、保健学博士。

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大塚:医学部では、医学の知識がだいたい2カ月ぐらいで倍になると最近言われていて、知識の面でしっかり追い付くようにということは、どの先生もしっかりやっていると思うんです。でも、実臨床で大事なのは、最終的には患者さんの幸せじゃないですか。それに必要なコミュニケーションだとか、インフォームド・コンセントをどうするという部分のスキルのアップデートにはあまり時間を割かないというか、教育そのものが一切されないんですよね。それを勉強しないまま医者になって、独学で勉強するか、無視して突き進むかどちらかという状況です。

佐藤:ソムリエ方式でインフォームド・コンセントをもらっている医師も多いと思いますけど、たとえば手術の場合は、「ここをこう切って、こうつなげます。リスクはかれこれです。やりますか」で終わりという人も多いですね。「患者さんが手術を受けてどう生きていくか」がないんです。

大塚:僕が言うのも何ですが、ちょっと何かずれていますよね。本当はもっとコミュニケーションや医療倫理なんかをしっかり必修で勉強しておいたほうがいいんじゃないかと思っています。医学の知識や技術は必要ですが、医療の本質はそこじゃないよと、患者さんの幸せというものが少し置き去りにされすぎじゃないかなと思いますね。

佐藤:私は、インフォームド・コンセントの教育も必要ですが、そもそも「医療とは、医療者とは、なんぞや」というところを考えてもらう教育が足りていないのではないかと最近感じています。医療の目的は、患者さんがその人なりの人生を生きられるように手助けすることですよね。しかも、医療行為はそれ自体が、患者さんの身体と心に侵襲を与えますので、人生に大きな影響を及ぼします。透析や手術、薬物治療をやるやらない、というのは人生の一部ですね。ですから人生全体を見ずして、治療をするかしないかだけを決める、決めさせるというのは、奇妙なことじゃないですか。

大塚:高木兼寛先生の「病気を診ずして、病人を診よ」を思い出しました。

佐藤:そうですね。治療がその患者さんの人生にどういう影響があるのか、利益になりうるかということを考えて、納得がいくまで一緒に話し合わないとインフォームド・コンセントにはならないんです。

大塚:Shared decision making(決定を共有する)という言葉も聞きますよね。

佐藤:医療サービスの領域から出てきた考え方で、決定の過程も共有する、つまり、情報も、患者さんの価値も共有することが重要ということです。インフォームド・コンセントのありようは、Shared decision makingになっていないといけないです。Value-Based Medicine(価値に基づいた医療)ということも言われますが、価値の共有は、患者さんに納得していただくための必要条件だと思います。松竹梅方式では、説明は十分したとしても、一方的に情報を提供して、同意書に署名をもらうだけですね。同意書という紙を共有したことにはなるかもしれないですが、患者さんが納得していなければ、不幸なことになると思います。医療は不確実なので、やってみないとわからないところがありますが、結果がよくなかったときには特に…。

大塚:この状態をどうしていったらいいでしょうか。

佐藤:私は、インフォームド・コンセントを導入した責任もありますので、地道に教育をしていきたいと思っています。動画をつくって配信するとか、本を書くとかですね。私がどこかの病院長だったら、「インフォームド・コンセントはソムリエ方式で」というキャンペーンをやりたいです。

大塚:すごくおもしろいですね。僕はそういうことは大事だと思って医療をやっています。でも一方で、医学はマニアックなところを学者として突き進んでいって、職人技として磨いていくところにもおもしろさがあるじゃないですか。特に大学にいると、学術的な研究に重きが置かれています。だからそこの部分との両立が難しいですね。さっきのお話のような、人と人との間に生まれてくるものには見向きもしないというか、意味がないというか、価値がないものとして扱われてしまっている気がします。極端な話、カンファレンスで検討している内容は、病気の診断だとか治療法であって、その人の価値観やどうしたら幸せなのかということは一切出てこないじゃないですか。

佐藤:82歳の太郎さんは、体力もなくて大きな手術は望んでいないようだし、手術をするよりも内科的治療の方がよいのでは、みたいな話ですよね。

大塚:そこに目を向けてもらうためには、相当な努力が必要じゃないかなと思います。大学の中にいる医者がそういうことに興味がないことが、まず第一段階の壁ですね。

佐藤:それこそが大塚先生のお仕事じゃないでしょうか。

大塚:「患者さんにとっての幸せは、どちらですか」とカンファレンスで一言言えばいいんですか。

佐藤:「太郎さんには、技術的には手術が可能です。だけど、太郎さんが手術を受けることで、ご自身にどんな利益があるか、術後の合併症で重篤な状態になっても太郎さんは納得するだろうか」のような検討ができたらよいと思います。私は、多くの医療者と接してきて、みなさん患者さんのことを思って一生懸命であることは間違いないのですが、中には、「新しい技術を試してみたい」という一心で、もしかしたら自分が開発した技術を使いたいから患者さんを診ているのかなと感じる人もいます。そのこと自体は必ずしも悪いわけではないのですが、医療の目的、つまり「誰の何のために医療を提供するのか」を問いかけたいです。

大塚:カンファレンスでそんなことを言ったら、みんなからすごく冷たい目で見られそうですけれどもね。

佐藤:そうだとしたら、その雰囲気自体が問題かもしれないですね。

大塚:わかります。でも、実際にそういう現実がある。

佐藤:もちろん自分の研究も、技術の研鑽も必要です。でも、他者を診る時は、「誰の、何のために働くのか」が大切だと思います。患者さんの中には、医師が高い技術を持っているというだけで信頼する人もいると思いますが、私は、医師が病気の部分しか見ていなくて、自分の身体が単なる練習台のように扱われていると感じたら、信頼しようという気にはならないですね。インフォームド・コンセントは、医師-患者関係の基本の「き」みたいなところなんです。患者さんが「これからどう生きていきたいか」、「どういう人生を良しとするか」を共有して、それを実現しようとすれば、患者さんは「この人は自分の人生を大事にしてくれようとしている」と感じますよね。それで信頼を寄せることになるのだと思います。私は、これがソムリエ方式の利点かなと思っていて、これを使わないのは、医療者にとっても患者にとっても、もったいないことだと伝えたいです。

大塚:お話を伺えてよかったです。ありがとうございました。

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これで佐藤先生との対談は終わりです。最後まで読んでくださりありがとうございました。

近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授

千葉県出身、1976年生まれ。2003年、信州大学医学部卒業。皮膚科専門医、がん治療認定医、アレルギー専門医。チューリッヒ大学病院皮膚科客員研究員、京都大学医学部特定准教授を経て2021年4月より現職。専門はアトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患と皮膚悪性腫瘍(主にがん免疫療法)。コラムニストとして日本経済新聞などに寄稿。著書に『心にしみる皮膚の話』(朝日新聞出版社)、『最新医学で一番正しい アトピーの治し方』(ダイヤモンド社)、『本当に良い医者と病院の見抜き方、教えます。』(大和出版)がある。熱狂的なB'zファン。

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