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松竹梅方式のインフォームド・コンセントは何がいけない?

大塚篤司近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授
(写真:アフロ)
佐藤恵子先生 京都大学医学部附属病院 医療安全管理部 特任准教授。 東京薬科大薬学部卒、同大大学院博士前期課程修了、 東京大学大学院健康科学看護学博士後期課程修了。 薬剤師、保健学博士。
佐藤恵子先生 京都大学医学部附属病院 医療安全管理部 特任准教授。 東京薬科大薬学部卒、同大大学院博士前期課程修了、 東京大学大学院健康科学看護学博士後期課程修了。 薬剤師、保健学博士。

第1回の内容はこちら

大塚:先生の話をお伺いして思ったのですが、例えば患者さんが「ある民間療法をやりたい」と言った時は、どう返したらいいんでしょうか。「あなたがやりたいんだったらどうぞ」という感じですか?

佐藤:私が大塚先生の患者で、「この民間療法やりたいんです」と相談したらどうおっしゃいますか?

大塚:僕はちょっと調べてもし根拠が薄ければ、「この治療法は、根拠は薄くて効くかどうかはわからない。これにお金を使うんだったら、おいしい物を食べたほうがいいんじゃないの?」と言いますね。

佐藤:そうですよね。つまり、患者である私の利益になることは何かを考えて、提案しますよね。今、私が困っているのは、インフォームド・コンセントが「説明と同意」と解釈されて、患者さんに説明して、「うん」と言ってもらえばよい、と理解されていることなんです。たとえば、ある人からお聞きした話ですが、お医者さんは手術の詳しい説明を1時間してくれて、「どうしますか」とたずねられたそうです。その人は、説明内容は難しくてわからなかったそうですが、治療が必要なのは確かなので、「お願いします」と答えたそうなんです。

大塚:「お任せします」みたいな。

佐藤:かつて説明なしでお任せだったやり方に、説明の部分が加わっただけということですよね。しかも内容が理解できていないのでは、説明した意味もあまりなくて、お任せ医療の域から出ていないです。

大塚:確かに。

佐藤:そして、治療法がAとBの2つがある場合は、「AとBはかれこれです、どちらにしますか」になるんです。私はこれを松竹梅方式と呼んでいるのですが、患者さんは素人ですから、いくら治療法の説明を詳しくされても、選べないですよね。

大塚:「松竹梅、はい、どれでも好きなのを選びなさい」と言われても、困りますね。

佐藤:松竹梅方式をやっている人は、おそらく、「患者さんに自己決定してもらう」ということを、「松竹梅という具体的な治療法の中から、“松でお願いします”と選んでもらうこと」と理解しているのですね。だけど、患者さんが決めるのは具体的な治療ではないんです。では、患者さんが決めるのは何だと思いますか?

大塚:ちょっと哲学的になってきましたね。

佐藤:例えば、「乳がんの手術で、温存という乳房の一部を取る方法と全摘という乳房全体を取る方法があって、あなたはどちらも適応です。どちらにしますか」と言われたら、先生はどうしますか。

大塚:ん~、少しでも乳房を残したければ温存かなと思いますが、でもどちらでもいいと言われると、尚更、どうしたらいいかわからないですね。

佐藤:患者からしたら、「先生だったら、どうしますか」と聞きたくなりますよね。そこで医師が「私はあなたじゃないし、あなた自身のことなのであなたが決めなさい」と答えてしまったら、プロじゃないですよね。先生ならどのように答えますか?

大塚:その人の価値観がわからないと答えられないです。その人が何を優先しているのか、傷が小さい方がよいのか、仕事ができることを優先させたいのか、長生きしたいのか。

佐藤:そうですよね。そうしたら、患者さんの価値観を知るにはどうしたらいいですか? 先生が、人の考えを読む超能力を持っているのでしたら話は早いですが。

大塚:患者さんから聞きだすしかないですよね。

佐藤:そう、だから、問いかけるんです。「あなたは生きていく中で何が一番大事ですか」みたいな感じで。ここの部分を聞かせてもらわないと、話が始まらないんです。胸のふくらみが大事なのか、再発が怖いのか、仕事が大事なのか、どういう人生をよしとするか、みたいなところです。

大塚:本当ですね。それは患者さんひとりひとりで違いますしね。

佐藤:そして、医師の方は、患者さんの価値を実現する方法を考えて提案するんです。もちろん、医学的なことも考慮します。ある患者さんが、胸のふくらみが大事だと言ったとしましょう。だけど、ご本人の乳房が小さくて、腫瘍が大きくて中心に近い場所にある場合などは、「なるほど、胸のふくらみを維持したいのですね。そうであれば、あなたの場合には、温存ではなくて、全摘して再建した方がうまくいくことが多いですので、全摘の方がよいと思います」という感じですね。治療の決定場面では、患者さんは人生の目的を選び、医師はそれを実現するのにふさわしい方法を選ぶ、という役割分担をしているんです。レストランでは、ソムリエがホストに会食の目的を聞いて、それにあったワインを選んでお薦めしたりしますよね。なので、このやり方を「ソムリエ方式」と呼んでいます。

大塚:患者さんが希望したものをそのまま提供することが「自己決定を尊重する」ということではないということですね。

佐藤:医療のプロフェッショナルとしては、命は救わなければいけないし、害は与えてはいけないし、苦しみは取り除く、ということをしなければいけないですね。なので、どうすることが患者さんの利益になるのかを考えないといけないんです。自殺未遂した人が救急に運び込まれて、「本当に自殺したいので何もしないで死にゆかせてくれ」と言ったらどうしますか。

大塚:医者としてはどんな状況でも、どんな人でも、救命を最優先にしますね。

佐藤:救命して、後で苦しみをとることを考えますよね。

大塚:悩ましいのは、例えば患者さんが「今大事な仕事があるから、1週間待ってくれ」と言ったとしても、「待っている余裕はないので、来週手術します」ということが多いじゃないですか。こういうケースでは、患者さんにとって本当に何がいいのか、難しいなと思います。

佐藤:そうですね。仕事の大事さと、手術がどれぐらい待てるのかを検討する必要があります。

大塚:だから、そこは話を聞いて、になりますよね。

佐藤:膝を詰めて話をして、まずは患者さんが仕事を大事にしたい気持ちを理解して、医者もここまで譲歩する、じゃあ患者さんもここまで何とかする、みたいに折り合える点を探せるといいですよね。互いの価値を共有して、一緒に考えるということが大事なんです。この部分を医療者に理解してもらうことが結構難しくて、苦労しています。

(続く)

近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授

千葉県出身、1976年生まれ。2003年、信州大学医学部卒業。皮膚科専門医、がん治療認定医、アレルギー専門医。チューリッヒ大学病院皮膚科客員研究員、京都大学医学部特定准教授を経て2021年4月より現職。専門はアトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患と皮膚悪性腫瘍(主にがん免疫療法)。コラムニストとしてAERA dot./BuzzFeed Japan/京都新聞「現代のことば」などに寄稿。著書に『心にしみる皮膚の話』(朝日新聞出版社)、『最新医学で一番正しい アトピーの治し方』(ダイヤモンド社)、『本当に良い医者と病院の見抜き方、教えます。』(大和出版)がある。熱狂的なB'zファン。

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