ヘイト・クライムで息子を殺された母親の、悲痛な「二度目」の決断『女は二度決断する』

さて今回は、昨年のカンヌ映画祭で主演女優賞を獲得した『女は二度決断する』を、ファティ・アキン監督と主演のダイアン・クルーガーのコメントを挟みつつご紹介します。ファティ・アキン監督は、30代ですでに世界の三大映画祭で主要な賞を獲得しているすごい人。主人公はヘイト・クライムで夫と息子を失った女性で、これを演じたダイアン・クルーガーは、「美人女優」というそれまでのイメージを完全に覆した素晴らしさで、女性はもちろん、母親を持つすべての人の胸に突き刺さるような演技をしています~。

ということで、まずはこちらを!

まずは物語。映画の冒頭では、主人公のカティヤとトルコ系移民の夫の結婚式のホームビデオが流れます。撮影場所は刑務所。夫は一時期、薬物の売買にちょっとだけ関わって服役していた、そのことが示唆されています。

数年後、夫はまっとうな会社を経営するようになり、二人の間には可愛い息子も誕生しています。ところが。その息子を夫の会社に預け、カティヤが友達と会いに出かけたある日、爆発事件が起こり、二人は殺されてしまうのです。映画は「事件発生から犯人逮捕まで」「裁判」「その後」の三部構成で、カティヤの物語を描いてゆきます。

主演のダイアン・クルーガーと、ファティ・アキン監督
主演のダイアン・クルーガーと、ファティ・アキン監督

この映画は、ドイツで2000年代から10年にわたり断続的に発生した、移民をターゲットにしたネオナチによる殺人と爆破テロをモチーフに描かれています。自身もトルコ系移民の二世である監督は、こんな風に語っています。

ファティ・アキン監督  この事件の1番の問題は、ネオナチが10人の移民たちを殺したということじゃない。警察、社会、マスコミが、事件を移民社会の中の問題だと思っていたことだ。被害者たちは二度殺されたようなものだ。彼らは「被害者」として扱ってもらえず、「どうせトルコ人同士の麻薬売買のいざこざでしょ?マフィアかなんかじゃないの?」と言われたんだよ。そのことに対する怒りをきっかけに、僕はこの作品を書き始めたんだ。

第一部はまさにそんな感じ。警察は、「殺されたご主人はイスラム教徒ですか、クルド人ですか」「麻薬取引に関わって、誰かに恨まれていたのでは?」みたいな感じで、完全に決めつけているんですね。アキン監督が移民の女優でなくダイアン・クルーガーをこの役に選んだのは、彼女が金髪碧眼だったという理由も大きかったといいますが、そのせいもあって、この不条理はものすごく際立ちます。

可愛い盛りの一人息子が、爆発によって悲惨に殺されてしまうなんて
可愛い盛りの一人息子が、爆発によって悲惨に殺されてしまうなんて

何しろこの部分でダイアン・クルーガーが演じる絶望は、本当にすごい。息子のベッドに横たわって号泣し、泣き疲れていつの間にか眠ってしまうという場面なんて、もう胸がつぶれそうです。自分があの日友達と約束をしていなかったら、夫に預けるのがあと1時間遅かったら、あの子は死なずに済んだ。死ぬときあの子はすごく痛い思いをしたんじゃないか。バラバラになった自身の身体を見たんじゃないか。そんな思いがどうしても頭から消えくれない。そのつらさは想像もつきません。

当初は男性主人公で脚本を書き始めたという監督。ところが途中で展開に行き詰まってしまったのだとか。

ファティ・アキン監督  “チャールズ・ブロンソン”的というか、男性ホルモン的という感じになってしまって、物語が退屈になってしまったんだ。男が主人公だとどうしても正義とか倫理の問題になってしまうんだよね。それで主人公を女性に――子供を持つ母親に変えたら、すべてが解決した。というのは、もし母親が子供を奪われたら、物語の展開に何の疑いもなくなる。父親でもそうかもしれないけど、母親はその子供を産み落とした人だから、より根源的な動機が生まれたんだ。そして最初にあった政治的な要素は単なる背景になってゆき、ある母親について、その絶望についての物語になっていったんだよね。

「裁判は正義なされる場所ではない」と、『三度目の殺人』で是枝監督も言ってましたね……
「裁判は正義なされる場所ではない」と、『三度目の殺人』で是枝監督も言ってましたね……

さてそんな彼女が、犯人逮捕の知らせを受けてどうにか立ち上がり、「ようやく正義がなされる」と裁判に臨むのですが――これが信じられないほど理不尽な結果に。第三部はそうした裁判終了後を描きます。司法の手からまんまと逃げおおせた犯人がギリシャでのうのうと休日を過ごしていることを知り、カティヤはそれを追うのです。

でもその目的は、それこそ“チャールズ・ブロンソン”的なものではありません。最愛の家族、正義への希望、未来を失い、完全に抜け殻になっているのに、事件からどうしても離れることができない。今後どうやって生きていったらいいかわからなくなっている自分の中の、”何か”を確かめたい。そんな感じでしょうか。

映画はそこから彼女がある決断を下すまでが描いてゆくわけですが、この映画の奥行きは、その決断がタイトル通り「二度」あること。「最初の決断」と「二度目の決断」の間には、カティヤが失ったと思われていた様々な選択肢が、まだ有効であることが示されてゆくんですね。例えば事件以来、止まっていた生理が不意に戻ってくる。それはつまり、彼女がもう一度子供を産める、再び家族を持ってやりなおすことができる、ということを意味しています。

その上でする二度目の決断は、少なくとも衝動的なものではありえないわけで、選んだ道が「最初」と同じであれ違うものであれ、彼女の思いや心持ちは微妙に違ってきます。観客の感じるものもまたしかり。この決断は何だったのか、それをあなたはどう思うか。映画のキモはそこ。演じたダイアン・クルーガーもこんな風に言っています。

ダイアン・クルーガー おっしゃるようにカティヤには多くの選択肢があったんです。彼らを殺すことで断罪する、それもあるでしょうが、それはなんだか彼女らしくない。彼女は決して人殺しではないから。二度目の決断をどう理解するか、それは観客の方が決めることで、私が説明することではありません。ただあれがカティヤにとって一番しっくりくる結論だった。最初に脚本を読んだときは本当にショックを受けましたし、理解するのにずいぶん時間もかかりました。ただひとつ言えることは、役者は自分が演じる役を断罪してはいけない、善悪を問うてはいけないんです。

映画を見た人が彼女の決断をどう思うか。女性はもちろん、誰もが被害者になりかねない今の時代に、ぜひぜひ見てもらいたい作品です。

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『女二度決断する』

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