私の命が救われるために、家族の誰を殺すべきか?『聖なる鹿殺し』

今回は昨年のカンヌ映画祭で脚本賞を受賞した『聖なる鹿殺し』をご紹介します。

この作品を撮ったのはギリシャのヨルゴス・ランティモス監督。前作『ロブスター』は、結婚しない人は動物に変えられてしまうという架空世界を舞台に、命がけのお見合い合宿を描いたヘンテコ作品で、愚かなまでの男の性欲をぶった切っていたのですが、今作は一転、ずっとわかりやすいホラー的ホームドラマで、恐ろしくも滑稽な家族の実態にじわじわと迫っております。

ということでまずはこちらを!

さて物語。

主人公は心臓外科医のスティーブン、美しい妻と可愛らしい二人の子供とリッチに暮らしている成功者です。映画では冒頭、この人が、なんだかちょっと奇妙な雰囲気の少年と会っています。彼はスティーブンの元患者の息子マーティン。彼が執刀した手術で父親を亡くして以来、スティーブンを父親のように慕っています。スティーブンもそれなりに気にかけている様子なのですが、最近は今まで以上に距離を詰めてくる感じ。

自宅でのディナーに招いて以来、それは急加速してゆきます。スティーブンは、自分に対しては軽くストーカー化し、さらに娘のキムにも近づき始めたマーティンに、なにか異様なものを感じ始めるのですが、そんな折も折、末っ子のボブが原因不明の病で歩けなくなってしまいます。

そして見舞いに訪れたマーティンは、ボブの今後の症状を予言した上で、不気味に言い放つのです。

「これから最悪の時がくる。先生は僕の家族を一人殺したから、先生の家族も一人殺されないと。誰にするかはご自由に。選ばなかったらみんな死ぬ」。

マーティンの「ワキ毛見せて」に応え、スティーブンが白衣を脱ぐ5秒前
マーティンの「ワキ毛見せて」に応え、スティーブンが白衣を脱ぐ5秒前

この映画、私はめちゃめちゃ面白かったのですが、なにが面白いって画面の隅から隅まで意図的に作られた違和感だらけ、「そんなんあるかー!」と言いたくなる仕組まれた「つっこみどころ」が満載なんですね。

カンヌ映画祭の会見では、主演のニコール・キッドマンが「監督からは“何もしないでくれ”と言われた」と言っているのですが、キャストの演技はみな感情がこもらず表情もずっと平板なまま。そんななかで交わされるヘンな会話が絶妙です。

例えば、ボブが初対面のマーティンに唐突に「ワキ毛見せて」といい、応じたマーティンに「うちのパパはその三倍生えてるぜ」と答え、しばらく後の病院の場面では、今度はマーティンが病院でスティーブンに「ワキ毛見せて」と見せてもらい「思ったほどモジャモジャじゃないね」とか言う。ていうかスティーブン、いい大人が勤務中に白衣まくり上げてワキ毛見せてる場合じゃないからと言いたくなります。

またマーティンとのデートから帰ったキムが、「彼って本当に面白い、爆笑しっぱなしだったわ」とスティーブンに言う場面も、あまりに平板で、ホントかよ!と言いたくなります。

こんな風に積み重ねられた違和感の集積が、ホラー的な感度で見る人には「なんか奇妙に不穏」となり、コメディ的な感度で見る人には「なんとシュールな」になる。そうなんです、この映画、多くの人にホラーと受け取られそうですが、監督は「コメディです」と言ってるんですね。実際カンヌでの上映では、結構爆笑も起こっていました。

なんと「全身麻酔」と名付けたセックスで、動かない妻しか抱かない夫…
なんと「全身麻酔」と名付けたセックスで、動かない妻しか抱かない夫…

さてもうひとつ、この映画を見るにあたって大事なのは、ある二つの疑問を「なんで?」と考えないことです。

ひとつは「ボブの病気の原因は何なの?」。そしてそれを考えちゃうと必ず出てくるもうひとつの疑問、「マーティンは何者なの?」。(ちなみにこのマーティン役、『ダンケルク』にも出演していたバリー・コーガンが、違和感の塊のような不穏さを発散する素晴らしい俳優!)

映画はその答えを描きません。中にはマーティンは神?と思う人もいるかもしれませんが、こういう不条理って現実にも意外とあるものですよね。降ってわいた災難に苦しみ、あまりに追い詰められたあげくに、まったく非理論的な理由や解決法――宗教へのお布施や先祖の供養、この家に住んでから災難続きだから引っ越そうとか――を信じ、すがってしまうことって。

映画が描くのはその答えではなく、そういう前提の中で追い詰められた家族が、どういう行動をとるのか。そこに現れる人間の本性――誰が誰を救いたいと願うのか、死んでもらう家族を選ぶ基準は何なのか、自分が助かるために何をするのか、そしてすべてが終わった後に家族に平穏は訪れるのか――です。これが何よりも滑稽で何よりもホラーなのです~。

ああああ、お姉ちゃんまでもが!
ああああ、お姉ちゃんまでもが!

この映画は去年のカンヌ国際映画祭のメイン、コンペティション部門選出の作品です。初参加の現地で多くの作品を見た私は、この作品とパルムドール(最高賞)を獲得した『スクエア 思いやりの聖域』に「なんて面白いの!」と感動し、こんな超個性的な映画をコンペに選ぶカンヌの文化的ダイバーシティ(とでもいうのかしら???)に驚かされました。とはいえ「まあでも賞は獲らないんだろうな」と高をくくっていたら、前者は脚本賞を、後者はパルムドール(最高賞)をそれぞれ獲得し、映画祭の懐の深さにさらにびっくりしたのでした。日本の映画ファンや、そうでない方にもぜひぜひ、たまにはこういう作品を楽しんでもらいたいな~。

『ザ・スクエア 思いやりの聖域』もおいおいご紹介する予定ですのでお楽しみに。

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