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かつて日本を支えていた所得中間層の落日「結婚も出産もできなくなった」この20年間の現実

荒川和久独身研究家/コラムニスト/マーケティングディレクター
(提供:イメージマート)

それ何の意味があるの?

何やら、政府が出産や子育て支援に対する国民の理解を深めるために取り組む国民運動というものが始まるらしい。

ニュースによれば

名称を「こどもまんなかアクション」とし、22日に首相が参加するキックオフイベントを実施する。その後、全国各地でリレー形式のシンポジウムを開いたり、企業や自治体の子育て支援の好事例を発信したりして社会の機運を醸成したい考えだ。

とのことなのだが、具体的に何をやるのかといえば、

・子育て支援の先進事例を自治体や支援団体などごとに表彰する「こどもまんなかアワード(仮称)」を創設。

・11月を子育て支援の取り組みを集中的に講じる「秋のこどもまんなか月間」に定める。

…なのだそうで、全くもってこれに何の意味があるのかわからない。

政府がこれをやる目的は有体に言えばこういうことである。

「政府がせっかく児童手当の拡充とか頑張ってやっているのに、国民はちっとも理解しない。なぜ少子化対策をやらなければいけないのかという危機感を国民はわかっていないから丁寧に発信していくのだ」

理解していないのは政府の方

呆れて物が言えないとはこのことである。理解していないのは政府の方である。

国民は政府の少子化対策を理解した上で評価していないのだ。

それもそうだろう。

児童手当拡充と引き換えに増税して、結局国民負担が増えるなら「何もするな」とも言いたくもなる。少なくとも意味のない無駄な事業やパフォーマンスに公金を使うくらいなら最初から税金を取らないでほしいと思う人は多いだろう。

また、「なぜ少子化対策をやらなければいけないのか」などという嘘もいい加減やめてもらいたい。少子化は何をやろうと解決はしない。なぜならもはや産む母体である女性の絶対人口が減少しているという「少母化」だからだ。

出生数が増えない問題は「少子化」ではなく「少母化」問題であり、解決不可能なワケ

いつまで、できもしないことをさもできるかのように取り繕い続けるつもりなのか。それどころか、少子化が改善されないのは国民が愚かで政府のありがたい考えを理解できないから、バカでもわかるよう説明してやろうじゃないかという上から目線。

政府の政策に対する理解どころか、「政府、大丈夫か?」という不信感が増すだけだろう。

「こどもまんなかアクション」とか言う前に、やるべきことは国民全体の収入増であり、税金や社会保障費などの負担減による可処分所得増である。あわせて消費を喚起するような刺激政策であり、この所得と消費の拡大がなければ、むしろ少子化は加速する

写真:イメージマート

児童のいる世帯の年収

2022年の国民生活基礎調査が発表されたが、児童のいる世帯数の年収別の分布を2000年と2022年とで比較すると一目瞭然である(ここでいう児童とは18歳未満の子どもであり、2000年と2022年との比較においては、すっかり入れ替わっている)。

驚くべきは、世帯収入900万円以上の場合、児童のいる世帯数は22年前とほぼ変わらない。一方で世帯収入900万未満はすべてマイナスで、特に、中間層である500-700万の世帯と、本来初婚夫婦が多いとされる300-400万世帯の減少が大きい。

これが何を示すかというと、「ある程度の収入がなければ結婚も出産もできなくなった」ということである。

300-600万世帯だけを抽出して比較しても、2000年比36%減である。そして、2000年と2021年(2022年はまだ確定報が出ていないため)の婚姻数の減少も37%減で、結婚の減少はこれら低中間所得層の結婚が減ったことを意味する。つまりは、所得が増えない層が結婚できなくなっていることになる。

ちなみに、同期間対比での出生数は32%減である。ここから見ても、結婚減より出生減の方が少ないわけで、結婚している夫婦の出生が減ってはいないことがわかる。

出生数

2000年1,190,547人→2021年811,622人(▲32%)

婚姻数

2000年798,138組→2021年501,138組(▲37%)

結婚が増えない原因

前提として、少子化はどうにもならない。出生数は減り続ける。どうにもならないが、少なくとも今後何十年に渡って減り続ける出生数の落差を緩和させることは肝要であり、やるべきことではある。

しかし、それは子育て支援では実現できない。何度もこの連載で繰り返しているように、むしろ今結婚している夫婦は1980年代と同等に子どもを産んでいる。何より、そもそも婚姻数が増えなければ今後の新規の出生は増えない。今2人の子どもがいる家庭が3人目を産めば少子化改善などというのは大嘘である。

「2人産んだ母親がもう一人子どもを産めば少子化は解決」などという説の嘘

婚姻の減少は、児童のいる世帯の分布からも明らかなように、低中間層が結婚できなくなっているからだ。岸田政権は、発足当初「所得倍増」を掲げていたはずで、それは政府のバラマキによるものではなく、可処分所得の増加と消費の増加という循環による景気の底上げが必要なのである。全体が底上げすればそれが結果として子育て世帯も自動的に助かっている。

バラマキなどしなくても、賃金をあげなくても、国民全員の可処分所得をあげる方法はある。

写真:イメージマート

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独身研究家/コラムニスト/マーケティングディレクター

広告会社において、数多くの企業のマーケティング戦略立案やクリエイティブ実務を担当した後、「ソロ経済・文化研究所」を立ち上げ独立。ソロ社会論および非婚化する独身生活者研究の第一人者としてメディアに多数出演。著書に『「居場所がない」人たち』『知らないとヤバい ソロ社会マーケティングの本質』『結婚滅亡』『ソロエコノミーの襲来』『超ソロ社会』『結婚しない男たち』『「一人で生きる」が当たり前になる社会』などがある。

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